遭遇
「は~い、そこのお兄さん!そこにいるあなたですよ!あ・な・た♪今お時間ありますか?ある?それなら是非ともウチの店で飲んでいってくださいませ!えっ?今から晩御飯を買いに行くからダメ?」
頭に獣耳、そして露出度の高い巫女服(?)を着た謎のコスプレ女は俺の腕を掴むと耳元で囁いた。
「…お兄さん、超ラッキーですよ。ウチの店ご飯も食べれるんです!しかもいい感じのお値段で!それじゃあ1名様ご案内~」
コスプレ女は俺の腕を強引に引っ張ると路地裏にある小さなビルの中へと連れ込み、エレベータに俺を放り込んだ。
「大丈夫ですよ。ウチのお店はぼったくりバーじゃないし、怖い人が経営する店でもありません。美味しいお酒と可愛いスタッフが自慢の『健全』なお店ですので。それじゃあ4階に到着したので、1番奥にあるウチの店までご案内致します。今更ですけどお金持ってますよね?…あぁ、大丈夫です!最悪身体で返してもらうのでそこは安心してください♪」
俺の顔は真っ青になっていたが、コスプレ女は営業スマイル全開で俺の手を引き、何も書かれていないドアの前まで連れていった。
「ここがお店です。見た感じお店には見えませんが、中は立派なお店なので…さぁ、どうぞ!」
コスプレ女が勢いよくドアを開けると、そこには小さなカウンターがあった。店内はとても狭く、カウンター以外だと奥にあるテーブル席1つ置くのに精一杯だ。
「1名様ご案内~♪「エンカウント」へようこそ~♪…あれ?」
店の中に客は1人もいない。それどころか従業員すらいない。
「シルヴィア~?お客さんですよぉ~?どこにいるんですかぁ~?」
しばらくすると店の奥から眠たそうな顔をした若い女性が出てきた。
「あっ!どこ行ってたんですか!お客様の飲み物をお願いしたいんですけどぉ?…ちょっと酒臭いですね。また裏でビール飲んでました?」
「………」
コスプレ女は奥から出てきた女性をシルヴィアと呼んでいる。着ているスーツや胸に付けているネームプレートを見た感じ、この店のバーテンダーらしい。
「さぁさぁお客様!何をぼーっと突っ立っているんですか?こちらの席へお座りくださいな。飲み物は決まってますか?…まだ決まっていない?それならこのシルヴィアにお任せください!」
入口から1番遠くのカウンター席に案内されるとコスプレ女がおしぼりを持ってきた。シルヴィアというバーテンダーは煙草を吸いながらテレビのリモコンをいじっている。
「シルヴィアはアホで貧乳の怠け者。しかも無愛想で性格が暗くて貧乳。更に借金持ちで男嫌いの貧乳。最低最悪な女ですが、お酒を選ぶセンスだけは最高なんですよ。私にはよくわかりませんが、シルヴィアはその人が今必要とするお酒を目を見ただけで当てることができるのです。お客様の満足度は99%!ちなみに1%はお酒を飲むのが苦手な人でした。あぁ…それよりも私の紹介がまだでしたね…」
コスプレ女はポケットから名刺らしきものを取り出すとおしぼりの横に置いた。
「この店でアルバイトしてる『九十九里 九音』と申します。以後お見知りおきください。とりあえずこの店の説明を…あら?その前に飲み物が出来上がったみたいですね」
いきなり目の前にグラスがスライドしてきた。グラスには飲み物が注がれている。
「シルヴィア、このお酒の名前は?」
シルヴィアはめんどくさそうにこちらを睨みつけると静かな声で答えてくれた。
「…ソルティ・ドッグ。イギリス生まれのカクテルでウォッカとグレープフルーツジュース。グラス縁の塩に気をつけて」
グラスの縁に塩が付いている。少し飲んでみるとグレープフルーツジュースと塩のバランスが絶妙に甘しょっぱくてとても美味しい。ありがとう!
「…お仕事お疲れさま」
シルヴィアはこちらに背を向けてそう呟くと店の奥へ消えてしまった。
「私も何か飲みますね。いつもならビールにしますけど今は仕事中なのでウーロン茶にします♪」
カウンター裏の冷蔵庫を開けてウーロン茶のビンを取り出す九十九里さん。ところで九十九里さんはなぜここで仕事を?
「ンモー!そんな堅苦しい呼び方はやめてください!九音ちゃんって呼んでください!…でも見た感じあなたの方が年下ですよね?それじゃあ九音先輩でも九音お姉ちゃんでも九音ママでも好きな呼び方で呼んでください。私母性本能すごいので。ちなみに私はこの店で働いて3年目のただのアルバイトですよ。色々あってここでしか働けないので。んっ?頭にある獣耳?これはコスプレですよ、コスプレ!まさか本物だと思ってました?…マジで?」
九音さんがウーロン茶のビン片手にカウンター裏で何かを探している。しばらくするとホコリまみれになった1枚の小さな紙を持ってきた。
「ふぅ…やっと見つけた。これは昔店長が初めてのお客様向きに作ったこの店のルール表です。まぁルールと言っても特に大したことないんですけどね。この店はお客様が体験した怖い話や奇妙な話をショーみたいな感じでお話ができるちょっと変わった店なんです。私が来る前は結構繁盛していたらしいですけど、今となってはお客さんは1日10人来るか来ないか…」
そんな珍しいお店ならもっと宣伝すればいいのに。
「それも考えたんです。でも店長が『この店は隠れ家的な店なんだ!宣伝して客が大量に入ってきたら俺の店じゃない!』…とかキモイこと言ってるので宣伝はできないんです。だから私が時々外に出てお客様を捕まえてるんです。常連になってくれたお客様もいるんですけど、それでもまだ厳しい状況です。お客様がお店の常連になってくれたら晩御飯のオカズも1品増えるのになぁ~(チラッ)」
…スタッフは2人だけなんですか?
「今は私とシルヴィアだけです。他は店長と奥さんかな。前に男性スタッフが1人いたんですけど、セクハラが酷かったので財布から2万円抜いてクビにしました。その2万で買ったのがあのテレビです」
今日のお客さんは俺だけですか?
「そうですね。普段は2、3人くらい入ってるんですけど…今日は貸し切りです♪(白目)」
わざわざ店の外に出て客が来ないかを確認する九音さんの姿を見て胸が痛む…
「今日は来たとしても飲み客ぐらいですね。せっかくウチに来てくれたんですから、今夜は特別に私が一肌脱ぎますよ!…怖い話、お好きですか?好きそうな顔してますねぇ~」
店の奥からビールを持ったシルヴィアが現れる。
「あっ!ちょうどよかった!シルヴィアも久しぶりに聞いてみます?私の持ちネタ!」
「…酔って店の周りを全裸で走ったアレ?」
シルヴィアがおつまみとして柿ピーを持ってきてくれた。ありがとう!
「…サービスです」
「その話じゃねぇよ!?いい加減忘れろよその話…ゲフンゲフン…それじゃあ今夜は新しいお客様のために私がとっておきの話を披露したいと思います。あれは私がまだ小学生だった時のこと…」
『16:57のトイレ』
小学3年生の頃の思い出です。
当時の私は授業が終わるとすぐに友達と校庭で遊んでいました。校庭には遊具がたくさん置いてあって、放課後はいつも生徒たちでいっぱい。私はいつも砂場で友達とおままごとをしていたんです。
ある日のこと。友達と砂場で遊んでいると、ふと校庭の隅にあるトイレに人の気配を感じたのです。
(誰かいる?)
校庭のトイレはボロボロで使用する生徒はほとんどいません。使えるには使えるんですけど、電気は薄暗いし、雰囲気も不気味だったので使いたくなかったんです。私が気配を感じたのは女子トイレの方でした。しばらく女子トイレの方を気にしていると「5分前チャイム」が聞こえてきました。
この5分前チャイムは下校時刻である17:00の5分前…16:55に流されるチャイムで「5分前だから帰りの準備しろよ~」の意味を込めて流してるそうです。私と友達はすぐに帰り支度を始めました。
その途中、また女子トイレの方に気配を感じたので見てみると、女子トイレの入り口からひょこっと顔を出している女がいたのです。確認できるのは顔だけで、身体は見えません。しかも、不気味なことに女の顔は真っ白でした。本当に真っ白だったんです。肌色なんてありませんでしたよ。
その女は私の視線に気が付いたのか、今度は細長い腕を出して手招きしたんです。
「こっちに来い…こっちに来い!」
そんな声がどこからか聞こえるような気がしました。しばらくその様子を見ていると、友達が私の腕を引っ張って声をかけてくれたのです。それと同時に17:00を知らせるチャイムが流れ始めた。私はトイレの方を振り返らず、友達と走って校庭を後にしました。
あれから何度かあの女を見る日が続きました。女は16:55のチャイムが流れた後に現れる。何度も見るので細かく時間を見てみたら「16:57」きっちりに現れるのがわかりました。
ある日のこと。
放課後に校庭でいつも通り遊んでいると、16:55分のチャイムが流れ始めました。私と友達が帰り支度を進めていると、上級生の女子があのトイレの中に入っていくのを見てしまったんです。急に催しちゃったんでしょうね。急いでトイレに入る彼女を私は止めることができませんでした。
彼女がトイレに入ってから数分後。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ」
トイレの方から凄まじい悲鳴が聞こえた。その悲鳴は校庭中に響き渡るほど大きく、恐怖に満ちたものでした。
私たちはまだ校庭に残っていた数人の生徒と共に悲鳴が聞こえた女子トイレへ向かいました。
「どうしたの?気分でも悪いの?」
…私たちが声をかけても返事はありません。しばらくすると心配した上級生2人が女子トイレの中へ入っていきました。入って数秒後、再び女子トイレの中から大きな悲鳴が…
私たちも急いで女子トイレの中へ入り、中の状況を見て息を呑みましたよ…
赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤…
薄汚れたトイレの白タイルが一面真っ赤ですよ。トイレ中が血だらけだったのです。あの光景は今でも忘れません。
血だらけのトイレを見てショックを受ける上級生。そして女子トイレの真ん中には、あの時に入ってしまった女子生徒が立っていました。女子生徒は虚ろな表情を浮かべながらケタケタと笑っていた。異様どころか地獄のような光景でしたよ。
しばらくすると、残っていた先生と用務員のおじさんがやってきて、私たちは全員教室まで連れて行かれました。その後は警察や救急車が学校に入ってきて大変でしたよ。私たちは数時間の事情聴取を受けてから保護者と帰宅。次の日は学校を強制的に休まされました。
これで私の体験は終わり。ここからは後日談になります。
あの血だらけのトイレで笑っていた女子生徒はあの事件以降、1度も登校することはなかったそうです。彼女は保護されてから保健室に連れて行かれたらしいですけど、そこでもずっと笑っていたそうです。ちなみに保護された時の彼女の身体は傷1つない「無傷」の状態だった。じゃあトイレの中の血は?…真相を知るのは彼女だけです。
あの事件があった女子トイレはすぐに閉鎖。入口には大きなバリケードが置かれ、私が卒業しても女子トイレが再開されることはなかったそうです。
…そしてこれは最近聞いたばかりのお話。あのトイレで昔事件があったそうです。私があの小学校に入学する10年ほど前の出来事。とある女子生徒がいじめを苦に自殺したそうです。ああ、ちなみに女子生徒が自殺した場所はあのトイレではありません。マンションからの飛び降りだと聞いています。
あのトイレで事件があったのはその後のこと。自殺した女子生徒の母親が発狂してあのトイレで自殺したそうです。死因は手首を切ったことによる出血死。母親は授業が終わった学校に侵入し、あのトイレで手首を切った。近くでその様子を目撃した生徒がいたらしく、その時の様子をこう語っていたそうです。
「手首を切った女の人がトイレの中で楽しそうに踊っていた」
トイレの中は飛び散った血で鏡や床、壁から天井に至るまで真っ赤に染まっていたそうです。そしてその母親が踊り狂った末に息絶えた時間が「16:57」だったとか…
このトイレは今でも存在します。入口が完全に封鎖されて使えないらしいですけど。そこまでするなら取り壊しちゃえばいいのに。このトイレの場所を教えてあげてもいいけど…絶対に「16:57」に近づいちゃダメですよ?
入口は閉まっていても、彼女はまだ中にいるんですから。
「…以上で~す!サンキューグラシアスメルシーグラッツィエありがとうございました~!」
俺は拍手をして九音さんを称える。シルヴィアは話疲れた九音さんのために水を持ってきた。
「ふぅ…どうでしたか?今日は特別に私が語り部になりましたが、普段はお客様が主役のステージですので私が出るのはプレミア級です。チップは5000円から受け付けます。この胸の谷間の奥までしっかりと入れてくださいねっ♪」
九音さんはシルヴィアが持ってきた水を思いっきりぶっかけられると、タオルと取りに店の奥へ向かった。
「お恥ずかしいところをお見せしていまい申し訳ありません。あら、今日はもう帰っちゃうんですか?…明日も仕事が早いから?それじゃあ仕方がありませんね。それじゃあ会計の時間です!ドリンク代2000円とサービス料5000円。それから私のチップも入れて合計12000円になりま~す!…高い?高いですか?これでも大サービスなんですけどぉ?」
シルヴィアが九音さんを羽交い絞めにして店の裏へ連れていった。数分後…
「失礼しました…ドリンク代2000円とサービス料3000円で5000円になります。それから一応聞きますけど、お客様は当店の会員カードはお持ちで?…持ってないですよねぇ~!実はここの会員になると初回のドリンク代がなんと半額の1000円に!しかもポイントがあって貯まったら500円割引券や私の生チェキ(全15種類)を1枚プレゼント等々豪華な特典が満載でございます!ちなみに会費は無料。月に1回はウチのお店にご来店ください。そうしないと私特製の呪術がお客様を一生呪い苦しめることになりますので♪それじゃあ会員カードにお客様のお名前と担当したスタッフの名前を…」
名前と担当した九音さんの名前を会員カードの裏に書く。これだけで登録完了らしい。
「こちらがポイントカードになります。あっ!そういえば忘れていました。お食事…まだでしたね。よかったらこの上の階にある中華料理屋さんでご飯食べていってください。ここの焼売は結構美味しいんですよ。確か焼売無料券がレジに…あった!」
俺は焼売無料券を受け取ると2人に礼を言って店を出た。
「またのご来店をお待ちしております♪」
帰りの中華料理屋で食べた焼売はとても美味しかった。
どうも 作者です。
ここからが本番です(笑)
どうしても怖い話を書きたくてこういうタイプのお話を書かせてもらいました。
のんびり読んでくれたら嬉しいです!