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湿気ったねこ

作者: 鵜塚 夕

 


 その日は随分と雨が降っていた。

 土砂降りだった。湿気ったカビ臭さと濡れた土のにおい。少し生臭い空気に、微かに交じる草の青臭さ。あたりは薄暗い。

 ねこはエアコンの室外機の影にいた。クモの巣がかかっている。虫の死骸が散らばっていた。空気が薄い。地面を叩く雨音が反響している。居心地はよくない。だが雨に当たらないだけましだろう。雨は好きじゃない。毛皮が湿気ってしょうがない。


 家ねこだったころはよかった。

 雨の日、少し肌寒い窓辺から外を眺めるのがお気に入りだった。カーテンの影に隠れて、家主に探されるのがくすぐったかった。暖かく乾いた寝床。きれいな水。ご飯が食べられない日などなく、ときにはとても美味しいおやつまで出た。遊ぶものにも困らず、マタタビなんてものも貰ったことがある。病院は嫌だったが、おかげで調子の悪い所もなく。穏やかで、不安など何も無い生活。それが無くなったのは、いつだったか。


 ある日、家主は家中のものを茶色く乾いた箱に詰め始めた。その箱はとても魅力的で、こっそりと入ってみたりした。居心地がよく安心感がある。家主に見つかり、笑いながら注意されたが。

 あっという間に箱が山になり、そして青と白の服の人間達が運んで行った。家はがらんどうになった。ふかふかとした心地の敷物もなくなり、少しホコリっぽくなった床はよく滑った。わたしの寝床も、水入れも、おもちゃも、いつの間にか無くなっていた。部屋にあるのは、わたしと家主だけだった。家主はわたしを持ち上げ、目を合わせて笑った。

 車の助手席に乗せられて、しばらく。あたりは薄暗くなり始めていた。車が止まる。家主の腕が伸びてきた。抱えられ、外に出た。いくらかの時間、腕の中で撫でられて、またわたしを持ち上げ、目を合わせて笑った。

 そうして、そのまま草の上に降ろされた。草の匂いを嗅ぐ。乾いた匂いがした。家主は車に戻っていく。それをぼうっと眺めていた。車に乗り込んだ家主が、こちらを見た。目が合い、また家主はわたしに笑いかけ、前を向いた。そのまま車が動き出す。遠ざかっていく。車のライトは、直ぐに見えなくなった。草むらに肌寒い風が吹いた。乾いた草の匂いがした。


 今でも思い出す。あの家主の笑った顔を。





家主はどんな顔で笑っていたのか。

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