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横に物凄く成長した丸い物体が部屋へと入ってくる。
それは玩具に似ていたが鼻息の荒さとギョロっとした猛禽類の目が私達を舐め回すように見て回ったのを見てギリギリ人間だと理解出来た。
「今回の娘はどれだ?」
顔も丸く、額に汗なのかテカテカと輝く雫を浮かび上がらせて歩いてくる。
「こちらです」
球体人間の後ろから現れた体が筋肉質で厳つくて怖そうな男が私を指さした。
人を指さしたらいけないんだ。
「ほお〜」
鼻息が更に荒くなって顔を近付けてくると、頬を赤らめて体をくねらせた。
「今日はこやつにしてやろう」
「御意」
怖そうな男は私の手首を掴んで無理矢理立たせて引きずる。
恐怖で奥歯がカチカチ鳴るのが頭に響いていた。
正直、そこからは酷く曖昧で記憶に残っていない。
父達が雇った私を探す部隊が駆け付けたのは誘拐から2日後だったらしい。
アンルーシーの話では怯えながらもアンルーシーを守ったとかなんとか。
怖すぎて勝手に脳内消去したのだろうってお医者様が言っていた。
犯人は男爵の位を得ている人だったらしい。
不幸中の幸いか、男爵は性的不能者だったという事。
結婚前のしかも幼女が純潔を散らしたかもという心配はなかった。
捕まっていた少女達も精神的に不安定ではあるが、親元に返された。
そして残ったのはアンルーシーだけ。
彼女は父子家庭で子爵の令嬢だった。
親戚はおらず、心臓の弱い父と二人三脚で生活していたらしい。
それが愛娘の誘拐で心臓発作を起こし、帰らぬ人となってしまった。
「おとうさま、わたしアンルーシーがおねえさまならすてきだとおもうの」
4歳児が助けてあげたいなんて大層な事を考えていたわけじゃない。
恐怖の中ずっと側に居てくれたアンルーシーと離れるのが嫌だっただけ。
アンルーシーと離れるのが怖かった。
「そうだね」
「ぃやぁぁああ!!」
私の意見を採用しようと父が頭へ手を伸ばしてきた。
その手が今まで恐怖の対象だった男達の手と重なる。
その瞬間まで怯えてはいても平気そうに振る舞っていた私の何かが壊れたのかも知れない。
捜索部隊の男の人達も父や兄でさえも怖くてアンルーシーにしがみついて泣き叫んで気を失った。
その日からは部屋で引き篭もり、アンルーシーと母にしか会わなかった。
会えなかった。
侍女達にも何故か会えなかった。
侍女の仕事はアンルーシーの仕事となり、私が少し落ち着く頃にはアンルーシーが私専属の侍女として採用されていた。
私が思うに、この時には兄とアンルーシーの間で仄かな恋心が芽生えたのではないかと推理する。
アンルーシーは父親の看病で慣れていたのか、私のお世話はとても丁寧で心地良いと感じさせるくらいだった。
父達と私の間にも母と入ってくれて、今では普通に生活出来ている。
まだ男性が苦手ではあるけれど。
カインとは出会った時から平気だった。
それが私の中で凄く特別で大変なこと。
そんな事はこれまでもこれからも内緒だけどね。