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少し前の考えを改めよう。
リーディアさんの提案を飲んでも飲まなくてもどちらも結果は同じだと気付いた。
そう気付いたのは首が痛くなる程高くて細くて古いけど頑丈そうな煉瓦作りの塔の前に着いた時だった。
「ここは…」
「口を開くな!」
思わず口から出た言葉を封じる様に口を閉じて身なりの良い侵入者に目をやる。
ここはリーディアさんの話していた王宮裏の庭園の奥。
リーディアさんは目的の場所に来れたというわけだ。
ふと彼女に目を向けると王女らしく背筋を伸ばして真っ直ぐ侵入者を見ている。
その姿は気高く気品に満ち溢れ、これぞ王族といった佇まいだった。
「は…入って下さい」
泣き叫ぶのも困り物だが、ここまで堂々とされると侵入者の方がオロオロしてくる。
彼女の堂々たる姿勢に侵入者の方が敬語になった。
「シルヴィア、行きますわよ」
「は…はい」
これぞ上に立つ者の風格。
リーディアさんの声に反射的に返事をする。
迷いない足取りで塔へと入る彼女の後ろを付いて階段を上がる。
「ここでお待ち下さい」
今度は恭しく頭を下げた男は、まだキョドキョド辺りを見回しているゴロツキ2人を置いて上への階段へ消えた。
今ならと周りを見回しても上へと続く階段と、今登ってきた階段以外、窓すらない。
ランタンの明かりが唯一の光で、一人用のベッドが片隅に置いてあるだけ。
ドクンッ
胸の中心で嫌な音が響く。
冷や汗が流れて背中を伝う。
かび臭い空気に呼吸が浅くなっていく。
「シルヴィア?」
凜としていたリーディアさんが私の様子に気付いて近付いてくる。
それでも反応出来ずに胸を押さえて下を向いてしまうと、ゴロツキ2人が反応をした。
「何の話をしている!」
「離れていろ!」
逃げる算段でもしていると勘違いしながら近付いて来るのをリーディアさんが視線だけで留まらせる。
「体調が悪い事すら気付かないのですか。人質が倒れたら元も子もないでしょうに」
「大丈夫です…」
何とか絞り出した声は自分でも驚くほど掠れていた。
「何をそんなに騒いでいる」
ワチャワチャと言い合いをしていると、上りの階段から声と共に人影が降りてくる。
横に物凄く成長した丸い物体が部屋へと入ってくる。
それは玩具に似ていたが鼻息の荒さとギョロっとした猛禽類の目が私達を舐め回すように見て回ったのを見てギリギリ人間だと分かる。
顔も丸く、額に汗なのかテカテカと輝く雫を浮かび上がらせて歩いてくる。
この状況には身に覚えがあった。
それはまだ子供の頃に受けた心の傷そのもので、思い出したくもない状況だった。




