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私が再び目を覚ましたのは辺りが真っ暗で小さなランプが仄かに灯る時間だった。
近くに感じる人の気配に目をやると、カインが座っていた椅子にアンルーシーが座ってなにやら縫い物をしているようだ。
「アンルーシー…」
「お嬢様!!」
出した声はまだ頼りなく掠れていたが、無事届いたみたい。
弾かれたように顔を上げて目が合うとくしゃりとアンルーシーの顔が歪む。
「良かった…良かったです。本当に」
心配を掛けた自覚はある。
いつでも私を一番に考えているアンルーシーだから心労は最高潮だっただろう。
「心配かけてごめんなさい」
「本当に心配致しました。お嬢様に何かあったらと…」
目に涙を浮かべて泣くのを必死で我慢している顔を見ていると申し訳なさで一杯になる。
目元をハンカチで拭いながら持っていた針と布を仕舞うと立ち上がる。
「王子様方に目を覚まされた事を報告して参ります」
「カイン…ラルフ様?」
「教会でお嬢様を連れて帰ってくるはずの王子様をお待ちしていましたが、お嬢様の容態を見るためこちらに急遽呼ばれました。その時にアンダーソン家の方々も呼び寄せられたそうで、今は王子様と一緒にいらっしゃいます」
「お父様とお母様、お兄様も?」
「はい。旦那様と奥様は王子様の正体に腰を抜かしてしまい、マイオン様が王子様と今までの事と今後の事とを話し合われたと聞いています」
それは驚くだろう。
今まで自分の仕事を手伝わせて平民だと思っていた相手が王子様で、王位継承第1位の王太子なのだから。
「それでは少しお待ちください」
綺麗に頭を下げて立ち去るアンルーシーの所作に、私もあんな風に綺麗な所作が出来れば少しは自信が付いていたのかなと考えていた。
カインラルフ様の話では私はルーファス様の婚約者候補から外れたらしい。
あとカインラルフ様の婚約者になったのだと。
他にも言われた気がするが、あまりに衝撃的なその言葉にまた頭が痛くなる。
「シルヴィア!」
扉を壊さんばかりの力で入ってきた兄はその勢いのままベッドに飛んで来た。
「マイオン様、病人が居るのです。もう少しお静かに願います」
「ああ、そうだったな。シルヴィアの顔を早く見たいと気が急いた」
「義兄上落ち着いて下さい」
「そうだな。シルヴィア、気分はどうだ?」
兄の後にカインラルフ様とアンルーシーが続いて入ってくる。
私の頭を撫でながら顔を覗き込んでくる兄に笑顔を返す。
「お兄様、ご心配をお掛けしました。助けて頂いたので私は大丈夫です」
「そうか。カインには本当に礼を言わなくてはいけないな」
「私がシルヴィアを助けるのは当然のことです」
「そうだな!カインに愛されて良かったなシルヴィア」
和やかな雰囲気は良いのだが、兄の態度が気になった。
もしかして王太子殿下だってことを知らないのでは?
「王太子の嫁ならこれからもっと勉強しなければならないから大変だとは思うけどな」
あ、知っていた。
相手が王太子殿下だと分かっていながらいつもと何ら変わらない態度の兄を見て度胸が据わっているのか、頭が弱いのか本気で悩んでしまった。




