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潜入捜査から数日が過ぎた。
次の日にもカインだけが足を運び、ミュルヘとの交渉をしてきたと聞いた。
なぜ私を連れていかなかったのかと自室で声を張り上げ怒ってはみたが、笑って流される。
済んだことを嘆いても前に進まない。
今度行く時は必ずつれていくと約束したが、あの優しい笑顔にまた騙される気がした。
「今回はこれを取引材料にしたのでシルヴィア様を連れていきませんでした」
カインが懐から取り出した赤いビロードの小箱。
私の座るソファーの前に静かに置かれた。
「これは?」
「開けてみてください」
促されるままに小箱を手に取り、滑らかで肌触りのよい蓋をそっと開ける。
そこに鎮座していたのは奥ゆかしく涼やかに見えるブルーの宝石だった。
「宝石?」
「ミュルヘの密輸入で仕入れた“スサノオ”という石だそうです。私達の国とは交易をしていない、海に囲まれた小さな島国で産出されたものだそうです」
クッキーより小さくて飴よりも少し大きい。
そして角度を変えると青一色だが少し色味が変わる事が分かる。
薄い青に濃い青、少し緑の入った青や紫っぽい青と見る者を引き付ける宝石だ。
「これは素晴らしい宝石ね」
「産出量が少なくて交易品としては流通出来ないもの。ミュルヘはそこに目を付けたみたいです」
この宝石と私を連れて行かなかった理由が結び付かなくて首を傾げる。
「これは私がシルヴィア様にお贈りする物です」
「私に?なぜ?」
カインが言いたい事に全く辿り着くことが出来ない。
難解なクイズのように頭の中が疑問符でいっぱいになる。
「この間ミュルヘが言っていました。野心有る人が好きだと」
「……言っていたわ」
「ミュルヘには身分差の有る私がシルヴィア様の気を引こうと足掻いている証に見えたのです。自分の瞳の色と同じ宝石を女性に贈る。それがミュルヘを興奮させたのでしょう」
クスッと笑うカインの瞳を見つめると青い光が輝いていた。
ああ、この宝石はカインの瞳なのだなと納得してしまった。
ビロードの箱を静かに閉じて箱を優しく撫でる。
そしてふと考えた。
私の事にカインを振り回しているのだ。
緊張感を持って自分で解決しないと手遅れになる。
そう考えた私はカインを帰した後、一人でラムーダ商団の建物の前に立っていた。
「早く何かしらの証拠を見付けないと」
息巻く私とは裏腹に建物付近は静まり返っている。
カインと二人で来た時も静かだったが、もしかして今日もお休みなのだろうか。
そんな不安を持ちながらマティオンが入れてくれた扉の方まで歩いていく。
今日は黒い雲が空を覆っていて、自然と裏道もどんよりと薄暗く不気味に淀んでいるような空気を感じた。
「こんにちは」
難なく辿り着き、固い扉を握った拳で軽く叩く。
ゴンゴンと音は鳴るが分厚い扉が中まで音を通しているように感じない。
取っ手はなく鍵穴だけが数ヵ所開いている。
マティオンが居た時も鍵を開けた瞬間自動で扉が開いていた。
「お休みなのね」
マティオンともミュルヘとも連絡の取りようがない。
仕方がないので帰ろうと後ろを振り向いた。
正確には振り向こうとした。
頭の後ろに大きな衝撃を感じて目の前が暗くなる。
目を閉じる瞬間に見えたのは薄暗い中に光るように私を見つめる赤黒い眼だった。




