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「あらアンダーソン子爵のご令嬢、シルヴィア様ではなくて?」
「まぁ、御髪でお顔が見えないわ…それにあの丸い物は?」
「ご存知なくて?アンダーソン家のご両親も長男も美男美女なのにあの子だけとても残念なお顔なのよ!それに目が悪くて国外から眼鏡と言われるものを輸入したそうですわよ!」
「まぁそれは珍しいですわね!是非とも拝見したいものだわ!」
そんなに遠くもない場所からこちらに聞こえる様に話をする野次馬共。
ここまではっきりと貴女の不細工な顔を見たいと言われたらいっそ清々しい。
「私カインレード様と幼少の頃一緒に遊んだ事がございましてよ」
「私は結婚前、ミリアンヌ様とよくお茶会をしておりました」
「私もミリアンヌ様には良くしていただいたわ」
「私はカインレード様とダンスをした事がございましてよ」
私の容姿から両親の話へと逸れてくれたのは有難い。
父との自慢話やら母との自慢話やら、果たして自慢話なのかと疑うような内容が飛び交う中、私はその場を足早に通り過ぎた。
ハニーブラウンの髪を緩く編んで片方の肩から降ろし、白のレースリボンで括る。
ワンピースは動きやすいような簡素な淡いブルー。
編み上げのブーツ。
そしてとても目立つ鼻先まで伸ばした前髪。
その下に隠れ切れないくらい大きな丸眼鏡。
風が吹くと前髪が揺れて見えるのは、細い目とそばかすの散らばった肌。
そこら辺に居るような顔だ。
美男美女の家族という看板さえなければそんなに目立つ人相はしていないと思う。
「シルヴィア様!」
いつもの事と気にも止めずに歩いて行くと前方から満面の笑顔で手をブンブン振りながら駆け寄ってくる青年が視界に入った。
煌めく金髪は風に靡いて揺れ、サファイアのような瞳はキラキラ輝いている。
背後にはある筈もない尻尾が千切れんばかりに揺れている幻想が見えるようだ。
そう、例えるなら黄金の大型犬。
あーカッコイイ。カワイイ。
「カイン、お使い?」
「はい、お嬢様が向かってると聞いたので迎えに参りました」
初めて会ったのは8年前の私が10歳の時。
その時は少し私の方が大きかった身長が、今は私の目線はカインの胸元にある。
「今日は一人でお越しと聞いたので護衛します」
「護衛が必要な距離じゃないし私は大丈夫なのに」
「駄目です。私が心配なんです」
「あ、ありがとう」
カインの目が優しげに細められ少し背を丸めて、見上げていた私の顔に近付いてくる。
あー髪の毛サラサラだー肌白いーカッコいいーなんて思いながら見つめていると、唇が触れそうな距離まできてピタリと止まる。
「お嬢様は少し警戒心を持ちましょう」
「持ってるわよ?カインには昔の話したでしょう」
「いえ、そうではなくて…」
「あらそろそろ時間だわ、急ぎましょう」
微かに溜息が聞こえた気がするが聞こえなかった事にして広い背中を更に丸めたカインを引き連れ、茶色いレンガの大きな建物へと足を踏み入れた。