18
扉から出ると少し歩き、また似たような扉の前にミュルヘは立った。
鍵を出して開き中へと入って行く。
「どうぞ」
ミュルヘの許可にカインが先に部屋へ足を踏み入れる。
その後を私も追い、少しカビ臭く暗い部屋を見回す。
「ここは私個人が現地で仕入れてきた一級品を保管している部屋です。私の執務室と言った所でしょうか」
部屋の端に置いてある質素な机の上のランプを灯しながらニヤついた表情が見えた。
ほの暗い瞳が淡い光に照らされて、更に爛々と輝いて鳥肌が立つ。
「お嬢様はどういった物をご所望ですか?」
「まず宝石等から見せて頂いても?色の指定はありませんが青い物を多めのお願いします」
カインのその言葉を聞いたミュルヘはニタリと気持ち悪い笑みを深めながら私を全身舐め回すように見た。
ナメクジでも這ってきているかのような視線に冷や汗と身震いが起こる。
悲鳴が漏れなかっただけでも誉めてほしいくらいだ。
「私は野心のある方が大好きなんです。貴方とは仲良くなれそうだ」
私を見ていた視線をカインに移し、友好的に手を差し出してくるミュルヘをカインは訝しげに見ていた。
手とミュルヘの顔を往復していたカインの顔が何かに気付いて微笑みに変わる。
「はい。私の野心が成就するよう手を貸してください」
「もちろんです」
二人の間の空気を読めなくて困惑する。
いったい二人で何の意思疏通があったのか、私にはさっぱり分からなかった。
☆☆☆
「今日の所はこれくらいでしょうか」
二人の仲が急速に縮まり、催促するよりも早く次々と珍しい品物が私達の前に差し出されていた。
これはもう密輸入のオンパレード。
真っ当な品は皆無、犯罪の香りしかしない話し合いだった。
私は一言も言葉を話すこと無く、扉の側から離れる事も無く終わった。
「お嬢様、少しお待ちいただけますか」
カインが扉を開けて外へと促したので、廊下の方へ踏み出すと耳元で小さく囁いてきた。
同意を求めるでもなく私の返事を確認する前に部屋へと戻っていくカイン。
ミュルヘに近付いて二人でこそこそ話をすると私の元に足早に帰ってくる。
「ありがとうございました」
「こちらこそとても有意義な時間でした。それではまた」
「お嬢様、行きましょう」
いつもしているように手を握り、私の歩調に合わせるように歩き出す。
「カ……ラルフ?」
名前を呼びそうになって一瞬息を飲み込んだ。
そして偽名で名乗っていた名前を小声で呼んでみる。
「話は後です。まずはここから出てマティオンと合流します」
小声で話すカインの息が耳を掠めて擽ったさに肩を少しだけ竦める。
「あ、すみません」
近かった顔が遠ざけられ、子犬のような悲しい目を向けられた。
「別に嫌だった訳じゃなくて……少し擽ったかっただけよ」
恥ずかしさを堪えながら呟くと、悲しそうだった顔が柔らかく崩れて笑みが浮かんだ。
こんなに近くに居るのに嫌ではなくて、もっと側にいてほしいと思ってしまう。
頬が赤くなるのが自分でも分かるくらい顔が熱くて扇子でパタパタ扇いでみたりする。
「私が近付いても大丈夫なんですね」
安堵の息を吐くようにカインが呟いた言葉は、自分の事でいっぱいいっぱいの私には届かなかった。