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「カイン、もうその辺で…」
「あ、こいつは痛いことが好きなんです。これがこいつの喜びなんです」
「そんな訳あるかっ!」
いつもの微笑みを見せるカインとその後ろで蹴られた部分を払っているマティオンが私の入り込めないような絆が存在しているようで少し悲しかった。
「でもシルヴィア様はしてはいけません。こいつに何かされたら言ってください。私が後悔するくらいの報復をしてやりますから」
「怖い話やめて」
「さあ行きましょう」
「俺を無視するなよ!協力者だぞ!俺が居なきゃ商団に出入りすら出来ないんだぞ!」
整った顔が残念に見えてきた。
「どこから聞いてたのか知らないけどすぐに顔を出さなかったのも、私の言ったことを復唱したのも、シルヴィア様に気安く触れたのも、極刑に値する」
「おいおい、冗談きついぜ」
「冗談?冗談はお前の顔だけにしてくれ」
「カ、カイン!マティオン様に案内と協力をお願いしましょう?」
段々と悪くなる空気に耐えかねて声を出すと、笑顔を返された。
マティオンに向けるのが氷とするならば、この笑顔は春のそよ風。
ああ、カインの顔が私を詩人にさせてしまう。
「そうですね時間との勝負でした。マティオン、頼む」
「はいはい。んじゃこっちが入り口だ」
マティオンが出てきた建物の影の奥へと入って行く。
薄暗くはあるが、風通りも良くてジメジメとした陰湿な感じのしない脇道。
建物の側面に人が出入り出来る小さな扉が見えた。
小さいが表の大きな扉と同じように鉄と木が編み込まれていて、とても頑丈そうだ。
「ここからは名前を呼び合うのは避けた方が良い。ミュルヘは簡単な奴だがちょくちょく痛いところを突いてくる。気を付けろ」
「分かった」
「分かりました」
扉に鍵を何個か差して順番に回していくと扉がカチリカチリと小気味良い音を鳴らす。
最後の鍵を回して抜くと、頑丈そうな扉がギギギーと鈍い音を鳴らしながら開いた。
二人の後に続いて足を踏み入れると、ランプが灯る廊下が伸びて両脇の煉瓦の壁には所々木の扉が見えた。
「ミュルヘは奥の搬入部屋に居る。休みの日に来て自分の持ってきた品物を分けてる最中だと思うぞ」
「今日お休みだったのですね。そんな時に大丈夫ですか?」
「あいつには輸入品について知りたい奴が居るから話を聞いてやってほしいと言ってある。俺が居たら話が進まないから外に出ている。健闘を祈る」
マティオンは早口で言うと一つの扉を指差して来た道を戻っていく。
紹介すらされて居ないのに勝手に入って話をしても良いものかと疑問に思う。
「では行きましょうか、お嬢様」
ここに来る道中、大まかな設定は二人で話し合ってきた。
私は爵位のある令嬢。
我儘で傲慢で高いものや価値のあるもの大好き人間。
他人を人とも思わないような性格。
それが私に課せられた役柄。
カインは私の付き人で主に宝石や貴金属、お金に関する話をお嬢様に持ってくる人。
ミュルヘとの商談は全てカインを通すこと。
随分と簡単な役柄だなと、この時はそう考えていた。