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父が教会へ出掛けている為、ダンが兄を呼びにやって来た。
「俺に仕事が回ってきたか…シルヴィア、荷物の整理は早めにしておけ。身軽に動けるようにな」
兄の言いたいことが理解出来た事が嫌だった。
夜逃げへのカウントダウンが始まったみたいだ。
「カインも一緒にどうだ?」
「やめてください。カインを巻き込まないで下さい」
家族が巻き込まれるのも嫌なのに好きな人まで巻き込みたくない。
そんな思いが声音に乗って、少しきつめな言い方になってしまった。
「後悔だけはするなよ」
兄は怒るでもなく少しだけ悲しそうな表情をしながら部屋を後にした。
アンルーシーの事を思っているのかなと勝手に想像する。
「マイオン様はシルヴィア様が心配なんですよ」
「それくらいは分かっているわ」
静かに閉まった扉を見つめて自然と溜め息が出る。
「…何とかしないと。ミュルヘは何か知っているのかしら」
資料にはミュルヘの事が事細かに明記されていた。
住所に家族構成、行きつけの店や好みのタイプ。
明らかにこの情報はおかしいのが分かる。
カイン曰く最下層の人間にも情報網や人との繋がりがあると言っていた。
私はそれをそのまま飲み込み、追求するのを止めた。
「ミュルヘに直接接触する方がいいかもしれないわね」
「では、私がやります」
「駄目よ。時間も無いし、私が直接行くわ」
カインが言うであろう言葉は分かっていた。
だから顔を真っ直ぐ見つめながら食い気味に反対する。
「シルヴィア様がですか!?それは賛成出来ません」
「お父様とお兄様、ダン達は論外。カインとアンルーシーは面が割れているし、他を雇っている時間もお金もない。家の者はこの危険に巻き込む訳にはいかない。必然的に私自身が最適な人物だと思うの」
「シルヴィア様だって面が割れてます」
「カインは見慣れてるだろうけど、この素顔は家の者以外には馴染みがないのよ?そこに少し大人っぽい化粧をすれば大丈夫よ」
手近な棚にあった手鏡を覗きながら髪をサラリと揺らして見せる。
それを少し頬を染めたカインが俯きながらも見ていた。
「しかし相手は商団なんです。働き手は男が圧倒的に多いのは分かっていますか?」
「それは……分かっているわ」
自分の精神面を気にしてくれている。
それが分かっていてももう待てないし止まれない。
「では私を共に連れて行って下さい。それが最低条件です」
「でも…」
「ここで押し問答している場合じゃないですよね?私と一緒にミュルヘに会ってルーファス様の事を聞き出し、速やかに帰宅する。よろしいですね」
いつもの柔らかい表情ではなく、真面目で冷たさまで感じるカインの顔を見て反射的に頷いてしまった。
今のカインは犬のような可愛さが感じられない。
誰でも頷いてしまうような威圧感と王者のような風格が漂っていた。