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「お帰りなさいませ」
家に入るとダンと何名かの侍女さん達が頭を下げる。
その中にはアンルーシーの姿も見えた。
私はアンルーシーの笑顔に体の力が抜けるのを感じ、押し倒さんばかりに抱き付いた。
「おっ、お嬢様!?」
「お風呂に浸かりたい!!」
「はい?」
「体中に何かが纏わり付いている気がするのよ!早く何もかも綺麗にしたい!」
アンルーシーをグイグイ締め付けながら叫ぶと背中を優しくポンポンポンと宥めるように叩いてくれる。
1歳しか違わないのに母のような姉のような存在。
「お嬢様がそう仰ると思い、ご用意は出来ております。さぁ皆さんお湯を浴室へ運んで下さい」
「はい」
私の家には普通の貴族のように侍従達が沢山居るわけではない。
母と私は侍女が一人しか付いていないし、彼女達も休みがある。
だから自分の身の回りの事は出来るし、その他の侍女はキッチンと掃除が数名ずつ。
今居るのは掃除担当の侍女達みたいだ。
彼女達は恰幅もよく、とても頼りになる存在。
「急にごめんなさい。お願いします」
「お嬢様がお望みならいつでもお湯くらい運びます!」
家に居る侍女達は皆平民で、爵位のある所の出はアンルーシーと母の侍女だけ。
それと平均年齢が若干高めなのは彼女達の前では話せない事実だ。
子供が居たり、夫がいたり、独り身だったり。
そんな彼女達は身分を超えた家族であって、私の良き理解者だ。
「では旦那様、お嬢様をお連れしてもよろしいでしょうか」
「ああ、さっぱりしてくるといい。今日の事は忘れてしまっても構わない」
「はい、それでは失礼致します。さぁお嬢様、お湯の支度が整うのも時間の問題です。お湯が冷めてしまわないよう沐浴の準備を迅速に行いましょう」
張り切った彼女達が袖を捲り上げながら消えると、アンルーシーが父に頭を下げてから私を先導する。
「お父様、失礼致します」
ちよこんと頭を下げてると父は微笑み返してくれる。
それから浴室へと向かい、全てを洗い流してから温かなお湯に満たされた浴槽に肩まで浸かる。
私が男性への拒否反応が出た時、必ずアンルーシーは温かな浴槽を用意してくれていた。
視線の纏わりついた気持ち悪い感覚や怯えた心をお湯に溶かして流してしまいましょう。
そう私に言ったのは出会って間もない時のアンルーシーだったと思う。
「それでは何かありましたらお呼びください」
「ありがとう」
浴槽に浸かるまでは世話を焼いてくれるが、そのあとはお湯が冷める寸前まで一人ボーッとする。
その時考えてるのは領地の事、領地の民の事、輸出入の事。
そして今はカインの事。
この間はこんな事で笑ったなとか、これを褒められたとか。
カインの事を考えるだけで幸せになるけど不安になる。
「明日はカインに会えるかしら」
誰に言うでもなく、会いたいという望みを込めて口にする。
ルーファス様の事も早く調べなくてはいけない。
それでも今だけは思い出したくない。
まさか微かな記憶にしかない恐怖の対象と酷似している相手が婚約者とは。
家族が夜逃げも辞さないと言い張る原因が分かっただけでも良かったような気がした。