10
王城の敷地内、白亜の壁に金細工と金の屋根。
物凄くギラギラと趣味の悪い建物の中を父と従者の案内で歩いていく。
社交界デビューはしたが殆ど社交界へ出入りしていない私は王城に入るのも初めて。
みっともなくキョロキョロしないように俯き加減で歩く。
いつもは着ないフリルを沢山あしらった重いドレスはそれだけで私の足を前に進ませなくする。
「少しだけだ。私も早く用件が済むように尽くすから、シルヴィアも少しだけ耐えてくれ」
「はい、お父様。無理はしないでね?」
「いや、無理はする!絶対に長引かせはしないからな。きっと顔見せのつもりだろう。ルーファス様もお前の噂くらいは聞いた事があるだろうから、どのくらいの娘か品定めしようという心積もりだろう」
私だけに聞こえる小さな声だったが、苦虫を噛み潰したような顔をしながらも徐々に鼻息が荒くなっていく。
自分の言っている事が腹立たしく憤ってるようだ。
「お父様、ここはもう王城ですよ」
「ああ、そうだったな」
やんわりと嗜めると父も周りに目をやり、王子への反抗的な態度を改めた。
そんな話をしていると従者は庭の一角にある東屋の前で足を止める。
「こちらにございます。ルーファス様、アンダーソン子爵様方がお越しでございます」
「ああ、入れ」
従者は恭しく頭を下げてルーファス様の許可を取り付け、私達に中へ入るよう促す。
父も一息吐いてから東屋へと足を踏み入れ、私もそれに続いた。
「ルーファス様、アンダーソン・カインレード子爵とその娘シルヴィアでございます」
父が頭を下げるのと同時にスカート部分を摘んで淑女の礼を取る。
ルーファス様の姿は父の影で見えなかった。
「顔を上げろカインレード」
少し籠もった声音に父に合わせてゆっくり顔を上げる。
「っ!?」
ルーファス様が立ち上がって見せたその姿に悲鳴を上げなかった事を褒めてほしい。
私の脳裏には幼き頃の記憶が浮かび上がってきた。
縦にも横にも成長して額には脂か汗かテカテカと、いやギトギト輝いている。
金の髪も脂っぽくて青い目は肉に埋もれて居るが、辛うじてこちらを見ているのが分かった。
「久しいなカインレードよ」
「はい、輸入品の事で長くこの地を離れておりました」
「そうか、お前も大変だな」
1番大変なのは貴方の悪行ですけど、とは言えない。
父の背中からは禍々しい程の怒りが感じられた。
「して、我が花嫁は?」
「………シルヴィア」
この人は父が怒っているのを分かっているのだろう。
ニヤニヤしながらの言葉は的確に父の琴線に触れてくる。
「はい。お初にお目にかかります。アンダーソン・カインレード子爵が娘、シルヴィアと申します」
父の影から1歩前に出て先程と同じように淑女の礼を取る。
そしてそこから動かない。
絶対に近寄りたくはないから。
「ほう、これは噂通りの娘だな。カインレードの嫁は美人だったと記憶しているが、間違いだったか?」
ルーファス様の視線が頭から足の先までゆっくり舐め回すように動く。
気持ち悪い。
掌に爪が食い込むのが分かってても拳を握る事が止められない。
「シルヴィアも器量良くとても可愛い子です」
「そうか?ここでは器量などいらないのだがな」
私を見る目がふと興味なさげに逸らされて安堵がこみ上げる。
「…もういい、帰れ」
本当にただの顔見せだったのか、手をシッシッと追い払うように動かされ私達は頭を下げて東屋を辞した。
初めて会った王子様はデカくて太くてギトギト。
嫁ぐ事は私の心の死を意味する事が嫌でも分かった。
絶対に嫁がない。
そう誓いを新たにした。