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「出来上がりました」
「ありがとう」
「お化粧はいかが致しますか?」
「落ちてる?」
「いいえ。それに前髪とメガネでほとんど分かりません」
「それなら良いかな」
ここにはドレッサーどころか鏡すらない。
アンルーシーに見栄えのする格好にしてもらったらそれで良い。
また調べものに戻るだけだから。
「仲が良くて羨ましいです」
未だに手を繋いだままの手を見てウフフと笑うアンルーシー。
「アンルーシーだってお兄様と手ぐらい握っているでしょう」
「え!?何を!そんな事はしておりません!!」
「え!?お兄様って奥手だったの!?」
「違います!マイオン様は私に合わせてくれてっ………」
チラリと後ろを見ると全身から湯気が出そうな程真っ赤になったアンルーシーは途中で言葉を切って唇を噛んで俯いてしまった。
「ごめんなさい。人にはそれぞれのタイミングやスピードというものがあるものね」
可愛い反応をするアンルーシーをニヤニヤしながら振り返ると、握っていた手が少し引かれた。
「ん〜…シルヴィア様?」
カインは空いている右手で目を擦りながら顔を上げる。
サラサラと音が聞こえそうな髪が寝乱れもせずに綺麗に整えられている。
アンルーシーに整えてもらえて良かった。
好きな人の前では少しでも綺麗で居たい。
いくら周りに残念な顔立ちと噂されててもそれは胸に湧き上がってくる自然な願望だ。
「おはよう、カイン。いつの間にか寝ちゃったわね」
「はい、とても可愛い寝顔でした」
「なっ何を言っているのよ!」
今度は私が赤くなる番。
恥ずかしさで手を勢い良く引いて離し、体ごとアンルーシーの方へと振り向く。
ニヤニヤしているアンルーシーの顔が見えた。
コンコンッ
「シルヴィアはここか?」
「マイオン様」
扉から顔を覗かせたのは兄だった。
兄の顔を見ただけでアンルーシーは伏し目がちになり微かに頬が赤くなる。
「おいおい、家に帰ってこないと思ったら男と夜を明かしていたなんて変な噂が立ったらどうするつもりだ」
「これ以上醜聞が広がっても何ともないわ。あの顔で男を誑かせるなんて凄いわねって笑い話の花が咲くわよ」
「その噂話に面倒臭い王子が入り込まなきゃ別に何も言わないんだけどな」
兄の盛大なため息にこちらまで気分が下降する。
「んで、その王子様からのご招待だ」
さらに下降した。
兄の手は一枚の白い封筒をヒラヒラ踊らせている。
嫌な予感しかしない。
私は自分でも寄り過ぎだなと思うくらい眉間に皺を寄せて視線を逸らした。
「俺は会わせたくないが、今王子の機嫌を損ねると後々大変なんだ」
後々とは逃げ出す時の話かな。
気に病むなと言われても出来ない家族夜逃げ計画。
ここは大人しく招待に応じた方が得策かと思う。
私は兄に視線を戻して封筒を受け取り、中を確認した。
「これお茶会を開催って書いてあるけど、日付が今日じゃない!」
私を始めアンルーシーもカインも驚きを露にしている。
「お兄様、人の手紙を開けるのはマナー違反じゃないかしら?」
ジトッと見つめると全く反省の様子もない兄が笑顔を向けてくる。
「俺は付き添い拒否されたから父様が一緒にいってくれる。一応王家だから準備万端で行けよ」
そう軽く話すとそそくさと部屋を去っていった。
もうため息すら出てこない状況。
任務を遂行する為に席を立った。