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第三幕 勇 弐

 皿洗いは交代制である。今日の当番はこのかだった。ちょっぴり無駄の多い動きでガチャガチャ大きな音を立てながら、夕飯の後片付けをしている。

 今日の夜は勇とランで街を見回ることにした。ランの嗅覚に頼って捜索する方針である。

 勇は薄手の上着に袖を通し、ランに声をかけた。


「ラン。出られるか?」

「はい。大丈夫です」


 準備万端らしい返答に頷き、今度はこのかに向かって、


「このかー、お兄様は今から出かけてくるので、風呂入って宿題やって寝とくように」


 このかは皿洗いの手を止め、「エエ~ッ」と不満そうな声を上げた。


「ランちゃんも一緒に~?」

「ああ。ちょっとデートしてくる」

「デ、デデッ……」


 デート、という単語に反応したらしいランが、顔を瞬間沸騰させた。


「七尾は置いてくから、存分に親交を深めるといい」

「うんわかった! いってらっしゃい!」


 妹、即答かつ超いい笑顔だった。

 これから七尾の身に降りかかるであろう災難を想像すると、多少なりと同情できなくもなかったが……まあ、いいや。


「よしラン。出るぞ」

「ひゃ、ひゃいっ」


 ポンと背中を叩くと、ランは上ずった声を上げてビクンと飛び上がった。こっちはこっちで不安になる反応である。

 まあ、うん。外を歩き回っているうちに落ち着くだろう。たぶん。

 気を取り直して、勇は玄関に向かった。

 トトト……と、後ろからランがついて来る足音が聞こえた。


         *


 じっとりした、湿り気のある夜だった。

 午後八時も回れば、さすがに日も落ちて辺りは薄暗い。

 あいにくというか、時期を考えれば当然のような曇り空で、月も星も見当たらない。

 傘を片手に、勇はランと連れ立って、とりあえず犯行があった現場を目指した。

 華やかな駅前、繁華街を目指して、住宅街の道を進んでいく。街灯はいつもと変わらず道を照らしているが、街は深夜のように静まり返っていた。

 理由は簡単だ。

 現在、この辺りの道をうろついているのが勇とランの二人だけだからである。

 昨日、今日と立て続けに起こった殺人事件は、夜間に一人歩きをしようなどと考える人間をなくすには充分な衝撃だったらしい。


「なあ、ラン」

「はい」


 しばらく歩いて、ランもようやく落ち着きを取り戻したようだった。それを見計らって声を掛けると、ランは素直に勇の方を向き――視線が合うと、慌てて逸らした。深呼吸をしている。まだ落ち着いてなかったのかお前。

 勇はそれに気づかない振りをしながら、質問を投げかける。


「お前、刀以外の戦闘手段はどれくらいある?」

「刀以外、ですか……」


 しばし、沈黙が流れた。

 勇の質問はしごく真っ当なものだ。ランの剣術はまごうことなく一級品だが、肝心の獲物がなければ話にならない。

 ランは大きくため息をつき、シュン、とうなだれた。


「申し訳ありません。剣の鍛錬ばかりしてきたもので……」

「つーと、術式もダメか」

「はい。覚えようとは思っていたのですが……」


 ランはますます委縮したようにうつむいた。前を見て歩かないと危ないよ?

 勇は二、三度頷くと、手をハタハタと振った。


「気にするな。術らしいものができないのは俺も一緒だ」

「ですが、刀のないわたしはただの役立たずです」


 そうでもない。今夜の夕食もとてもウマかった。

 ……と言ったところで逆効果にしかならないのは分かっているので、言わないが。


「こう、素手とか牙とか爪とか使って、必殺技みたいなのできないか? 絶・天狼抜刀牙! とか、烈・幻夢抜刀牙! とか、飛鳥文化アタック! とか、そんな感じの」


 とりあえず、案を出すだけ出してみた。

 今のランの姿でやるとシュールな光景になりそうだった。

「な、なんのお話ですか勇様……?」


 あと、ランが困惑顔だった。


「……まあ、冗談はさておき」


 仮にランがやったらやったで今度はこっちが困惑しそうなので、話を打ち切る。徒手での戦闘など一朝一夕で身に着くものでもないし、それよりもっと現実的な手は――


「青に話は通してあるのか?」

「あ、いえ、まだ……です」

「じゃあ決まりだ。青に話して代わりの刀を用立ててもらおう。それが一番手っ取り早い」


 ランの失態を児玉家に伝えるようで気が進まないが、青司が今の猫夜叉と遭遇すればバレることだ。情報は早目に共有した方がいいだろう。

 失態の報告ということで、ランは少し気が引けているようだったが、「そうですね」と素直に頷いた。

 早速電話をかけてみる。

 どうやら取り込み中らしく、ややあって留守番電話サービスに接続された。

 ピーッという発信音の後に、メッセージを入れておく。


「あ、青? ランが刀落としたらしいんで、代わりの刀の手配ヨロシク。お疲れ!」


 電話を切った。


「よし」


 やり遂げた顔をしてみた。


「今のでいいんですか!?」


 ランのツッコミがちょっと気持ちよかった。


「留守電だったんだよ。これで向こうから連絡してくるだろ」


 携帯電話をポケットにしまい、そのままさっさと歩みを進める。

 追いついたランが、隣に並んだ。


         *


 駅前に出ると、街は普段通りのようだった。

 人気のない住宅地とは違って、賑やかなイルミネーションと交通量の多さで通り魔を遠ざけている。人々は互いを守るように寄り添って、街を余計に賑わせていた。

 夜がまだ始まったばかりなこともあって、人の流れは尽きることなくあふれかえっている。

 信号機が赤になり、足を止める。目の前にそびえる一際高いビルの壁で、巨大なテレビがニュースを流していた。

 昼間は七尾と見たテレビを、今度は勇と一緒に見る。

 話題はやはり通り魔事件のいきさつで、その犯人がいかなるモノかを知っている身としては複雑な心境だ。


「おーお、たった二日ですっかり有名人だな」


 鼻で笑いながら、勇は言った。

 テレビの画面を睨む彼の眼差しは、寒気がするほどに冷ややかだ。

 信号が青になった。二人は黙ったまま、横断歩道を渡る。

 繁華街の通りを歩いていると、勇はそこかしこから声をかけられていた。


「チョリーッスあまっせんぷぁい! てかなーにチョー美人連れて歩いてんスか! 俺にも紹介してくださいよー!」

「Heyユウ! 今日ハでーとカイ?」

「やー、天海さーん……と、あれ? 今日は可愛らしいお連れさんもご一緒で」

「あー! 勇くんじゃーん! ってなんでそんな美人が一緒にいんの!? あたしというものがありながら!」

「ちょいと勇! 彼女できたんならウチ寄りなって言っただろうが」

 

 いちいち列挙するとキリがないが、おおむねこんな感じである。

 夜の街における勇の顔の広さには驚かされるばかりだ。いかにも不良風な少年や、大柄な外国人、派手な格好の青年に制服姿の少女――年齢や性別はてんでバラバラで、統一性なんて欠片もない。

 勇が誰かを連れ歩いているのが珍しいのか、ラン自身が目立つ容姿をしているからか、声をかけられた時はランにも視線が向けられた。

 その度に微妙な居心地の悪さを感じるのだが、それを知ってか知らずか、勇は声をかけてきた知り合いを邪険な態度で追っ払っていた。


「あーうるせーうるせー。今ほら、なんか夜とか危ねーんだから、さっさと帰ってクソして寝ろ」


 しっし、とばかりに手を振るおまけつきである。

 見知った相手であろうとはいえ、いくらなんでも失礼なのではなかろうか……? と一抹の不安を覚えないでもなかったが、夜の街で会う人々にとって、天海勇という少年はこういうキャラクターだと認識されているらしく、


「ぶはは、アンタ人のこと言えねー!」

「オマエモナー」

「あっははー、でも僕これから仕事なんですよー」

「るっせーバーカバーカ」


 ほぼ全員が深く干渉してくるでもなく、笑顔で離れていった。

 付きすぎず離れすぎずの、微妙な距離感。天海勇という人間は、確かにこの街に根付いている。

 ただ、大通りの外れで最後に声をかけてきた女性は、少し雰囲気が違った。

 車体の側面が跳ね上げ式の窓に改造されているピンク色のミニバン。声は、その中にしつらえてある小さなカウンターからかけられていた。


「いや別に彼女じゃないんだけどさ」


 めんどくさそうに後頭部をがしがし掻きながら、勇はそのミニバンに近づいていく。近寄るほどにはっきりする、バニラエッセンスの匂い。どうやらこのミニバンは、クレープ屋の移動屋台であるらしい。

 声の主は、ピンクの三角巾とピンクのエプロンをつけた二十代半ばと思われる女性だった。


「あんたねえ、平日の夜間っから女の子連れ回してるんじゃないよ。お姉ちゃん、そんな子に育てた覚えはないからね」

「俺もテメー様に育てられた覚えはミジンコほどもねーよ」


 呆れ顔の女性に、勇はふてぶてしい態度で答えた。


「で、今日の現場ってどこら辺?」

「サツが出張ってたのは花水木通りと弁天通り、西銀座通りだね。そこいらの路地裏なんじゃないかい?」

「あ、そ。あんがと」


 行こう、と身振りで示す勇に従い、女性に一礼してから背を向ける。背後から、再び声がかかった。


「勇。あんまり無茶しでかすんじゃないよ」


 勇は足を止め、押し黙り。結局、振り返ることなく歩き出した。ひらひらと後ろ手に手を振りながら。

 ランはもう一度クレープ屋の女店主に頭を下げると、その背中を追いかけた。

 追いついて、隣に並ぶ。少しためらいもあったが、結局尋ねることにした。


「勇様、その……今の方は?」

「知り合いのクレープ屋店主。兼、仕事の窓口。兼……情報屋?」


 最後の一つはちょっと自信なさげだった。勇がこの街で退魔の仕事をしている、というのは聞いたことがあった。


「先代のオトモダチでな。俺の面倒も見てくれてんだよ」

「先代……?」

「ああ。俺の師匠。俺は二代目」


 勇はこともなげにそう言った。師……ということは、勇に戦い方を教えた人なのだろうか。

 大通りから、細い路地に入った。


「まあ、別になんか教えてもらったわけじゃないんだけどな」


 ランの疑問を察したかのように、苦笑しながら勇は言った。


「言い方は悪いけど、あの人は俺を利用して、俺はあの人を利用した。それだけだ」


 ちらほらと警官の姿が見える。それを横目に、細い路地から路地裏へと入り込む。


「お師匠様は、今、どちらに?」

「除霊屋の仕事全部俺に丸投げして、今は修行の旅だ。世界のどっかにはいるだろ」


 勇はそう言って肩を竦めて見せた。

 安堵する。彼が失うばかりでなくて良かったと。

 感謝する。彼の側にいてくれた人たちに。

 ――そして、ほんの少しだけ、嫉妬する。その誰かが、自分ではなかったことに。

 と、勇が足を止めた。

 どうやらここが、今日の犯行現場の一つであるらしい。細くて狭い路地裏だった。犯行が昼間だったからか、警官の姿ももう見当たらない。現場検証は終わってしまったのだろう。

 暗い路地裏のすえた臭いに混じって、微かに血の臭いが感じられた。周囲の壁は不自然なほどに汚れがない。清掃されてしまったのだろう。

 勇を見ると、眉間に皺を寄せていた。


「夕方雨が降ったからな……臭いも流れたか。ラン、どうだ?」

「少しだけ、血の臭いがします。ですが――」


 それだけだ。ランの嗅覚でこの程度なのだから、勇に感じ取れるはずもない。やはり、夕方の雨で臭いが流れてしまったらしい。

 被害者は肉体だけでなく、その魂も、想念さえも喰いつくされた。だから、後にはなにも残らない。唯一残ったであろう臭いでさえも、これでは。


「仕方ないな。次に行こう」


 軽くため息をついて、勇は言った。

 残るは二ヶ所。昨夜の現場まで含めると十ヶ所にもなる。全部回ったら終わるのは深夜になってしまうだろう。

 それでも今は、これくらいしかできないのだ。ランは頷くと、勇に続いて路地裏を後にした。雨の気配が強まる中、ランと勇は殺人が起きた現場を巡ってゆく。



2018/12/15現在連載中の作品はこちら


https://ncode.syosetu.com/n5057ev/





二週間に一回くらいのペースでしか更新できていませんが、気長にお待ちいただけるとありがたいです。


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