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第三幕 勇 壱

「ただい――ま?」

「申し訳ありませんっ!」


 学校から帰った勇を出迎えたのは、ランの土下座だった。

 そう、土下座である。

 床に額をこすり付けんばかりに平伏し、微動だにしない。


「あー、まあ、なんだ。とりあえず話を聞かせろ。な?」


 いまいち状況の分からない勇は、後頭部をがしがし掻くと、かがみこんでランの頭にぽんと手を乗せた。

 ランはびくりと身を震わせ、それから恐る恐る、顔を上げる。

 一瞬だけ視線が絡んだが、ランは気まずそうに床に視線を戻してしまった。


「は、はい。ではご報告を――」

「いや待て。展開が早ぇよせめてリビングまで行かせろ」


 思わず笑ってしまう。なにがあったのかは知らないが、ランは相当気が動転しているらしい。よもや児玉秘蔵とまで言われた愛刀をなくしてしまったわけでもあるまいに、なにをそこまで委縮する必要があるのだろうか。

 勇は靴を脱いで家に上がると、うつむくランに向かって手を伸ばした。


 結論。そのまさかでした。


「マジか」

「申し訳ありません……」


 対面に座ったランは、痛々しいほどに憔悴して見えた。それはそうだろう。奪われたものはただの刀ではない。児玉の秘蔵、猫夜叉への最大の対抗手段とも呼ばれた刀だ。気にするなというのも無理な話だ。

 七尾は七尾で、ランの隣にいるもののどこか上の空だ。

 先に帰宅していたこのかは、勇におかえりを言ったあと、「ランちゃんをいじめないよーに!」とのお言葉を残して二階に上がってしまった。空気の読める妹である。


「ごめんなさい。わたしの注意不足だわ」

「いいえ! わたしが迂闊だったんです!」


 目を伏せる七尾と、今にも再び床に平伏しそうなランの謝罪を同時に受けて、勇はふうと大きく息をついた。


「で、お前らに怪我はないのか?」


 二人、ふるふると首を横に振る。


「そうか。ならいい」

「へ?」


 ランは間抜けな声を上げて、目をしばたいた。


「え、あの、でも」

「秘蔵だか家宝だか知らんが、児玉の刀がなくなっても俺は別に困らん」


 投げ遣りに答える勇に、今度は七尾が戸惑いの視線を投げた。


「でも、あれはわたしを――猫夜叉を封じたときの……」

「それなんだけどさ。どうもお前たちと俺には認識の違いがあるみたいなんだよな」


 勇にとって朝霧という古刀は、ランにくっついてきたおまけにすぎない。話を聞くとなんか強力な霊刀らしい。「ラッキー、ツイてるぜ!」程度の認識でしかないのだ。

 それがなくなりました。敵に奪われました。と言われても、「あ、そうなの?」程度にしか思わない。

ただ同然で手に入ったものがなくなったところで、差し引きゼロだ。それより純粋に戦力としてアテにしていたランや七尾の方がよほど重要である。

 もっとも、猫夜叉が朝霧を使いこなして強くなる、となるならば話も変わってくるのだが。動きも派手になるだろうし、早急に対策を練らねばならない。


「いえ、それはないわ。猫夜叉が朝霧を奪ったのは、別の理由よ」


 疑念について、七尾は否と断言した。その理由とやらは気になるが、ともかく、


「最初から刀をアテにしてたわけじゃないから、別にいい。怪我がなくてなによりだ」


 手を振って、話はここまでと打ち切った。


「ゅ、ゆうしゃば……」

「ってうおっ」


 改めてランを見ると、だっばだば目の幅涙を流していた。


「しゅびっ、しゅびばぜんっ、わだっ、わだじっ」

「お、おう」


 あとはもう言葉にならないようで、ぼろぼろ大粒の涙を流している。それが安堵から来た涙なのか、自分のふがいなさを責めている涙なのか、いまいち勇には想像がつかないが――とりあえず、制服のポケットに入っていたハンカチをランに差し出した。


「顔、拭いとけ。ちょっと今人様には見せられない顔してるぞ」


 事実、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったランの顔は、けっこーヒドい有様だった。


「う……えうっ。ずびばぜん……」


 ランは意外と素直にハンカチを受け取り、


 ぐしゅぐしゅ

 ずびっ

 ちーん!

 ずびびっ

 ぶびっ! ぶびぃーっ!


「……落ち着いたか」


 待つことしばし、美少女としていろいろアレなことをやっていた気がするが、鋼の精神で無視してそう尋ねる。七尾もランの様子を見て呆れたように笑っていた。


「ぐず……ふぁい」


 涙と鼻水――というか、大半が鼻水――でぐっちょり湿ったハンカチを受け取って、持て余す。洗濯機へ放り込む前に水洗いした方がよさそうだ。こんなことなら最初からティッシュを箱ごと渡せばよかった。


「あ……すみませんっ」


 そんな勇の葛藤に気付いたのか、ランは奪うようにハンカチを勇の手からかっさらっていった。


「あとで、洗っておきます……」

「頼んだ」


 頬を赤くするランに苦笑しながら、勇は頷いた。


         *


 食事を作るのは大方、勇の仕事だった。父は仕事で忙しく、海外へ行くこともざら。義母もそれについて行くことが多いし、残ったところで料理の腕前自体がアレだった。残るは勇と幼い妹、となれば、その身に主婦仕事が回ってくるのは半ば必然で、このかが生まれた頃には天海家の台所を預かっていた。

 が、先日ランが食事を作ることを申し出て以来、天海家は全力でその好意に甘えていた。

 理由はただ一つ。ウマいのである。

 勇とてそれなりに台所に立っていた身、人並み以上には料理もこなすが、ランのそれは別格だった。まるで料亭の味である。割烹着姿でキッチンに立つランは、無駄のない動きで調理をこなしている。

 ――一つだけ問題があるとすれば、


「はわっ!?」


 コレだ。

 パリンという音と共に、皿がまた一枚天に召されたらしい。リビングにて夕飯の完成を待っていた人間二人と白猫一匹は、お互い顔を見合わせた。

 勇が無言で立ち上がり、キッチンを覗いた。


「大丈夫か?」

「うう、すみません……」


 真っ二つになった皿を持って、ランはシュン、とうなだれる。今日の彼女は謝ってばかりだ。


「怪我がないならいい。燃えないゴミの日に出すから、テキトーに置いといてくれ」


 そう言いおいて、勇はリビングに引っ込んだ。

 調理の過程は完璧、味付けは絶妙、包丁の扱いから火加減まで隙がないのに、「出来上がった料理を皿に移す」と「皿を持って移動する」過程に入ると、ランは途端に不器用な子になった。

 なにしろ皿を乗せたお盆を持つ手がガチガチ震えまくっているのだから、そりゃひっくり返すし皿も割ろう。料理が運ばれてくるのを固唾を飲んで見守るような事態は心臓に悪い。


「このか」


 リビングに戻った勇は、まず妹に声をかけた。


「はいっ」


 妹は元気よく返事して立ち上がる。


「七尾」


 次に、ソファに寝そべっていた白い猫に声をかけた。


「仕方ないわね」


 七尾は伸びを一つすると、ソファから飛び降り少女の姿にその身を変えた。


「ランに代わって料理を運んでやるのだ。かかれっ!」

「おー!」


 ビシィッ! とキッチンの方を指して命令すると、二人はてってけてーとばかりに連れ立ってキッチンに向かう。

 勇はそれを見送り、二、三度満足げに頷くと、再びソファにどかりと腰を下ろした。


「ところで、お兄ちゃんはなにするの?」


 ダイニングテーブルに夕飯を並べながら、このかが問いかけた。勇はテレビのリモコンを操作し、電源をつけ、


「俺は――テレビを見る」


 キリッとした顔を作ってそう言ってのけた。


「働けー!」


 抗議の声を受け流し、テレビの画面――ニュースから流れる情報に目と耳を集中する。朝から流れていたトンデモ事件は、さらに事態を悪化させているようだった。

 被害者の数が、三人増えている。

 それも今日の昼間だけで、だ。異様とも言えるペースである。七尾とランに遭遇してからも、猫夜叉は「狩り」を続けていたとしか思えない。

 三人はいずれも別々の場所で発見され、これまでの被害者同様、何者かに手足が引き千切られ、現場は血の海になっていたらしい。

 現場の一つから、キャスターが淡々と語っていた。こころなしか顔色が悪いようにも見える。というか、食事時に流していいのか、こんなニュース。

 勇は黙って後頭部をがしがし掻いた。

 ――手足を切断、ではなく引き千切られた、という表現はどこか不適切だ。が、この案件に関しては正しい表現だろう。もっと正確に言えば、食い千切られた、が正しいのだろうが。


「とう!」

「ぐあっ」


 と、背後からの奇襲を受け、勇は思わずうめき声を上げていた。後頭部に飛びついてきた妹はそのまま勇の首に腕を回し、顎を勇の頭に乗せ、


「は~た~ら~け~」


 その顎をがっくんがっくん動かしながら抗議した。やめて。頭のてっぺんが地味に痛いからソレ。


「あー……」


 どうやら、状況は自分に不利らしい。そう悟った勇は、軽くため息をついてテレビを切った。今流れているのは被害者の身元だ。そんなものを知ったところで意味はない。


「分かった分かった」


 そして、このかにくっつかれたまま立ち上がる。このかは「おおお~」などと言いながら、勇にぶら下がってずるりとついてきた。


「んしょ、っと。よし! さあ行くのだお兄ちゃんロボ!」


 器用に勇にしがみついたこのかは、キッチンをビシッと指差して声高に叫んだ。

 臨時ロボと化した勇は、頭の上から聞こえる声に指示されるままに料理を運ぶことになったのだが――


「妹よ。今度はお前が働いてなくね?」

「このかにはお兄ちゃんにめーれーするという使命があるのです!」


 妹、渾身のドヤ顔だった。たぶん。だって見えないし。

 ふと視線を感じてその方を見ると、妖怪二匹がなんだか微笑ましいものを見る目でこちらを見ていた。ンだコラ。見んな。こっち見んな。

 そうこうするうちに一通りの料理が食卓に並び、四人揃って夕飯を囲んだ。


2018/12/15現在連載中の作品はこちら


https://ncode.syosetu.com/n5057ev/





二週間に一回くらいのペースでしか更新できていませんが、気長にお待ちいただけるとありがたいです。


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