Case.5 お面の男、捕まる
『殺せ……殺せ……奴らが来るぞ……』
まただ……また声が聞こえる……。
誰なんだ、オレに語りかけるこの声の主は……。
『眠っている暇はない……もう3日も眠り続けている……』
今は起きたくないんだよ……ほっといてくれ……。
それにどうして殺す必要がある?
(お前はインフィニティだ……)
別の声が頭の中に響き渡る……。
これは前に殺してやったタコの声だ……。
(実験ナンバーf9……それがお前の名であったはず)
聞きたくない……こんなこと聞きたくない……。
オレはお前らとは違う、化け物なんかじゃない!
(『コロシテシマワナクテハ』ッテナ)
「やめろ!!」
オレはベッドから転がり落ちた。
……待てよ?なぜベッドなんだ?
オレはベッドで眠ったりはしないぞ……。
そもそもここはどこだ?
どこかの病室のように見えるが……。
そういえばあのタコ野郎を殺してからの記憶がぼんやりとしている……。
オレはなんでこんなとこにいるんだ……。
それに……面をつけたままだ。
普段は眠る前に外すはずだが……。
とにかく今の状況はよくわからないことばかりだ。
こうなったらとりあえずは……。
「逃げよう」
化け物から逃げるのはごめんだが、これは恐らく奴らの関連じゃない。
オレが倒れるかなにかしてたところを見つけた誰かがこの病院と思しき場所に連れてきたのだろう。
例の声はオレが3日も眠っていたと言っていた。
3日の間に奴らがどれだけ人間を殺しているかもわからない。
オレが早く出ていかなくては……。
奴らはオレという天敵を失い増長するに違いない。
それだけはなんとしても避けなければならない。
人間が殺されるのをむざむざ見逃すわけにいかない!
ドアを開けるとそこには見張りと思われる人物がいた。
どうも見たことがある中年ほどの男性。
朝も早かったからか、眠りこくっている。
とあれば都合がいい。
ドアを開けきって外に出……。
ガラガラン!
突然響いたその音にオレは身を竦めた。
見ればドアを開けきると仕掛けが動き空き缶がぶつかり合うようになっていたらしい。
すると……もしや……あの見張りらしき男が……。
「おはよう!どうやら起きたようだな」
起きてしまったらしい……。
こうなると厄介だぞ……こいつはオレがここから出ていくのをよしとはしないだろう。
「どうした?元気がないな……目覚ましの音が大きすぎたか?」
「……いや、目はとっくに覚めていた。
いい目覚ましだな」
「お面を付けたまま冗談を言われてもな……」
中年男は、ハハハと笑い声をあげたがその目は真っ直ぐにオレを見据えている。
「……見張っていたんだろ?オレのことを……」
「わかっていたのか」
そりゃあわかるだろう。
まさかオレを病院に連れてきた人間が3日も残っているはずがない。
ということはこの男は、オレの病室の前でオレが目を覚ますのを待っていたという事だ。
「何の用だ?
お前は何者だ?」
「隠しても仕方がないな。
私は警察の者だ……そして、君こそ何なんだ?」
警察か……なるほど、人間も奴らを追ってたってわけか。
それでオレまでたどり着いたんだ。
もしかするとこいつはオレの戦いを見ていたのかもしれない。
もといた部屋のドアを開け窓の外を確認する。
それなりに高い場所であることが景色からわかる。
とりあえず、それとなく答えさせるか。
「……ところで、ここは何階?」
「ん?5階だが……」
「OK、ありがとう。
そしてさよなら」
オレは走った。
窓を割り外へ飛び出す。
大丈夫、着地できる、このくらいの高さならわけない。
————————
やれやれ……『やはり』逃げ出したな……。
そんなに苦労をかけないでもらいたいのだが……。
「警部!」
「捕らえたか」
「麻酔銃で眠っています!」
ふぅ、やはりな。
『彼』の戦いを目にしてきた私にはよくわかる。
素手で捕らえることなど不可能で、当然武器を使わされるはずだったのだ。
「はぁー……まったくだ。
次はベッドにくくりつけておくか?」
「警部!それは重要参考人への不当な扱いに……」
……何も知らん者はこれだから困る。
こと、彼に関して普通の人間のように考えてはいけないのだ。
「あー、いい、報告しなければいい。
大事なのはこの男を逃がさないことだ。
絶対に逃がしてはいけないのだ、いいな?」
「は、はぁ……わかりました」
彼の顔は、未だ見たことがない。
……眠っている時も、この面は取れなかった。
いったい、この男の素顔はどんな顔なんだろうか。
————————
「……なんだこれは」
「いや、そうでもしないと君……逃げるでしょ」
やられた。
ベッドにロープでぐるぐる巻きにされて身動きを取ることもできない。
……恐らく麻酔銃だ、突然過ぎて『反応』することが出来なかった。
「案外卑怯だな」
「君こそ、すぐに逃げるなんて……つれないな」
麻酔銃を持った警官を配備しておくなんて、オレが逃げることを見越していたんだろう?
この男は、なかなか抜け目がない。
油断してはいけない……必ず出し抜いてやる。
「……で?オレを捕まえてどうする気だ?」
「そうだな……その面を外させる、とか」
「冗談はよせ」
「……けっこう本気なのだがね」
体に力を集中させる。
やろうと思えばこんな力のないロープを切って脱出するのは容易い。
「……君はなぜ奴らを殺すんだ?」
「知らん」
正直考えたこともない。
人間が殺されるのを見たくないのもあるが、それは結局後付けの理由にすぎない。
最初はただ、頭の中に響いた声に導かれるままに殺していたのだから。
「君ねぇ……取り付く島もないって感じだな。
何か言えない事情でもあるのか?」
「いや、本当に知らない……でも、人が殺されるのが嫌だってのはある」
これも本当。
「……それじゃあ、我々に協力しろ、と言ったら君は以前のように戦うかね?」
「……オレは誰かの駒になるつもりはない」
オレが戦うのは、戦う理由を探すためだ。
警察でなくとも、誰かに使われるのなんてごめんだ。
生死をかけた戦いは、常に孤独であるべきなのだ。
「そうか」
「そうだ……わかったなら」
そろそろ麻酔も切れてきた。
体に十分力が入る。
ロープをベッドの内側から無理やり引きちぎり、オレは解放された。
「オレを自由にしろ」
「……そうはいかないんだ、我々にもメンツがある」
「とはいえ、アンタにオレを止められるか?」
「……無理かもな」
諦めの早い男だ。
「だが」
「!」
動きが早い、一瞬で間が詰められた。
目で追っている間に服を掴まれる。
「しまっ……」
「フンッ!」
「ぐぁああっ」
あっという間に投げ飛ばされ、そのまま関節をきめられてしまった。
こうなるともう動くことは難しい。
「不意をつけばこういうこともある」
「……負けたよ」
————————
「それじゃあ、我々と共に来てくれるか?」
頑丈なワイヤーでふんじばったら彼も動けないらしく、おとなしくなった。
これで話もしやすくなるというものだ。
「……今まで通りに奴らを殺させてくれるなら」
それは願ったり叶ったりというものだ。
上層部の目的は彼を監視下に置くことであるため、何も未確認生物の殺害をやめさせることではない。
むしろ、彼に奴らを殺害してもらうことこそが本懐なのだ。
「もちろん、君には奴らを殺害してもらう。
生け捕りなんかは考えなくていい」
「随分聞き分けがいいんだな」
お面越しなのでわからないが、彼は多分驚いた表情をしているだろう。
「まあ、奴らについての研究はもう十分であるし……それに、ほら、奴らは人間に対して害をもたらすばかりだ。
国の方針として奴らの抹殺が最優先だと決まったのさ」
これは、半分違っている。
実は奴らの研究についてはそれほど進んでいない。だが、抹殺が最優先と決まったのは本当だ。
「へぇ、そうか……奴らのことがわかったのか……」
「ん、まあ、そうだな」
「じゃあ教えてくれ。
奴らはいったいなんなんだ?」
そこを聞かれるのは非常にまずい。
「……あー……君が嘘偽りなく我々に協力したら、教えるよ。
今の君にはまだ、教えられない」
なんとかごまかせただろうか?
「……そうか。
わかった、しっかり協力させてもらう」
「あぁ、よろしく頼む」
よかった。ごまかせた。
そういえば……彼の素顔が見てみたいのだった。
「……そのお面、取ってもらってもいいかい?」
「……それは、『協力』のうちに入るのか?
そうでないなら拒否させてもらう」
うーむ、ガードが硬いな。
「いや、私の好奇心だ」
「それじゃあ、ダメだ」
いつか絶対素顔を見てやる。