Case.4 未確認第17号の場合
未確認生物第15号の襲撃事件から3週間が経ったある日のことだ。
宇海警部はあるファイルに目を通していた。
それは、かつて彼の部下だったある刑事の遺したもので、未確認生物の研究がなされている。
未確認生物第5号までの生物的特徴、死因、発見場所など様々なことがこと細かに綴られている。
これを遺した刑事は、未確認第6号発見時にすでに亡くなっていると考えられている。
宇海が今回これに目を付けたのは、これがただの研究ファイルではないからだ。
これには——その刑事の独断と偏見によるものではあるが——未確認生物の出現場所の予測が書かれている。
多くの場所が指摘されていて、そのうち3ヶ所で、実際に未確認生物の死体が見つかっているのだ。
宇海はこれに賭けることにしたのだ。
『お面の男』に出会うためには、生きた状態の未確認生物を発見する他にない。
彼には、未確認事件担当者としてどうしてもお面の男を探る必要があった。
お面の男は、指名手配に近い扱いを受けているのだ。
第15号の事件により彼の存在が警察内部で明らかになったからである。
上層部はこれを待っていたとばかりにお面の男を捕らえるように日本中にお達しを出したのだ。
とはいえ、まだ手がかりが少なすぎるのが現状だ。
彼の顔、名前、個人情報は全くわかっていない。
あるのはカメラに映っていた彼の未確認第15号と戦う姿だけだ。
これでは本格的な指名手配を行うわけにはいかない。
とにもかくにも彼の情報が必要なのである。
宇海は藁をも掴む気持ちで研究ファイルにあった『とある街の外れの林』に行くことにした。
着いてみると確かに昼でも暗く、怪物が潜むにはピッタリの場所だった。
1度未確認とお面の男に出会っている宇海は、再びそれらに出会える奇妙な予感がしていた。
辺りがさらに暗くなり始めた頃、パキパキと枝が折れる音やガサガサと葉が揺れる音が周囲からし始めた。
宇海は、動物か何かが歩いているのかと思い音のした方の様子をうかがった。
そこで目にしたのは思いもよらない——しかし期待していた——ものであった。
影のように真っ黒な男、身につけたお面だけが明るく見えるその男は、何かを探すように周りをうかがいながら歩いていた。
宇海は1人でここに来たわけだが、それなりの装備は整えてきた。
確実に確保するために、こっそりと後ろから近づこうとしたその時、もう一体の影が林の奥からヌッと現れた。
異形の顔、手足、胴体、だが全体を見ると人間っぽい形をしている……未確認生物である。
お面の男は未確認がやって来たのを認めると、すぐに戦闘態勢をとった。
宇海は本当に生きている未確認が現れたことに感心すると同時に、襲われた時の恐怖を思い出し咄嗟に身を隠した。
未確認はお面の男に気付くと、彼が自分と戦うつもりであるらしいことを悟り話しかけてきた。
「よう、人間!……その出で立ちは……!
お前が仲間を殺している『お面の殺戮者』か!」
お面の男は、聞きなれない自分につけられたと思われるあだ名に首をかしげた。
「それはオレのことか……まあ、間違っちゃあいないがな」
言い終わるが早いか、それともお面の男の拳が未確認にめり込むのが早いか、宇海の目にはほぼ同時に見えた。
宇海はスマートフォンのビデオカメラ機能を使い録画を始めた。
暗い林の中なので、男も未確認も気づいていないようだ。
「やるじゃあねぇの……しゃべりながら的確に胴体にパンチ入れるたぁな……。
だが!……そんな程度じゃあオレには効かねぇ」
未確認は体勢を崩すことなく打ち込まれたその拳を掴みお面の男を持ち上げた。
「うおっ!」
「どうだいこのパワー……それだけじゃあねぇぜ」
未確認の背中からウネウネと何本ものタコ足が現れた。
それらがそれぞれお面の男の腕や足、首を掴んで拘束する。
「殺った!これで勝利!!」
お面の男は抵抗するが、タコ足のパワーは凄まじく解けそうにない。
「諦めろ!それは筋肉の塊……いつでもお前を引きちぎれるんだ」
「なら……なぜさっさと殺さない」
タコ足の未確認はその奇妙な筒状の口をぐにゃりと歪ませた。
「フッフッフ……仲間をグチャグチャに殺されたんだ。復讐はさせてもらうぜ……『拷問』だ!」
「素直にトドメを刺しておけ……後悔するぞ」
お面の男は、なおも不敵な態度をとり続ける。
それが気に触ったのか、タコ足未確認は『必殺技』を出してしまった。
「野郎ォーーー!!!オレを舐めるんじゃあねぇ!!」
口が伸び、男の首筋に食らいついた。
「突然だが自己紹介させてもらう……オレはヒョウモンダコだ」
「……毒か!!」
未確認の暗い瞳が嘲り笑う。
全ては終わったのだと自慢げな顔色を浮かべる。
「気づいたならお前はもうおしまいだ!死ね!」
この時宇海は襲われた日のことを思い出していた。
お面の男はあの時も毒にやられたが、なんなく解毒していたではないか。(人間にそんなことが可能なのか?)
宇海には奇妙な確信があった。
彼は今回も解毒を行ってみせるだろう……と!
「毒……テトロドトキシンだな……」
「!よくわかったな」
お面の男の声が凍えそうなくらい冷たいものに変わる。
「もうそれ……効かないんだ、オレには」
「なんだと……!?まさか!?」
「いつだったか……食らったことがある……オレは何故かそれに抗体ができた……」
ヒョウモンダコの未確認の顔が絶望に歪んでいく。
己の絶対の自信を持つ技能を完封されてしまったのだから。
「……なるほど、その無敵さ、確かにお前は『無限の可能性』だ」
「……インフィニティ?」
宇海は聞きなれないワードに思わず自分も聞き返しそうになり、慌てて口を塞いだ。
「そうだ……お前もオレ達の仲間だったようだな。
実験ナンバーf9……それがお前の名であったはず」
「……なんのことだ」
お面の男の歪んだ声色から、困惑が受け取れる。
「オレはお前のこと全然知らないが……ボスが言うのさ……いずれf9は、インフィニティは『殺してしまわなくては』ってな」
「……お前はオレの過去を知っているのか?」
宇海はメモをするのに必死になっていた。
動画を撮っていたことも忘れて。
「いや、全然知らねえ。
……お前は記憶がないようだな」
「……そうだ」
未確認のタコ口が、V字に歪んだ。
「まあ、それならそのまま死んでいきな」
急にお面の男のタコ足への抵抗が鈍くなった。
「な……」
「動けねぇ……だろ?本当の切り札は最後まで取っとくもんだぜ」
ヒョウモンダコにはテトロドトキシン以外にもう一つ毒がある。
それはハパロトキシンという毒である。
通常は甲殻類などを麻痺させるためのものであるが……未確認生物として生まれた時点でかなり強化されているに違いない。
お面の男の筋肉の活動を完全に麻痺させたのだ。
当然臓器の活動も止まる。
「かっ……がっ……」
「息ができねえかい?……これで今度こそ、完全なる勝利だ」
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まただ……また、声が聞こえる……。
誰なんだ……お前はいったい……。
『情けない……なんと情けないのだ。
この程度の三下相手に捕まるなどと……。
あんな化け物さっさと倒してしまえ』
いつもオレに話しかけてくるこの声……どこから聞こえている?
今日はなんだか姿までぼんやり見えている気がする……。
『手酷くやられたものだな……私がいるここまで潜ってくるとは……』
お前は……!?
覚えがある……お前は……いや、あなたは……。
『もう目覚めるといい、君はまた進化した。
毒は抜けている……この程度戦いながらなんとかしろ……。
君にはそれができるのだから……』
待て!まだ消えるな……!
あなたは……!
せんせ
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「い……」
「ほう!まだ声が出せたとはな……」
ヒョウモンダコの未確認はお面の男をすぐには殺さなかった。
今まで死んでいった仲間達の分、いたぶっているのだ。
宇海はこの化け物相手にお面の男を助け出すことなどできないだろうと諦めていた。
お面の男はすでに満身創痍で目覚めることはないと宇海は決めつけていた。
だが、意外なことが起こった。
ブチリと4回音が響いて、お面の男を拘束していた未確認のタコ足が切断されたのだ。
「な……に……?」
未確認は唖然としていた。
お面の男の筋肉がパワーに満ち、そして自分の腕を引きちぎったからだ。
「オレは……何者なんだ……この声の主は……」
「ウソだ……完全に効いていたはず……なぜ解毒が間に合う……」
ゆっくりとお面の男は未確認に近づいていく。
そしてその首にゆっくりと手を伸ばす。
「やめろ……来るな……」
「なぜオレはコイツらを殺す?なぜオレに化け物を殺させる……?
教えてくれ……」
「やめろォおオおお!!」
未確認第17号の死体は、ほとんど原型を留めていなかった。
肉塊という表現が生易しく聞こえるほど、おおよそ人間の力とは思えない力で解体されていた。
「教えてくれ……オレはあとどれだけ殺せばいい……」
お面の男は未確認を倒した後もフラフラと林をうろついていた。
目的を見失ったノラ猫のように林の中をグルグルしていた。
その目は虚ろだった。
まだ痺れ毒が効いているのだろうか。
宇海は彼の背中を追い続けた。
いつか彼がお面を外しその顔を見せる時まで追おうとした。
だが、彼が突然倒れ込み、気絶してしまったので予定を変更することにした。
ここで確保してしまうことにしたのだ。
すぐに応援が呼ばれた。
やがてやって来た警官たちは、数人がかりでお面の男を運びさった。
お面の男はついに警察のもとへ連れていかれてしまったのだ……。