File.1 未確認生物遺骸第1号、第2号
ある夜、どこかの工場——確かインクだかなんだかを作る化学工場——が爆発するという事件が起きた。
引火性のある薬品を扱っていて、それが爆発の原因になったのだろう、というのが大方の予想であり結論だった。
だが、ただ1人、宇海という警部だけは、そこに残されていたある痕跡から別の可能性を考えていた。
機械の一部、ともすれば見逃してしまうほどの目立たない場所、わずかだが切れ込みがあった。
カニのハサミで切ればこのような跡になるだろう、といった切れ込みが。
宇海は考える。
この切れ込みが意味することを。
結論として彼は……1週間後に起こるある事件と関連付けるのである。
工場爆発事件から、1週間が経った。
夜の11時、普段は静かな住宅街に何者かが争いあうような『音』が聞こえると通報があった。
通報者、付近に住む会社員の男性、42歳。
自分では恐ろしくて様子を見に行けないから通報したのだという。
向かった警官たちは、どうせ酔っぱらいが暴れているのだろうと決めつけていた。
だが、それはすぐにまちがいだったことに気付かされた。
辺りにはおびただしい量の『体液』が散らかされ、その中央に『それ』があった。
巨大なハサミ、飛び出した黒目、真っ赤でトゲがある甲殻……を持った人間の形をした何かの死体。
一目みて、警官たちはカニを想像した。
カニのような人間の死体は警察により秘密裏に回収された。
このようなものを公開すれば、世間に大きく混乱が広がるだろうからだ。
だが、人の口には戸は立てられぬのが世の常。
噂は多少の尾ひれを付けて広まり、世間には恐怖が渦巻いた。
マスコミは毎日未確認生物のニュースで騒ぎ立てる。
人々はフェイクニュースにも敏感に反応するようになる。
さらに、未確認生物は人を襲う、なんて噂まで流れれば、もう最悪だった。
人々は、常に不安を抱えて生きることを強いられた。
声をかけられれば威嚇し、肩がぶつかろうものなら喧嘩に発展する。
混乱は極みに達していた。
そんな中で、宇海はこのカニ人間……蟹型未確認生物の死体と、先の工場爆発の件に関係があると推理していた。
そして、それを上司に報告したが、推測で動けるほど警察はわやな組織ではない、と一蹴された。
本当の所は、日本がすでに混乱の渦中にあるのにさらに混乱のタネを撒くようなことを避けたかっただけであるが。
そんなこんなで混乱の中……やがて未確認生物の事件は人々の記憶から薄れ、徐々に日常が戻ろうとしていた……。
だが、事態はそう簡単にはおさまらない。
2件目の、未確認事件が起こったのだ。
現場は大きな街の裏路地、昼でも暗くて、犯罪の温床ともなっている闇の住処。
そこにあったのは、蜂型未確認生物の死体だった。
日本に再び恐怖がやってくる。
この生命体はどこからやって来たのか?
なぜ死んでいるのか?
なぜ国はその存在をひた隠しにするのか?
人々から疑問は尽きない。
挙げ句の果てには、『自称目撃者』、『自称被害者』が現れ、テレビのワイドショーなんかで出演するようになった。
彼らは、未確認生物がどんなに恐ろしく、敵対的で、強大であるかをさも見てきたかのように語るのだ。
恐らく、今考えればそれはほとんど虚偽なのだろう。
だが、人々を恐怖のドン底に陥れるには充分すぎた。
日本は、未確認生物の恐怖に怯え、未確認生物の影に縛られた狭い国になった。
警察も、この2件の事件の対応に追われていた。
警察だけは知っていたからだ。
これら2件の事件で発見された死体が、『殺された』ものであったことを。
未確認生物を殺す者がいる。
警察は日本を守る組織として、秘密裏にそのアンノウン・スレイヤーを探すことにした。
未確認事件を必死に調べていたある警部を利用することによって。
宇海警部が未確認事件担当となったのは、未確認第2号発見からおよそ3週間後、未確認第3号発見時であった。
しかし、結局彼がアンノウン・スレイヤーの手がかりを掴むのは、それから3ヶ月も後の第8号目撃者の証言を得てからになる。
そして第13号発見時、ついに彼はアンノウン・スレイヤーに辿り着くことになる。
期せずして彼は、遂に警察上層部のシナリオ通りに動き始めたわけである。
そして第15号発見により、事態は急展開を迎えるのである。