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Case.1 ある大学生の場合

 夜闇の中に、お面を付けた男が1人。

 ガッシリとした体型のスーツ姿に似合わない古いヒーローのお面は極めて異質である。


 彼は求めている、戦いを。

 血を沸かせ脳を揺るがす、戦いを。

 ひたすら求め続け、今宵も闇から闇へと飛び続ける。



 僕の名前は池田いけだ 恭二きょうじ、普通の大学生です。

 そうですね……あれは、バイトが終わって家に帰っていた時……夜の10時くらいですね。

 裏路地に入った時、誰かに声をかけられたんです。


 「ちょっとあんちゃん、こっち向いてよ」


 そんな感じで、若くて……チャラチャラした感じの男の声がしたんです。

 それで、誰だろうと思って振り向いたんです。

 そしたら急に顎を掴まれて持ち上げられました。

 ええ、片腕で、すごい力でした。

 その時にそいつの顔が見えたんですね。


 怪物でした。

 もう、怪物だったとしか言いようがありません。

 昆虫的……というんですか、顎が縦に割れていて、目が大きくて、そして……体全体が緑色でトゲトゲしていました。

 ええ、それで……彼が喋り始めたんです、僕に向かって。


 「よう、あんたァ……オレの事どう思うよ?」


 聞いてくるんですよ、オレの事どう思うかって……。

 それで、さっき言ったようなことを言ったんです。


 「え……あ……ま、まるで、昆虫のようで……」


 そこまで言ったところで、彼がうんうんって頷いたんです。

 あ、僕のこと持ち上げたままです。


 「そうかァ、昆虫……ね。確かに。

……オレさァ……バッタって名付けられてんのよ。バッタね、虫の。

だからあんたの言うこと間違ってねぇ」


 そう、『バッタ』……彼は自分のことを『バッタ』だと名乗りました。

 そして続けてこう言うんです。


 「オレはさァ……強者きょうしゃなんだよなァ。

だからァ、あんたのような弱者じゃくしゃで実験させてもらうわけよォ。

わかる?」


 もうその時はビビってるし首が痛いしで訳がわかんなかったんで、ひたすら「え?え?」って繰り返してましたね。

 そしたらそんな態度が彼をイラつかせたのか、声に怒りが混じった感じになったんです。


 「わっかんねぇかなァ……要するに人間ニンゲンのやってる事と同じだろう?

人間はネズミやらモルモットやら使って実験をする。

このオレ、バッタは人間を使って実験する。

な?わかったか?」


 だんだんわかりかけてきました。

 彼の言ってる『実験』ということがどんなことか。

 彼は強者である自分の力を試したかったらしいのです、僕を使うことで。

 その時、彼の足にパワーの満ちた緊張があることに気付きました。


 「これからァ……あんたに『蹴り』を()()()()入れさせてもらうぜ。

安心しな、スグにおネンネできるからよォ」


 全身の毛が逆立つ感覚っていうんですかね。

 ゾクゾクっとしたっていうか、これから死ぬんだっ……て思ったというか……。

 その時です、『彼』がやって来たのは。


 「おいてめぇ……そこまでにしときな」


 闇から声がしました。

 深い影の中に誰かが立っている……その人が話しかけていたんです、『バッタ』に。


 「なんだァ?お前……。

弱っちい人間はあっち行ってな」


『バッタ』はその人に対して吐き捨てるように言いました。

 でも、その人は向かってくるんです、こっちに。

 黒いスーツで、ガッチリした鍛えられてる体……たしかに強そうでした。

 顔は……影に覆われたようになって、見えなかったです。


 「いいからその人を離せ。

さもないと……この拳がてめぇのつらに叩き込まれる」


 すると『バッタ』がニカッと笑うんです。


 「……お前、お前の方が実験のしがいがあるな。

決めたぜ、この蹴りはお前に入れさせてもらうっ!!」


 すごい跳躍でした。

 まったく助走もなしに10メートルはジャンプしてそのままの体勢で蹴ろうとしていました。


 「ったァ!!ヒャハハァ!!」


 僕は目を覆いました!

 僕を助けに入ってくれた人が、僕を助けようとしたために死んでしまう、と思ったからです。

 でも、結果は違いました。

 バゴンってすごい音がしました。

 見てみると、『バッタ』が逆にビルの壁に叩きつけられていたんです。


 「……何をするって?」


 スーツの男が冷たく言いました。

 その言葉に僕もゾクッとするくらい冷たい言い方でした。


 「てめぇっ……ただの人間じゃねぇな……!?

ナニモンだァ……!!」


 「……何者でもいいさ、オレなんてな」


『バッタ』を壁に叩きつけたまま、男が何かを取り出しました。

 暗かったんで見えにくかったんですが、『お面』でした。

 そして、それをこう言いながら自分の顔に付けたんです、輪ゴムを耳に引っ掛けて。


 「……変装!!」


 僕はこの時もまったく顔が見えていなかったんです。

 ですがお面を付けた途端にそこにあった影がなくなって顔が見えたんです。

 当然お面ですが。


 「これからお前には8体目の犠牲者になってもらうぞ……化け物」


 彼がそう言ったら、『バッタ』がまたニヤリと笑って言うんです。


 「8体目……?

そうか!お前は『仲間の連続失踪』の犯人か!

クックック、まさか人間が犯人だとは……思わなかったぜェッ!!」


 壁に叩きつけられたまま、あの鋭い蹴りを繰り出したんです。

 しかし、『お面の男』はそれを難なく受け止めて足を掴み、そのまま投げ飛ばしました。


 「……その程度か」


 「舐めんじゃねェぜ……。

人間がよォ……見下してんじゃねェぞォ!!」


 殴り合いとか、普通に僕らがやるやつって、どこかに相手を思いやるところがありますよね……。

 でも、アレにはそれが一切なかった……ガチの殺し合い、生存競争、生き残るための戦争。

 そこで繰り広げられたのは、1個の生命体同士の生き残りをかけた戦争だったんです。


 ガン、ゴィンと拳がぶつかり合い、ベキィ、バギリと骨の折れる音がして、時々肉が潰れるようなグチャという音もしました。

 ……そうですね、音だけなのは……速すぎてほとんど何も見えなかったからです。

 ただ1つわかったのは、彼らがゆっくり、1歩ずつ近づいていたということだけです。


 「……やるじゃないか」


 「……てめぇ、ただの人間じゃねぇ……。

ひょっとして……『オレらと同じ』……」


 「……オレはお前のことを知らん」


 断片的に、会話が聞こえてきました。

 彼らは殺し合いをしながらも、『会話』していたんです。

 僕はもう眺めていることしかできませんでした。

 動いたら……殺されてしまうと思ったので。


 決着は意外と早くつきました。

『バッタ』の蹴りが『お面の男』の腹に入った、と思ったら『お面の男』の拳が『バッタ』の頭を貫いたんです。


『バッタ』が完全に動かなくなったあと、『お面の男』が話しかけてきました。

 とても、優しい声で……迷子の子供に話しかけるような声で……。


 「アンタ……無事かい?怪我はなかったかい?」


 それで僕は、怪我はしてないですって答えたんです。

 そうしたら、よかったって……自分の方が怪我してそうなのに第一に僕のことを心配して、そして安心してくれて……。

 僕はスグに助けてくれてありがとうってお礼を言ったんです。

 でも、ハッと気付いたらもう『お面の男』がいなくなってたんです。


 「ありがとぉぉぉ!!お面バトラー!!」


 無意識に、そう叫んでいました。

『お面バトラー』っていうのは……その『お面の男』の名前がわからなかったので。

 僕が体験したことは……これで全部です。

 これが、『未確認生物遺骸発見事件』の、全貌です。



 「……『未確認生物遺骸』……これで確かに()()()だな」


『未確認生物遺骸発見事件』の捜査を担当する警部、宇海うかいが呟く。


 「ええ、この池田という学生の話がどこまで真実かはわかりませんが……」


 宇海の部下の女性刑事、佐沼さぬまがそれに答える。


 「私は……恐らくこの『お面の男』がいたというのは真実だと思う」


 「あら、なぜですか?」


 佐沼が問いかけると、宇海はニヤリと笑い、答えた。


 「長年の()()ってやつさ」


 佐沼は呆れたが、宇海はこの時大真面目であった。

 宇海は、この『未確認生物遺骸発見事件』には裏に陰謀がある、と常々思っている。

 だからこそ、『お面の男』を追うことが捜査に繋がると確信しているのだ。


 後日、池田の証言から、『お面の男』のお面がおよそ20年前のヒーローのものであることが確認できた。

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