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俺、猫だけど夏目さんを探しています。  作者: 白野こねこ
俺、猫だけど夏目さんを探しています。
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4 俺をもっと撫でろ。いや、そこじゃない。

 公園の花壇は定期的に植え替えをしている。

 ついこの前まで黄色い花が咲いていたのに、今は白い花が咲いている。


 できれば時々でいいからキャットフードやローストビーフが生えてくる植物を植えてほしい。そうすれば毎日餌の心配なんてしなくて良くなるのにと俺は無駄な妄想をしてみる。


 自由気ままとはいえ、野良猫生活というものはいつだって餓死と隣り合わせだ。夏目さんが初めて公園に訪れた日も、俺のすきっ腹がちょっとばかし限界突破をしようとしていた時であった。


 数日前から公園の近くで工事をしていたらしく、あまり人が通らない日が続いていた。いつもなら気まぐれで餌をくれる人間もみんな回り道をしているのか一向に現れない。


 そういうときに限ってラーメン屋に行っても、親父さんは忙しいのか餌をくれない。普段はいかない縄張りギリギリのところにある寿司屋や小料理屋の前まで足を伸ばしてみたが、先客がいて餌にありつけなかった。


 やばい。かなりやばい。そう思いながら俺は公園に戻る。ぐったりとしながら花壇の裏でしばらく仮眠を取っていた。


 いい匂いがする。目を覚ましたとき目の前には猫缶が置いてあった。

 スンスンと鼻をつけ危険はなさそうなことを確認すると、俺は猫缶にがっついた。あまり上等なやつではないが背に腹はかえられぬ。腹が減っていればなんでも美味く感じるものである。


 鼻の頭についた汁も綺麗に舐めていると頭を撫でられた。顔を上げると夏目さんがいた。


「美味しかった?」


 まあまあだなというつもりでニャーと鳴く。


「そうか。それは良かった」


 多分伝わっていない。餌をくれるのはありがたいが、この猫缶が好きだと思われるのは癪である。かといってそれをうまく伝えるすべはない。まったくもって人間がいつまでたっても猫の言葉を理解しないのが悪いのだ。


 夏目さんは嬉しそうな表情で、俺の喉元を撫で回している。餌をくれた人間には、しばらくは好きに触らせてやることにしている。


 少しは上手になったじゃないか。そこだ。そこそこ。もっと上。いいぞ。

 もっと撫でろ。いや、そこじゃない。違う。そこじゃないんだ。やめろ。だから違うって。


 ものには限度というものがある。この女はちょっと加減が下手くそだ。やりすぎである。猫が大好きだという気持ちは伝わってくるが、まだまだ撫で方がなっていない。


「はーやっぱりこの性格悪そうな顔好きだなー。でも今貯金ないし。しばらく引っ越しは無理だな」


 またしても抱き上げられ、夏目さんの胸に俺の顔が埋もれる。苦しい。だから加減というものを知らないのかこの女は。それに会うたびに性格悪そうな顔と言われる筋合いなどない。侮辱するのもたいがいにしろ。


 逃れようとしてもがっつり前足を掴まれ動けない。夏目さんは肉球を匂っては目を細めてニヤけている。やっぱりこいつは猫狂いだ。助けてくれというつもりでギニャーと俺は鳴いた。


「夏目さん……?」


 またしても現れたのはあの男だった。困惑した表情で夏目さんを見つめている。花見とラーメン屋に続いて三度目である。さすがにこれは偶然にしては出来過ぎというやつである。ここまでくると狙っているとしか思えない。運がいいのか悪いのかよく分からない。俺にとっては救世主だが、夏目さんにとっては望まない訪問者だろう。


「風邪、大丈夫?」


 夏目さんはアワアワと何かを言おうとするが言葉になっていない。俺を抱きしめるのをやめて空になった猫缶を手に取ると、じりじりと俺と男から離れていく。


「ごめん……なさい。明日はちゃんと……会社に行きます……から」


 夏目さんはダッシュした。その日はジーンズとスニーカーという服装だったので加速度がすごかった。土埃を立てながら夏目さんは姿を消した。あの走りっぷり。どう考えても風邪ではなさそうだ。きっと会社をズル休みしたのだろう。


「別に責めてるわけじゃないんだけど」


 しゅんとした表情で男は言った。男は俺のそばにしゃがんで優しく頭を撫でてくる。あの猫狂いの夏目さんよりよっぽど猫の扱いは上手である。


 この男には少なくとも二度に渡って危機的状態から助けられている。もしかするとこの男は人間ではなく、俺が助けを求めると現れる使い魔的な存在なのだろうか。さすがに人間を使い魔にする猫というのは聞いたことがない。


 そういえば昔飼われていた頃、主人と一緒に魔法使いが出ているアニメを見ていたことがある。その魔法使いの使い魔が黒猫で、俺に似ているとしきりに主人が言っていた。確かに俺は黒猫だが、俺に言わせれば顔も体型もまったく違う。色が同じというだけでいっしょくたにされるのは失敬な話だ。


 それに俺はあのアニメに出ていた黒猫のように、人間としゃべったりもできない。色以外は似ているところなど一つもない。そう主張したかったが、もちろん言葉が通じないので抗議のしようもない。仕方ないのでその時は適当にニャーと鳴いておいた。


 そもそも猫の使い魔だの化け猫だの、不思議な力が使える猫の話を人間は好んでいるようだが、少なくとも俺は今までそういう猫に出会ったことはない。俺にもそんな力はない。だからこの男とたまたま何度も遭遇しているのは、夏目さんや俺とその男が変な縁があるだけなのかもしれない。


 ちなみにこの日も逃げていった夏目さんだが、これから数日おきに俺の前に現れるようになった。餌やり当番として立派に使命を果たすようになったわけである。


 さすがにもうそろそろ当番を思い出して来ている頃かもと期待していたが、残念ながら公園をぐるりとパトロールしてみても夏目さんの姿は見つからなかった。


 別の場所を探すか。俺は秋刀魚の焼ける匂いを思い出しながら、久しぶりに少し遠出をしてみることにした。






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