6 俺は面倒臭い男を尾行する。
夏休みということもあり、商店街は普段より人通りが多いようだ。アーケードの中には縁日みたいな屋台が所々に作られていて、かき氷やソーセージ、焼きそばといった手軽に食べられるものを売っていた。どうやら商店街で夏祭りをやっているようである。
商店街を行き来する人の中には、浴衣を着ている小さい子供や若い女性が混じっている。祭りに参加している人間は、みんなやけに浮き足立っていて騒がしい。いつもより商店街が活気にあふれているようだ。
元夏目さんの弟は何を買うでもなく、ふらりといろんな店を適当に眺めながら歩いていた。
「一緒に食べへん」
夏目弟の背後から声をかけてきたのは使い魔の妹だ。手にはかき氷の入ったカップが二つ。俺たちの後をずっと付けてきていたのだろうか。俺に気配を感じさせないとはなかなかやるなこの女。
夏目弟は首を振る。
「いらないです」
「そんなん言わんと。買うてしもたし、溶けてまうやろ。なっ」
使い魔妹は強引にカップを押し付けた。しぶしぶといった様子で、夏目弟はかき氷を受け取ることにしたようだ。
夏目弟が歩き出すと、後を追うように使い魔妹もついていく。俺も少し離れた場所から後をつけることにした。
かき氷のシロップをザクザクと混ぜるようにしながら、使い魔妹が質問する。
「双子には別に興味なさそうやったけど、なんで来たん」
「大学を下見に来ただけです。オープンキャンパスをやってるんで」
「へぇー受験生なんや。ってか、私には標準語なんやね」
「……よく知らない人だし」
使い魔妹は吹き出した。
「そうやけど。一応親戚になったんやし、普通にいつも通りしゃべったらええよ」
夏目弟は答えずに、ズンズンと歩いて行く。
「なんで猫嫌いなん。可愛いやん」
「可愛いからタチが悪いんです」
タチが悪いとは失敬な。だが猫のことは可愛いと思ってはいるようだ。なのに嫌っているということは、何か嫌な思い出でもあるのだろうか。
「猫嫌いなんやったら、あの家に泊まるの無理やないの」
「一緒に来た友達と夜行バスで帰るから大丈夫です」
「ほなその友達と遊びに行ったらええのに。なんや喧嘩でもしたんか」
「喧嘩ならまだいいですよ。仲直りできるから」
顔も見ようともせず、そっけない返事を続ける相手でも、使い魔妹は質問をやめるつもりはないようだ。心が強い女のようである。
ようやく夏目弟が使い魔妹のほうを見た。
「あの……ついてこないでくれませんか」
「ええやん別に。一人でウロウロしてもおもんないし」
暖簾に腕押しというやつだろうか。信念を曲げるつもりのない相手には何を言っても意味がない。いくら時間をかけても交渉が決裂する未来しか見えない。
夏目弟は観念したのか足を止めた。ムカつく気持ちをぶつけるかのように、かき氷を一気にかき込んだ。何度か頭が痛そうな表情をしていたが、なんとか完食したようである。
「なかなかええ食べっぷりやね。さすが若いだけあるわ。私も負けへんで」
使い魔妹は同じようにかき氷を一気に食べて、こめかみを押さえている。
「この頭が痛いの、『アイスクリーム頭痛』って言うらしいけど、絶対に『かき氷頭痛』って名前にしたほうがええと思うわ」
「俺に言われても困ります」
使い魔妹は、ムスッとしている夏目弟の横顔をじっと見ている。
「まつげ長いし、色白やし、目の色もうっすいな。きっと君みたいなイケメンやったら、原宿あたりをうろついてるだけで、すぐにスカウトされそうやな。アイドルになれるで」
「なれませんよ」
夏目弟はカップをゴミ箱に捨てると、早足で歩き出す。使い魔妹は慌てて後を追っていく。
「学校でモテモテやったんやろな」
「モテモテじゃないです」
「謙遜せんでもええで」
「別に謙遜じゃないです。本当にモテてたのは、むしろ親友のほうだし。小学生の頃とかは『白い沈黙の男』って陰口叩かれてました」
「なにその格好良い通り名」
「格好良くないです」
夏目弟はギロリと睨みつけた。
「小さい頃は人見知りが激しかっただけです。よっぽど仲良くなった人としかほとんどしゃべらなかったんで。ちなみに中学生になったら、『白い電信柱』って呼ばれるようになりましたけどね」
使い魔妹は、夏目弟の体を上から下までじっと見て言う。
「背は高いけど、そんなにいうほど、ひょろっとしてないやん」
「クラスメイトに見られたんです。近寄ってきた発情期のオス猫にマーキングされたところを」
どうやら夏目弟がやたらと俺のことを気にしていたくせに、近寄るとビビって飛び上がったのは、過去のトラウマのせいだったようである。可愛いからタチが悪いと言ったのは、そういうことだったのか。少々悪いことをしたかもしれない。もちろん本当に悪いのは俺ではなく、どこかの見知らぬ猫なのだが。
「それは……御愁傷様やな。ほなら、いっそのこと、キラッキラしたアイドルになって、君のことバカにしたやつらを見返してやったらええんやないの」
「しません」
「そうや、今から原宿に行ってみーひん。よう綺麗な子が街を歩いてたら芸能事務所にスカウトされるって聞くけど、あれほんまかどうかいっぺん生で見てみたかってん」
使い魔妹が夏目弟の腕を掴んで駅の方へ連れて行こうとした。だが夏目弟はすぐに手を振り払って声を荒げた。
「やけん、なれんて言うとーと!」
少し驚いた表情をしたが、使い魔妹はすぐにニカっと笑い、夏目弟の背中をバンバン叩く。
「なんや君、ちゃんといつもの言葉でしゃべれるやんけ。イケメンの方言って案外ギャップがあってええなぁ。もっといっぱいしゃべってーや。そのギャップが売りになってアイドルになれる確率もぐーんと上がるで」
「……俺がなれるわけなかろうもん」
「なんで。やってみな結果なんてわからんやん」
「やってみらんでもわかると」
「もしかして君は未来からやってきた預言者か何かですか」
「茶化すなちゃ。無理なもんは無理っち言いよーと。証拠みせちゃろーか」
夏目弟は突然、歌を歌い出した。だがその歌はびっくりするほど音痴だ。やはり姉弟だけあって、斜め上の行動パターンは元夏目さんと似ているようだ。人を驚かせることが上手なのは血筋なのだろうか。
「わかった。ごめんて」
使い魔妹が謝っても、夏目弟は歌うのをやめない。商店街を歩く人が何事かという表情で振り向く。
人々の視線に耐えきれなくなったのか、使い魔妹は夏目弟の手を掴んで走り出した。人ごみを抜けて、商店街の脇道に入っていった。俺も置いて行かれないように、後をついていく。