5 俺は逃げられると追いたくなる。
俺が猫じゃらしによるスポーツに勤しんでいる一方で、元夏目さんの弟はというと、この家に来てからスマートフォンとやらの鉄板をずっといじっていた。指先だけで遊べるアプリというゲームに夢中らしい。
最初からまったくといっていいほど、俺には近寄ろうとしなかったし、双子のことも訪問直後にちらっと見ただけだ。何のためにわざわざ来たのかよくわからない。
なのに俺のことは気になるらしく、いつも視線の端で捉えているようなそぶりをみせている。これではまるで初めて元夏目さんと出会った頃のようである。
俺の貫禄にビビっているのか、それとも猫自体が怖いのか。俺が少しでも近づこうとすると、一定の距離を保ちながら離れていく。
こうなってくると俺の悪い癖が出る。嫌がっている相手にちょっかいを出したくなってしまうのだ。逃げられると追いたくなる。野良猫ではなくなったとはいえ、狩りの習性が体に染み付いているのだから仕方がない。
使い魔妹の華麗なる猫じゃらしの誘惑をなんとか振り切ると、俺はソファーの下に潜り込んで様子を見ることにした。
「あれ、どこいったん。今度はかくれんぼかいな」
壁際で三角座りをしている弟を観察する。ゲームに夢中で鉄板に気を取られているのを確認すると、俺は抜き足差し足で音を立てないようにこっそり足元に近寄った。
頭をこすりつけた瞬間、弟は「ひっ」と悲鳴のようなものをあげて、人間とは思えないほどのジャンプ力を披露して横へ飛び退いた。さすがは元夏目さんの弟である。脚力の強さは遺伝なのだろうか。
元夏目さんが笑いをこらえながら言う。
「そんなにビビんなくても大丈夫だよ。この子噛んだりしないから。っていうか、なんでそんなに猫嫌いなんだっけ」
「理由なんぞ……別になか。好かんもんは、好かん」
弟はムスっとした顔で答える。
どうやら元夏目さんと同じように面倒臭い男のようだ。
「街ぶらついてくっけん、お金貸して」
弟の差し出した手をぴしゃりと元夏目さんは叩いた。
「あんたが貸してって言うて、ちゃんと返したことなかろうもん」
元夏目さんも弟の喋り方につられたのか、ちょっとなまっているようだ。お姉ちゃん風を吹かせているという感じがさらに強まる。
やはり俺も弟分や妹分にお兄ちゃん風を吹かせるときは、なまったほうが良いのだろうか。だがそもそも猫語が通じない時点で、そんなことを考えても意味がないかもしれない。
「けち臭いこと言うなちゃ。足りんごとなったら旦那さんにもらえばええっちゃろ」
元夏目さんが弟のほっぺたをつねっている。
「いででで」
「この人は私の旦那さんであって、あんたのお財布やなかと。失礼なこと言うたら承知せんけんね」
「ならもうよか」
弟は不機嫌そうに言うと、そのまま出て行った。
やれやれ。弟はまだ学生のようだし、この辺りには慣れていないだろう。一人でぶらつかせるのは危なっかしい。ちょうどパトロールの時間だし、しばらく様子をみてやるか。
俺は弟の後をついていくことにした。




