10 俺はもう待ちくたびれた。
顔を上げると公園の隅っこにある小さなベンチに、ばあさんが座っていた。あの一軒家の前で女子高生に怒られていた徘徊老人だ。またパジャマ姿のまま一人で徘徊していたらしい。
もしかして夢の中で小さな俺を抱きしめてくれたのは、このばあさんだったんだろうか。似ている気もする。でも匂いがしない。なんだか頭が痛い。よく思い出せなかった。
「クロ、お家帰ろうか」
俺のことを心配するより先に、ばあさんのほうが家に帰らないといけないんじゃないのか。俺はそう思いながら周りを見回すが、世話を焼いてくれそうな女子高生は見当たらない。
代わりに見覚えのある少年と少女が公園に入ってきた。子猫を連れて行こうとしていたあのクソガキどもだ。少女がうろうろと花壇の周りを探している。少年はふてくされたような顔をしてその場を動かない。
「一緒に探してよ」
「知るか。一人で勝手に探せよ」
「あんたが猫缶投げたからいなくなったんでしょ」
「うるせーな。ここにいないってことは大丈夫だったってことだろ」
「そんなのわかんないじゃん。手伝ってくれないんだったら、明日から宿題見せてあげないからね」
少年は仕方なく一緒に探し始めた。少女がばあさんに話しかける。
「ここにいた猫知りませんか」
ばあさんが俺のことを指差した。俺は花壇の陰に隠れてやりすごす。少女と少年は花壇の周りを覗き込む。探していた子猫を見つけられずに少年が舌打ちをした。
「いないじゃん。嘘つくなよ」
その時、女子高生が公園に入ってきた。ばあさんを見つけて、ほっとしたような顔をした。
「おばあちゃん。もういいかげんにしてよ。なんでいっつもいっつも。おばあちゃんはどこに行きたいの。そんなにうちにいるのが嫌なの。ねぇなんで」
ばあさんは首を傾げている。
「クロが呼んでる気がしたんだよ。ミャーミャーって。あの時みたいに、どこかで迷子になってるんじゃないかって」
「だからもうクロはいないって言ったでしょ。なんでそんな嘘つくの。これ以上おばあちゃんを嫌いにさせないで」
女子高生が泣きそうな顔でそう言うと、ばあさんは微笑んでベンチから立ち上がり、女子高生と一緒に公園を出て行った。それを見ていた少年が悪態をつく。
「んだよ。ぼけてんのかよ」
「そんなこと言ったらだめだよ」
「俺に命令すんな」
少年はイラついた様子で公園脇に植えられている草むらやベンチの下など念入りに探し始めた。少年は文句をいう割に協力しているところをみると、なんだかんだで少女の尻に敷かれているようである。
「どこいったんだよ、あいつ」
まだ諦めていないようだ。けしからん。だがあの子猫はもうここにはいない。残念だったな。お前みたいな凶暴なガキに絶対に拾わせたりしないからな。俺が全力で阻止してやる。ざまーみろ。
「せっかく餌やろうと思ったのに。いねーのかよ」
少年は手に持っていた猫缶を地面に投げつける。
「もう。すぐそうやって投げる。また誰かに当たったらどうすんの」
少女が草むらに転がった猫缶を拾う。もう少し方向がずれていたら俺に当たっていたかもしれない。
やっぱりこいつは凶暴だ。怒るとすぐに癇癪を起こす。こんなやつに子猫は渡せない。
このクソガキには、もう一度お仕置きをしたほうがいいのかもしれない。俺は猫パンチを食らわしてやろうと少年に近づいた。だが俺は足を止めた。公園に夏目さんが入ってきたからだ。
やっとだ。ずっと待ってたんだぞ餌やり当番。俺はもう待ちくたびれた。お詫びにゴージャス餌ぐらいは用意してもらいたいものだな。
尻尾をピンと立てて、夏目さんの足元に向かって俺は走り寄る。ニャーと鳴いたが、夏目さんは俺に気づかずに通り過ぎていく。なんでだよ。無視かよ。どういうことだよ。
夏目さんに近づいた少女が話しかける。
「あの猫どこに行ったか知りませんか」
夏目さんは足を止め少女を見た。少年も質問する。
「最近見てないけど、もしかしておばさんが連れてったの」
夏目さんは何も答えずにじっと少年と少女を見ていたが、しばらくすると顔をくしゃくしゃにして泣き始めた。
あのクソガキども。子猫だけじゃなく夏目さんまで泣かすとはどういうことだ。これは本格的にお仕置きが必要だな。猫パンチと猫キックどころでは済まないぞ。飛びかかって身体中に引っかき傷を作ってやる。
俺が攻撃態勢に入った途端に、泣いていた夏目さんが少年と少女の手を掴んで走り出した。
ちょっと待てよ。どこへ行く気だ。お前たち。
いつだって夏目さんの行動は読めない。わざとやってるんだったら許さないからな。
俺は必死に三人の後を追いかけた。手をつないだまま走り続けた三人が、やっと足を止めたのは動物病院の前だった。




