第7話 死合い
一般レクリエーション室へ行くと、物凄い人だかりだった。
ユウが依頼した回復部隊は、予想を遥かに超える人数と、最前線レベルが待機していた。
ゴードンは余りの大騒ぎに、面食らっている。
ゴードンの元へ、辛辣な顔をしたリーダー親衛隊の女性が足早にやって来た。
精鋭部隊の戦闘服を持っている。
「これに着替えなさい」
思わぬひょうたんから駒、だろうか。
憧れの精鋭部隊の制服を、着られるなんて!
しかし事態は、そんな軽いものではなかった。
「着替えながら答えなさい。体力数値は?」
「ひゃ……130です」
女性は頭を抱えた。
「ユウは3625です」
ゴードンは一気に蒼褪めた。
(なんだ、その数値は。有り得ないじゃないか? 俺達、まだ子供だぞ!)
ゴードンが知らないのも、無理はない。
実動部隊の数値は、一般には公開されていないからだ。
「防御結界は張れますか?」
「い……一応……」
「やってみて」
”防御結界”というのは――
戦闘時、少しでもダメージを減らす為に、身体の周囲へ張り巡らせるバリアのようなものだ。
外気の汚染からも守ってくれる為、”外”へ出る実動部隊は、基本これが使えなくてはならない。
「もっと! もっと出力を上げなさい!
これで最高ですか? では試合中、常にこれを維持しなさい」
常に防御だけに全力なんて……という顔をしているゴードンに向かって、女性は忠告をする。
「殺されますよ」
ユウが現れた。
一気に会場が沸いて、歓声が上がる。
準備運動をするユウに、リーダーが近付き、声を掛けた。
「殺すなよ?」
「当たり前じゃない」
本気勝負、なんて書いてあっても、実力の差は明らかだ。
当然、手を抜くつもりだったが……。
”次代の期待の新人”なんて言われている相手だ。
抜き過ぎると失礼だし、どこまでが妥当か、手を合わせてみないと判らない。
審判の指示に従い、二人は中央に位置した。
互いに礼をする。そして……。
構えた瞬間に、ユウの雰囲気が一変した。
――冷たい……殺人者の、眼――
ゴードンの戸惑いなどお構いなしに、死合いが始まった。
……それは、一瞬だった。
ユウの一撃でゴードンは壁まで吹っ飛び、壁面に穴を開け、身体は崩れ落ちた。
頭が割れ、意識などある筈もない。
「!! ゴードン!」
一番焦ったのは、ユウ本人だ。
慌てて駆け寄って行く。
傍にいた回復部隊が、既に治癒を開始していたが……助かるとは、到底思えなかった。
「貸して!!」
回復部隊を押し退け、ユウが治癒能力を発揮する。
みるみるうちに傷は塞がり、ゴードンが意識を取り戻した。
ゴードンは何が起きたのか、全く理解していなかった。
目の前に、泣きそうなユウがいて、大勢自分を見下ろしている。
……頭が少し痛かったが、何故だろう……?
「な、なにしてるんだよ。ほらっ立てよ! 勝負だ!」
ゴードンは立ち上がって、ユウを挑発する。
……本当に、何も覚えていない。
ユウは座り込んだまま、ゴードンを見上げて哀しそうな顔をした。
「お前は、もう負けているんだよ」
ゴードンの頭を鷲掴みにして、リーダーが言った。
そのまま無理矢理、ゴードンの視線を壁へ向けると……
そこには血の跡と、服の切れ端があった。
よく見れば、ゴードンが着ている借り物の制服が、破けている。
「ユウがお前を治癒した。ユウじゃなかったら、死んでいたぞ! ……まぁ、やったのもユウだが」
呆然としたゴードンが視線をユウへ向けると、ユウはその視線を外して、しょんぼりしてしまった。
「勝者、ユウ!」
審判の遅い勝利者宣言と同時に、歓声が沸き立った。
リーダーはユウの頭を、拳で軽く小突く。
「殺すなって、言っただろ?」
「だって……あんなに……」
口籠ってしまった。
普段、敵との死闘を繰り広げているか、リーダーとの対戦か、のユウにとっては――
遥か格下の相手などした事がなく、あれでもかなり手を抜いたつもりだった。
リーダーはユウの髪をぐしゃぐしゃに掻き回して、去って行った。
「ゴードン」
着替え終わって仲間といるゴードンに、後ろからユウが話し掛ける。
振り向くと、ユウは果たし状を大事そうに持って、キマリが悪そうな表情をしていた。
「あのね……。これ、嬉しかった。ありがとう」
ゴードンには、何の事だか判らない。
「同年代の子に、手紙貰ったの初めてなんだ……。呼び捨てに、されたのも」
ほんわりと優しい笑顔を見せるユウは、先程の殺人者の眼と同じ人物とは思えなかった。
何か言いたそうなユウの言葉を遮って、ゴードンは苦し紛れに叫んだ。
「お……お前なんか、友達じゃねぇよっ!」
ライバルだ!
……そう、心の中で叫んでいた。
いつか必ず追いついて、追い抜いてやる……!
次回からまた殺伐とします。