第57話 過去・2年前 ユウの日常
『精鋭部隊、帰還します』
毎日のように鳴り響く警報、アナウンス……。
どれ程の危険が”外”にはあるのだろう。
そこにいた筈の、見慣れた顔も消えていく。
精鋭部隊の制服を着た大人が、いつの間にか一人減り、二人減り…三人減り……。
そして新たな顔が、また同じ制服を着ている。
入れ替わりが激しい。……それは、命を落として帰って来ない者の補充。
それでも、人は憧れる。
遠方外部遠征が唯一可能な、実動部隊の最高峰……”精鋭部隊”に。
「わ~い、ユウさま~!」
6歳になったユウへ、同じ位か、もっと小さな子供達がまとわりつく。
いつも子供達が、生の精鋭部隊を見ようと待っている通路の分岐路だ。
勿論目当ては、年も近いか同じなのに、憧れの精鋭部隊に所属しているユウだ。
「汚れているから、触っちゃ、だめだよ」
いつもと同じ台詞をユウは言う。
もう知識として、外の汚染は洗い流されている事は知っている。
それでも、やはり汚れている事には違いがない。
子供達は頷いて、ユウの指示に従う。
子供達の憧れの目。きらきらとした曇りのない希望の瞳。
ユウは小さく微笑んで、それを見る。
既に体験する事なく失った……その瞳を、ユウは逆に憧れる。
何も知らないからこその、無邪気な瞳……。
「ねぇ……何度も言ってるけど、”さま”をつけるの、やめて?」
「なんで~? ユウさまは、ユウさまだよ!」
「僕らの憧れなんだもん、呼び捨てなんて、出来ないよ!」
囲まれているのに、こんなに近くにいるのに、どうしても遠く感じる。
それは”憧れ”のせい……特別視のせい。
「ん……と……」
少し恥ずかしそうに、ユウは切り出す。
「お友達に……なって、欲しいんだ……だから」
最後まで言う前に、小さな子供達は笑い出した。
「ユウさま、今の可愛い~! ユウさまとお友達になれたら、自慢しちゃう!」
「憧れの精鋭部隊にいるユウさまと、お友達! もうドキドキしちゃう!」
「……それなら」
「恥ずかしくて、そんな事できないよ~!」
「ユウさまは、みんなのユウさまだもん! 怒られちゃうよ!」
「……誰に?」
「みんなにだよ~! こうやってお話したの話すのだって、羨まし過ぎて苛められる事もあるんだよ~!」
「でも、ユウさま大好きだから、いつもこうやって会いに来ちゃう!」
「これだけでもう大満足! お友達なんて……もう、恥ずかしくて!」
転がりそうな勢いで、きゃあきゃあと高揚した声を出す子供達。
だけど「お友達に」というユウの申し出は、一人として受け入れて貰えなさそうだ。
再び分岐路があり、帰還した精鋭部隊の面々は、それぞれの部屋へと帰っていく。
「またね~ユウさま!」
満足した子供達は、ユウから離れていく。
たったこれだけの間柄。
”ユウ”ではなく、”精鋭部隊の一員”として、物珍しく憧れなだけの存在。
ユウは微笑んで、軽く手を振って子供達と別れを告げる。
同じ年の子供も、ユウより大きい年上の子供も、大人でさえ、ユウを”様”付けで呼ぶ。
何度やめてほしいと言ったか、もう判らない。
誰が言い出したのか……もはや定着してしまって、変える事がない。
それがまた、ユウには距離を置かれているようで、寂しさを感じた。
ユウを”様”付けで呼ぶ理由は、様々だ。
憧れ……小さな子供なのに、精鋭部隊に所属しているその現実に対する、畏怖……それに見合うだけの実力……部隊随一の、能力による驚異的な殺傷破壊力。
実動部隊でも、一部にしか知られていない殺害数の多さ。
外部で自然とつけられた、”小さな悪魔”の二つ名……。
6歳の子供の現実としては、有り得ない事ばかり…………。
部屋へ戻ると、入り口近くにある小さな白いダイニングテーブルに、レイカが肘をついてクダを巻いていた。
「おっそ~い! せっかく帰って来たと思ってすぐ来たのに! 何やってたの、ユウ」
この小さく可愛い白いダイニングテーブルは、レイカが勝手に発注し、ここに置いたものだ。
あまりにも何もないユウの部屋に、少しでも生活感が欲しくて……レイカの居場所が欲しくて、ユウの承諾もなしに勝手に置いた。
乙女チックな繊細な模様が施された、小さく白いダイニングテーブル。
初めて見た時は驚いていたが、ユウは何も言わなかった。
そのまま、ここにある。生活の一部として……ユウの私物として。
帰還後の汚れを落とすシャワーから出て、洗ってある綺麗な制服に着替える。
もう、最初の頃のだぶだぶの制服ではない、ユウ専用の子供用の制服。
きちんとあつらえた、ピッタリの精鋭部隊の制服だ。
袖のボタンを止めながら出て来ると、レイカが一人で喋っていた。
「……それでね、ゴードンが言うのよ。俺、大人になったら絶対、精鋭部隊に入るんだ! 男なら夢はでっかい方がいいぜ! ……とかね。聞いてる? ユウ」
ユウでは知り得ない子供達の情報を、レイカはクダを巻くように毎日喋りに来る。
戦場という非日常が当たり前になってしまっているユウを、普通の子供と同じ日常に少しでも留めたくて……レイカ以外友達がいない寂しさを、少しでも紛らわせたくて。
ユウの、唯一の日常……レイカ。
「聞いてるよ」
ユウは微笑んで応える。
本当は、いつも大して聞いてなんかいないのに。
そして……第1話へ。
ここから2年間、大きく変わらず戦いの日々が続きます。
その間に、ユウは無口で無愛想になるわ、レイカは段々子供っぽくなっていくわ……。
次回からは通常の時間へ戻っていきます。
8歳のユウ、12歳のレイカ……第53話の後の時間へ。




