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第54話 過去・3年前 小さなユウ

脈絡もなく、突然過去編へ突入です。

時系列としては、第11話のリーダーからの昔話……ユウをみつけ、地下施設へ連れて来た……直後の話になります。

その日、小さな男の子がやってきた。

”外”から連れて来られたのだろう。この地下施設では珍しい事ではない。

大人も、子供も、そうして少しずつ増えていく……。


「さ、ご挨拶しなさい」


そう言われても、小さな男の子は寂しそうな顔をするだけで、何も喋らない。

今にも泣き出しそうな顔をしているだけだった。


彼を連れて来た大人は少し困った顔をして、代わりにみんなへ紹介をする。


「名前はユウ、5歳だ。来たばかりで何も判らない。仲良くしてやってくれ」


それだけ言うと、男の子をひとり置いて大人は去って行く。

ユウと紹介された男の子は心細そうに、去って行く大人の後姿を目で追っていた。


寂しそうな顔……ひとりでここに来た。

その意味は、彼以外、彼をみつけたその場に、生きている者がいなかったという事……。


大抵は何人か、まとめてやって来る。

子供だけ、ひとり……という事は、あまりない。

何があったかなんて、聞くまでもなかった。


小さな男の子に、それより少しだけ年上の女の子が近付いて行って、声を掛けた。


「私はレイカ。よろしくね、ユウ」


優しく笑う。

そっと手をとって、子供達の輪の中へ連れて行った。


「外から来たの? 外の世界ってどんな所?」

「能力はある? 俺、飛行能力あるんだぜ!」

「何が得意? 趣味は何? お勉強できる? 運動は?」


新しい玩具のように、目を輝かせて子供達はユウを質問攻めにした。

ユウは驚いて、少し怯えるように目を伏せた。


「こらこらこら! いきなりそんなにたくさん聞いたらダメでしょ!」


レイカが子供達を叱りつけ、改めてユウへ質問をする。


「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ、ユウ。みんなあなたに興味深々なの。どれか答えられる?」


戸惑いの表情でレイカをみつめ、ユウは再び目を伏せた。


「……覚えてないの、なにも…………」


「なにも?」

「……うん。名前しか……」


襲撃の恐怖で、一時的に記憶を失う事は稀にある事だ。

小さな子供がたったひとりしか生き残れなかった……どれ程の出来事が起きたか、もはや想像する事も出来なかった。


「そっか……」


レイカは、ユウの手を握った。

小さな手の温もり……生きている温もり……。


「あ……」


ふと、思い出したように、ユウは顔を上げる。


「能力は、ないの。兄さんも、姉さんも、凄い能力あるけど、僕は、何もないの」


何かを思い出した安堵感か、ユウはレイカへ穏やかな微笑みを見せた。


「お兄さん、お姉さん? 家族がいたの?」

「うん、父さんと、母さんと……兄さんふたりと、姉さんふたり。みんなは、どこにいるの?」


ここにひとりで来た……その意味……。

レイカは、不思議そうにしているユウを、ぎゅっと抱き締めた。


「……私が傍にいてあげる。だから、大丈夫だよ……ユウ」


望んでも、もう帰れない。帰る場所はない。

ここが、ユウの新しい居場所。



「んじゃ、男の子同士、遊ぼうぜ!」


ユウより少し大きな男の子が号令をかけた。

意地悪そうな顔をした二人が、レイカからユウを奪っていく。


「ユウ、お前怪獣役な! 俺と、こいつら二人が正義の戦隊! いくぞ!」

「えっ、ちょっと待ちなさい! 小さな子に三人掛かりって苛めじゃない、やめなさい!」


レイカが止める間もなく、”怪獣ごっこ”が始まった。

いや、単なる新入りへの洗礼のつもりだろうか。

ユウには”怪獣”も”正義の戦隊”も判らない様子で、ただ戸惑っていた。


レイカから奪って来たユウを、二人の男の子は、スペースの開いている中心へ放り出す。されるがままに”怪獣”役となったユウは、”正義の戦隊”である年上の男の子たちに囲まれた。


「正義の鉄拳を受けろ、怪獣め~!」


レイカの指摘通り、ただの苛めだ。

体格差もある上、三人掛かりとは卑怯極まりない。どっちが”悪者”だか一目瞭然だ。

だが大した娯楽もない子供にとっては、これもただの遊びだった。


「とりゃ~!」


三人同時に襲い掛かってくる。

殴りかかってくる者、掴み掛かってくる者、狙いは様々だ。


レイカは咄嗟に目を閉じた。

何も知らない、何も判らなくて不安な小さな子相手に、何て事を……! そう思った。


ひょいっ。


音がするとしたら、そんな雰囲気で、ユウは避けた。

とても自然に、無駄なく、襲い掛かって来た一人目を。


殴れる筈だった対象を失って、一人目はバランスを崩して転んだ。


掴み掛かって来た二人目も、いつの間にか目の前から消えたユウを探そうとした時、足払いをされた。

ユウは低い位置から、二人目の男の子の足を掬って、転がした。


少し出遅れた三人目。

低い姿勢を取っているユウに向かって、掴み掛かって行った。

しかしやはり、いつの間にか目の前から消え、気付いた時には片腕を後ろ手に回されていた。


「いでででで……!」


その声を聞いてレイカが目を開けると、ボコボコに殴り倒されている筈の小さな存在ユウは、逆に自分より体格の良い男の子の一人を締め上げていた。


「ユウ!?」


レイカの声で、我を取り戻したようにユウはハッとなり、手を放す。

襲って来た男の子三人は、一斉に泣き出した。

ユウは戸惑うばかり……。



「もうっ、あんた達が悪いんでしょう!?」


呆れた顔で、レイカが怒る。

一人目の男の子が膝を抱えて泣いていた。

転んだ時、擦りむいたようだった。


「自業自得よっ、もう……」


そっと、ユウが近付いて行って、申し訳なさそうな顔をして擦りむいた膝に手を当てた。


「ごめんね……痛いの、痛いの、飛んでいけ」


手を当て、ぱっと飛ばす。

泣いていた男の子は不思議そうに、それを見た。


「……なんだよ、それ」

「母さんがよくやってたの。痛い時、こうすると痛いの段々なくなっていくの」


「思い出したの?」


レイカが聞いた。

ユウはレイカに目を配らせ、静かに微笑む。


「……うん、少し」


ユウは、痛いの痛いの飛んでいけ、を何度か繰り返す。

憮然とした表情でそれを見ていた男の子は、いつの間にか消えている傷に気が付いて驚いた。


「本当だ……! 凄ぇ、怪我治ってるよ!」


不思議な呪文、まるでお伽噺の魔法のよう……。


意地悪な苛めのような洗礼は、逆に返り討ちにされて、挙句、神々しいかの奇跡まで見せられ、この小さな存在……新しい仲間であるユウは、一気に注目を浴びた。


藤紫色の髪をした彼……珍しい色。

集団の中にいても、一目で判る。



ユウは、その日一日だけを限りに、子供達の前から姿を消した。







今回のエピソードは4話構成。

いつもとは少し違う雰囲気でお届けします。

今更ですが、ユウの髪色位は設定欲しいと思いました。

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