第51話 殺人者の瞳
翌朝ゴードンが起きると、ユウの姿は既になく、昨日のクッキーがゴードン一人分だけ残っていた。
山積みのクッキーは、昨夜のうちにユウが実動部隊に配り歩いてくれた。
大勢いる実動部隊に配るとなると一人分は数枚になり、量も丁度良く喜んで貰えた。
ユウは朝早く、朝食代わりにクッキーを食べて行ったようだった。
「さぁて、俺も訓練に行くかな。」
最近色々あって、ゴードンは自分の訓練が疎かになっていた。
いきなり精鋭部隊とはいかなくても、実動部隊を目指すのなら訓練あるのみだ。
久々にみっちり訓練室を使い込み、絞れそうな程汗をかいて流石に疲れてゴードンは部屋へ戻る。
途中、医務室から出て来るユウをみつけた。
口を開き、目を見開いて硬直しているゴードンと、ユウは視線が合う。
「……僕が具合悪い訳じゃないよ。」
「おっ、お前、また心詠んで……!」
「そんな顔して固まってたら、誰でも判るよ。」
ゴードンは顔を赤くした。
よく見れば、ユウはいつもの作業中の汚い恰好のままだった。
「また、倒れたのかと……。」
「違うよ、部隊の仲間のお見舞い。」
ユウは軽く笑って否定する。
「昨日さ……両足切り落とす大怪我した人がいて、すぐ繋いだんだけど、ショック症状起こして危なかったんだ。さっきようやく無事の連絡が入った。」
「……それ良いの? 俺に話して。」
ユウはちょっと考えて、笑って言った。
「ゴードンは信用してる。」
もしかして……珍しくやらかしたのか?
「作戦内容じゃないし、外部情報でもないから大丈夫。」
詠まれたような気がしたが、もうどっちでも良くなった。
「昨日の返り血って……その人?」
「うん、治癒能力を使う時、手を当てるからね。」
ゴードンは、ほっとして言った。
「なんだ、てっきり敵を殺した時のかと。」
「敵は殺した。」
……ゆっくりと……いつもより時間が遅く流れているように、感じた。
その台詞を言ったユウは、冷たい瞳をしていた。
最近……優しい笑顔をする事が多くて、それに慣れていた。
しかし何かのきっかけで、時折ユウは戦場での顔を見せる。
今、ここにいるユウは、紛れもない殺人者の瞳をしていた。
気付くと、すぐそこにレイカとハルカがいた。
いつから見ていたのだろう……いつから聞いていたのだろう。
願わくば、最初から聞いていて欲しかった。
レイカが恐怖の表情をしていた。
ユウが視線をレイカに移すと…………”ユウ”ではない……”人”ですらない…………何か別の物を見たように、レイカは慄き、蒼褪めて震えた。
「レイカ…………。」
ユウの声を誘因に、恐怖の表情は引き攣ったものへと変化した。
声にならない悲鳴のように、息を呑む。
震える身体……震える手足。一歩……二歩……と後ずさり、身体が動く事を確認したかのように、レイカは突然走り出した。
「レイカ……!!」
慌ててハルカが追い掛けて行く。
ふと一度後ろを振り返り、ユウを見て哀し気な表情を浮かべてから、レイカを追い掛けて走り去った。
ゴードンは、走って行くレイカとハルカ、佇むユウを交互に見て、しどろもどろに狼狽えながらユウを炊き付けた。
「ユウ、追い掛けて説明しないと……! レイカ、絶対勘違いしているぞ!」
しかし、ユウは動かない。
ただレイカの走り去った方を見続けていた。
「何を?」
「……え?」
「僕が人を殺した事は変わらない。何を説明すれば良い?」
「…………。」
昨日の返り血が誰のものであったとしても、その時、人を殺めて来た事に変わりはない。
それが敵で、殺さなければ殺される状況であったとしても、今のレイカを納得させ、安心させられるとは思えなかった。
「でも……! 良いのかお前、このままじゃ……!」
「……作業に戻る。」
それだけ言って、ユウはその場から瞬間移動で姿を消した。




