第31話 無口な理由
時は、その日の朝に戻る。
ユウが医務室で目を覚ました後の、地下施設内での話――
『精鋭部隊、出撃します』
警報とアナウンスが流れた。
その音で、ゴードンは目を覚ました。
医務室のベッドは空っぽで、すぐ傍の椅子に座ったまま寝てしまったゴードンに、ベッドの布が掛けられていた。
「あいつ……!」
ゴードンは、ユウの部屋へ走った。
ノックもせずに入ると、もぬけのカラ。
やはり先程のアナウンスの時、出撃してしまったようだ。
「あいつ……あんな蒼い顔していたのに……! リーダーもリーダーだ。知っているのに連れて行くなんて……!!」
ゴードンは、リーダーが徹夜までして仕上げた”能力制御装置、試作機”の事を知らない。
心配で、暫く部屋の中をウロウロしていたが――
溜息をついて、ベッドの上に座る。
――居ないのでは、どうしようもない。
いや……すぐ傍にいても、何も出来なかった。
リーダーに、泣きつく事くらいしか……。
物思いに耽っていると、お腹が空いてきた。
ゴードンは食堂へ向かった。
「あっ、ゴードン~! ちょっとちょっと、レイカ知らない?」
レイカの親友、ハルカだ。
「昨日から見てないのよ~。あの子いないと、子供達が纏まらなくて……」
「…………」
なんて言おう……。
「ちょっと、ゴードン?」
「ああ……うん……。ええと……」
何か知ってそうな気配を感じて、ハルカは詰め寄った。
「なに? なにか知っているの?」
「うーん……。レイカ、ちょっと違反しちゃってさ。今、謹慎中」
「えええ~! なにしたの、あの子!」
「……その……」
ハルカは穴があく程、ゴードンを見ている。
……ちょっと可愛い。好み……いや、そうじゃなくて。
「ごめん、俺も詳しくは……」
「え~!?」
納得がいかないハルカを残し、ゴードンはそそくさとハルカの前から去って行った。
わざわざ大声で「あ~腹減った~メシメシ~!」とか、アピールをしながら。
――そうか……。
ユウが無口なのは、言えないからだ。
言えない事が多過ぎて、口を噤むしかないんだ。
”精鋭部隊”なんて、トップシークレットの塊みたいなもんだよな……。
ゴードンは食事を摂りながら、ぼんやりと考えた。
食堂から少しお菓子を貰って来て、レイカへ差し入れをする。
「ありがとう!」
「あのさ……」
「そうそう! 同盟組んだらしいよ! さっきユウの声聞こえた!」
レイカが新情報を、ゴードンへ伝えた。
ゴードンは溜息をついて、窘める。
「ダメだよ、レイカ。そういう事を言っちゃ。あれだけ怖い思いしたの、忘れた?」
「そう! そうなの! あの時のユウ、カッコ良かった~! やっぱり愛かな~、てへへっ。ハルカがよく、ユウさまカッコイイって言ってるけど、その気持ちが判ったよ~!」
女の子って……と、ゴードンはちょっと呆れた。
「ユウが庇ってなかったら、レイカ死刑だったよ」
「だよね~……リーダー怖かった。でも、ユウがいれば大丈夫だよね」
「…………」
――今も……ユウは”外”で戦っているのだろう。
自分達がこうして平和に語り合っていられるのも、みんな……。
みんな、実動部隊のお陰なんだ――
ふと、さっき気が付いた事を、ゴードンは思い出した。
「そういえばレイカ。前にユウは、昔はよく笑ったり泣いたりしていたんだけど……って、言ってたよね? いつ頃の話?」
「うーん……」
レイカは頬に指を添えて、思い出す仕草をする。
「ユウがここに来て、最初の頃だよ」
「今みたいに無口になったのは、いつ?」
「いつだったかなぁ……。ユウの能力が発現した後は、あんまり会えなかったし……。あ、でも、いきなり精鋭部隊に抜擢された時は、ゴードンみたいに喜んでたよ。制服カッコイイって」
あれはカッコイイもんなぁ……。
というか、ユウにもそういう時期あったんだ……。
ゴードンは共感を抱いて、嬉しくなった。
「あ、そうだ、話してたら思い出した! 初めて出撃した後だったかなぁ……泣いてたんだよね。声も出さずに、ずうっと……。
あの後からかな……無口になったのって」
「…………」
ああ、そうか……。
やっぱり、そうなんだ……。
「レイカはそれ見てて、なんとも思わないの?」
「なにが?」
ゴードンの質問の意味が、レイカには判らない。
……たぶん、戦場の凄惨さに触れて、泣いたんだ。
そしてその後は、慣れていくしかなかった。
兄の命を奪う加担をしても、平気な程に……。
「レイカは、ユウの事……好き?」
「もちろん! 愛してる!」
……愛って何だか、判っているんだろうか。
「じゃあさ……、能力コントロールプログラムを受けて、制御しようよ」
「どうやって受けるのぉ? 自室謹慎中だっていうのに」
「ユウが帰って来たら、許可を取って貰って、申請しようよ」
レイカは不満そうな顔をした。
「ユウの声が聞こえて楽しいのに、そんなのイヤ」
元から制御なんて、するつもりは無さそうだ。
ゴードンは少し、真面目な顔をする。
「じゃあさ……さっきみたいに、ユウからの情報を漏らすのは、やめようよ」
「ゴードンは私の能力を知っているから、良いんじゃない?」
「リーダーからの命令は”漏洩するな”だ。俺にも、ユウ本人にも言っちゃダメだ。
ユウがなんで、いつも無口なのか考えた事ある? ……言えないからだよ。さっきハルカにレイカの事を聞かれて、俺もなにも言えなかった」
急に捲し立てられて、レイカは驚いた。
「レイカがそんなんじゃ、ユウはもっと、なにも言えなくなる。ユウが好きなら、苦しめちゃダメだ!」
「…………」
レイカは驚いて……
そして、ようやく気が付いた。
――自分の能力の、罪深さを……。
「……うん……」
レイカは、しおらしく返事をした。
ユウが庇ってくれた事が嬉しくて、ユウがヒーローのように見えた。
でも、あれは、あの行為は……。
ユウも危険だったのだと……気が付いた。
「ゴードンは凄いね……。私なんか、ユウとずっと一緒にいるのに、なにも気が付かなかった」
「気付いているよ。レイカは、ちゃんと」
ゴードンは、いつもの明るい笑顔で、ニパッと笑った。




