第1話 荒廃した世界
そこは、荒廃した世界。
秩序などというものは存在せず、無法そのままに在る。
荒れ果てた大地……汚染された大気、水、土。
世界のすべてが、生命の営みを否定しているような世界に、彼らは生きていた。
『精鋭部隊、帰還します』
地下施設内に警告音が鳴り響き、アナウンスが轟く。
何もない……ただ広いだけの真っ白い部屋に、突然、大勢の戦闘部隊が現れた。
全員、同じ制服に身を包み、戦いから帰ったのを表わすかのように汚れている。
部屋の八方から、白い粉のような物が勢いよく吹き出し――
帰還した戦闘部隊を、頭から全身に至るまで、その白い粉で洗い流した。
外界の汚染を、ここで遮断する為だ。
軽く手で払う。
粉はサラサラとしていて、こびりつく事なく床へ落ちていく。
同じような動作を全員が行い、その後さほど広くない出入り口のドアから、一人ずつ出て行く。
この集団を纏めるリーダー、その親衛隊の二人。
あとは出入り口に近い者から、順に。
部屋を出ると、長くまっすぐな廊下が伸びている。
先頭を歩くリーダーへ、待っていたように書類や端末を持った男達が一人ずつ合流して、不在間の報告を次々としていく。
要件は手短に、必要な事だけを伝えて離脱。
男の数だけ繰り返される。
廊下が少し広くなり、分れ道に差し掛かった。
そこに、まだ年端もいかない小さな子供達が、目を輝かせながら複数人待っていた。
生の”精鋭部隊”を見ようと、待ち構えていた一般の子供達だ。
戦闘部隊の出撃も帰還も、地下施設内のアナウンスが伝えてくれるので、こうして待っている事が可能だ。
なかでも”精鋭部隊”は、この地下施設内では一番のエリートであり、子供達の憧れの的だった。
先頭を歩く、この地下施設総責任者のリーダーは身長も高く体格も良い上、常に鋭い眼をしており、子供達にとっては畏怖でしかない。
その後ろを共に歩くリーダーの親衛隊は、男性と女性がいるが、これもまたリーダーより少しマシな程度で、やはり子供にとっては怖い以外にない。
”精鋭部隊”は、その名の通り全員、戦闘に精通した者ばかりだ。
その上、外界で戦いを繰り広げて来た帰りなのだから、緊張は抜け切っておらず、多少殺伐としているのは仕方がなかった。
子供達にはその殺伐さも、恰好良いひとつに見え、目を輝かせる。
大雑把な一列になって歩く集団の中に、子供達は目的の人物をみつけた。
「わ~ユウさまだ~。おかえりなさ~い!」
全員で、その人物へ駆け寄る。
「汚れているから、触っちゃダメだよ」
わらわらと纏わり付くように囲って来た子供達に、その人物は言葉柔らかく対応した。
子供達は頷いて、その指示に従う。
小さな子供達に囲まれているその人物は、囲っている子達より、少し年上だろうか。
それでも”精鋭部隊”と呼ばれる戦闘集団と同じ制服を着て、同じ道を歩いているには似つかわしくない程の、子供の男の子だった。
廊下が分岐路を複数表した所で、列を成していた集団が少しずつ、ばらけていく。
各々の部屋へ、帰って行くのだ。
小さな子供達に囲まれていた、ユウと呼ばれた男の子も、類に漏れず自分の部屋へと戻って行く。
手で合図をして、軽く微笑んだ。
子供達はその場に止まって、見送る。
とても満足した笑顔で話し出した。
「やっぱり精鋭部隊、カッコイイ~! 特にユウさま!」
「そりゃそうよ。ユウさまは”英雄”だもん!」
――過去に、大きな戦争があった。
それまでとは全く違う世界にしてしまう程の、大規模破壊。
多種多様にあった命の多くは失われ、文明も資源も、あらかた消失した。
もはや手が付けられない程、大気も水も土も、すべてが汚染され、生身では外気の中で一日と生きられない酷い有様だ。
先人が残した食料プラントと、生命維持のある建物だけが、命を繋ぐ手段となった。
だが、そんな中でも、人はまだ戦いを続けていた。
未だ、すべてを征服しようとする者。
少ない資源を奪い尽くす者。
生き残る為に、戦う者――
ユウ、と呼ばれた、少年の部屋。
出入り口のドアからすぐ近くにある、小さな白いダイニングテーブル――
そこに肘をついて椅子でダラダラしながら、幼馴染の女の子……レイカが、クダを巻いていた。
「ねぇユウ、聞いてる?」
「……聞いてるよ」
ユウは何か手作業をしながら、うわの空でレイカの相手をしている。
レイカは構わず、話を続けた。
他愛のない、身近な子供達の話。
「それで~ハルカが言うのよ。ユウさまカッコイイ、カッコイイって。どこが良いのかしらね~?」
「訓練してくる」
話の途中……というか、いつ終わるか判らないレイカの会話を断ち切って、ユウは部屋を出て行ってしまった。
レイカは不貞腐り、頬をぷうっと膨らませて、閉まった扉を見て、文句を言う。
「もうっ! そんなだから、友達いないのよ!」