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現代萌え学部

 昨日と同じ三人組。眼鏡をかけた太っちょに、ひょろ長い出っ歯。そして、不潔そうなボサボサ頭とマスメディアで論じられるオタク像を見事に具現化したようなやつらであった。僕もまた、ファッションには疎いから下手したら彼らと同じ類にされているかもしれないが。

 僕のことなど眼中にないように、三人でしきりに話し合っている。生徒会長がどうのこうのと漏れ聞こえているので、話題はろくなことではなさそうだ。接近しようとして離れるという右往左往を繰り返す。ここまで足を運んでおいて、なかなか最後の一歩に踏み込めずにいる。

 下手すればいわれのない恥辱を受けることも有り得るのだ。それに、根本的なことからすれば、中原さんに拘泥する必要もないのではないか。彼女のことを知ったところでどうだというのだ。

 諦めて帰ろうとしたとき、ふとあの時の言葉がよみがえる。彼女に乗せられるままではあったが、女子トイレ侵入という大それた蛮行を成し遂げてしまったのだ。まさに「クソ度胸がついた」というべきか。そのことが露呈するリスクと比べれば、この連中になじられることぐらい可愛いものだ。


 Uターンした足を再度戻す。まずは試しにすぐそばを通り過ぎてみる。相変わらず僕のことは風景の一部としかとらえていないのか、会話に夢中だ。コートの端まで到達したところで、忘れ物をしたという呈で引き返す。三人組に接近していくにつれ、胸が詰まってくる。

 ここでもまた無言のままスルーした。これ以上ぶらついていると、流石に不審がられてしまう。そうなると余計会話がややこしくなる。次こそは勝負だ。


 僕は踵を返すと、鼻息を鳴らししっかりと大地を踏みしめた。そして、三人組の前で立ち止まる。

「あ、あの、すみません」

 昂る内情とは裏腹に、発せられたのは情けない声音だった。三人は会話をやめ、胡乱な眼差しを向けてくる。あちらもまたおどおどとしているような印象を受ける。後ろめたいことをしているという自覚があるのだろうか。そうなると少し気が楽になる。

 とはいえ、最初にどう切り出すべきか。「本日は晴天なり」などという当たり障りない話題から本題へと誘導する。そんな高尚な会話技術は持ち合わせていない。そんなことをしたら、当たり障りのないままで会話が終了してしまいそうだ。器用なことをする自信がないのなら、正直にぶち当たった方が建設的だろう。


「生徒会長について知りたいのですが」

「生徒会長? もしかして木崎姫のことか」

 うっかり口を滑らせたというように、眼鏡の男子生徒が口を手で覆う。その一言で確信した。こいつら、都市伝説とされている生徒会長ファンクラブの団員だ。

「姫、もとい木崎生徒会長に用でもあるのか」

「用というか、テニスうまいなと思って。で、君たちはいつもプレーを見ているようだから、何か知ってるんじゃないかと思ったんだけど」

「ほう、君は現代萌え学部に興味があるのか」

 現代萌え学部? また珍妙な部活動が出て来たぞ。呆気にとられていると、中央に陣取っていた太っちょが進み出てきた。


「俺たちは現代視聴作品における萌えという感情を研究する私設活動団だ。今はメンバーがこの三人しかいないが、いずれは正式に世の光を浴びたい所存だ」

 よくわからないが、中原さんが勝手にやっている便所飯部と同じようなものだろう。なんとなくだが、この学校には公には認知されていない部活動がいくつも暗躍しているのではなかろうか。

 半ばあきれ果てている僕をよそに、部長だと名乗る太っちょが話を続ける。

「普段はアニメや漫画を対象にしている。ほら、ごちうさとか知っているだろ」

「いや、知りませんが」

 深夜アニメのキャラクター名を連発されたが、どれも馴染みのないものばかりであった。深夜アニメなど見たことがないので当然だ。チノちゃんがどうのこうの言われても反応に困る。孤独のグルメ辺りなら話についていけるが、あの作品は萌えとは無関係だろう。


 そうこうしていると、仲間内だけで、やれあのキャラが可愛いだのという談義に発展してしまう。当然、僕は蚊帳の外だ。こういう状況は日常茶飯事だから特に気にすることはない。授業で話し合いをやると十中八九こうなってしまう。が、今回は空気になるのに甘んじている場合ではない。咳払いして注意を引くと、眼鏡がようやく話題を戻してくれた。

「それで、生徒会長の話だったな。目下俺たちのテーマは現実世界の人物にも萌えを感じることができるかどうかだ。萌えというと虚構の世界の登場人物にのみ適用されがちだが、我々が生きているこの世界にも萌えることができる人物がいるはずだ。

 そして、注目したのが生徒会長。アニメでも定番の萌え属性だけに、絶好の観察対象だとは思わんかね」

「はあ。で、どうだったんですか」

「うむ。まだ調査中ではあるが、幾多の生徒の羨望を集めるだけはある。なかなかに魅力的ではあるぞ」

「趣味趣向とか交友関係とか色々調べましたからね。この時代、SNSという便利なものがあってだな……」

 もはや犯罪の域なんじゃないだろうか。中原さんといい、人間夢中になると見境がなくなるのだな。


 しかし、気になることを口にしていた。木崎生徒会長の交友関係。そいつを探り出すことができれば、もしかしたら中原さんについても知ることができるはず。

「生徒会長と仲がいい人って誰でしょうね」

「姫は顔が広いようだからな。二年生の女子だったら誰でも付き合いがあるのではないか」

「例えば、中原梓乃さんとか」

「同じテニス部の中原さんか。かなりマニアックなところついてきますな」

 かなり嫌らしい目つきで肘を突かれる。とてつもない嫌悪感が込み上げる。彼女がこいつらの研究対象にされるかと思うとおぞましい。


「中原さんは一年生の時から姫と同じくテニス部に所属。クラスも一緒だったようだ」

「そういえば、中原さんなら同じクラスだからよく知っているぞ」

 挙手したのはボサ髪の男子生徒だった。言われてみれば、中原さんと同じ色の校章をつけている。他の二人も同じ色ということは、全員僕より先輩であったようだ。敬おうという気にならないのはなぜだろうか。

「なんというか、大人しい感じがするな。クラスであまりしゃべっているのを見かけたことはないし」

「中原さんが大人しい?」

 あまりにも意外な情報だった。便所での振る舞いを鑑みる限り、彼女に「大人しい」という形容詞は似合いそうにない。むしろ、傍若無人とかそっちのほうがピッタリなのではないか。

「控え目な女子というのもまた魅力的ではあるけどな」

「でも、姫と付き合っている時はそれなりに明るそうだし、完全に根暗でもなさそうですよ。まあ、僕たちの目下の目標は姫ですから、彼女については後々調べるとしましょう」


 木崎生徒会長と関係性があることは確定したが、反面、予想だにしない一面を知ることになってしまった。黙り込んでいると、太っちょが不思議そうに尋ねてきた。

「ところで、中原さんのことなんか聞いてどうするんだ。君もまた姫に興味があるのではないのかね」

「あ、いや、中原さんとはひょんなことで知り合ったからちょっと聞いてみただけです」

「ほう、そこら辺の話も詳しく聞いてみたいな。よし、よかったら君も現代萌え学部に入らないか」

 三人は目の色を変えて迫って来る。嫌な予感はしていたが、やはりこういう展開になったか。森でクマに会った時の対処法を実現するかのごとく、目線を合わせたまま後退していく。

「うーんと、考えておきます」

 そして、脇目も振らずに逃走を図った。三人がかりで追いかけられたらひとたまりもなかったが、追尾してくる気配もなさそうだ。当初の目的は果たすことができたが、余計なものまで収穫してしまった。そもそも部活動に参加する意思すらないのに、勧誘するだけ時間の無駄なのではあるが。

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