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爆弾投下

 翌日、あのトイレに足を運んだが、中原さんが現れることはなかった。彼女が束縛されている要因。それは紛れもなく生徒会長である。そのしがらみを排除できないものか。テニスの勝負で圧勝する。いや、無理だ。サービスすらまともに決められる自信がない。まともに喧嘩しようにも、多人数相手では女子生徒だとしても負ける自信がある。果たして、どうするべきか。

 ふと、彼女が言っていたことを思い出した。学校ではグループから外されたら死んだも同然らしい。ならば、僕は既に死んでいるようなものだが、女子にとっては集団帰属意識とやらは余程重要なのだろう。それで、今回の解決策はなんとなく見当がついている。要は、集団のしがらみが原因で苦しんでいるのなら、そいつをぶっ壊せばいい。ただ、それだけでは単なる憎まれ者となってしまう。非常に不本意ではあるが、彼女を救うにはこうするしかない。

 僕の考える作戦にはとてつもなく大きなリスクが伴う。僕のこの学校での立場は高確率で塵芥となり失せるだろう。それだけなら構わない。元々、つまらない存在だからだ。だが、下手をすると中原さんまで道連れにしてしまうかもしれない。そう考えると、放っておくというのも正解かもしれなかった。しかし、あそこまで事情を知ってしまった以上、梶井基次郎の檸檬並の爆弾を投下しなければ気が済まないのだ。


 その日もまた、部活動が終了するまで時間を潰す。昨日の出来事もあるせいで、易々とテニスコートに足を運ぶことはできなかった。なので、図書室で本を読んで過ごす。娯楽小説を読んでいるのに、全く内容が頭に入ってこない。無機質にページをめくるだけという無駄な時を過ごすうちに、下校時間を告げる予鈴が鳴らされる。僕は勢いよく本を閉じると、急いで校門へと駆けつけた。

 そこから先は昨日と同じだ。中原さんたちを待ち伏せ、追尾する。昨日と同じく公園で恐喝されているなんて目算はなかった。僕に目撃されているので自重するという方が自然だ。何事も起こらないに越したことはないが、僕の作戦を決行するには因縁をつけてもらわないと困る。胸の動悸が高まり、呼吸も乱れてくる。おぼつかない足取りで、幾度となく前を行く生徒とぶつかりそうになった。


 そして、駅前へと到着した。このまますんなり踏み切りを渡ってしまうか。否、中原さんたちは線路沿いに進路を変更する。脇道にそれることもなく、昨日と全く同じルートを歩んでいく。よもや、作戦通りに事が進むなんて。想定の範囲内であったにも関わらず、喉が乾燥してくる。

 到着したのは例の公園であった。ジャングルジムに追い詰められ、周囲を取り囲まれる様まで再現している。タイムリープをしているのではとSFめいたことを考えたが、日付は間違いなく昨日から一日進んでいた。僕もまた昨日と同じく入り口の茂みに身を潜めている。


「昨日は邪魔が入ったけど、今日こそ言わせてもらうわよ」

「あんた、最近生意気なんじゃないの」

 詰め寄られている中原さんはもはや別人であった。普段は小動物めいた儚さがありながらも、胸の内には情熱がたぎっていた。それが今や畏怖へと置換されてしまっている。口々に汚い言葉を浴びせられ続けていても、一切抵抗する素振りがないのだ。

 逃げ出すのなら、ラストチャンスが迫っている。見つかりでもしたら、僕もまた無事では済まない。加えて、作戦を成功させるのであれば、能動的に姿を晒した方が都合がいい。これまでの人生を鑑みても、ここまで緊張したことはかつてなかった。正直、高校を受験する時よりも何倍も身体が強張っている。


 木崎生徒会長が睨みを利かせ、ジャングルジムのバーを握る。またも同じ展開だ。この後、中原さんが取る行動も分かっている。それだけに、昨日の繰り返しをさせるわけにはいかない。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 己を鼓舞するように僕は吼えた。何事かと、生徒会長一同は公園入口を見遣る。肩で息をしながらも僕は仁王立ちしていた。


 凄みを利かせて迫ってきたのは取り巻きの二人であった。そのまま後退すれば逃走は可能であるが、僕は敢えて一歩踏み出す。中原さんは「どうして」とでも言いたげに目を丸くしていた。

「誰かと思えば昨日の一年じゃん」

「このことは忘れなさいって言ったよね。二回も出会っちゃったんだから、偶然通りかかったなんて言い訳は通用しないわよ」

 奮起したはいいが、実際に恐喝されると身がすくんでしまう。唇が震え、うまく言葉が紡げない。

「梓乃、こいつ何なの? あんたの知り合い?」

「そ、その子は、えっと」

 目を泳がせながら、中原さんは必死で考えているようだった。この質問が来ることは予習済みだ。だから僕は大きく息を吸って叫んだ。

「僕は中原さんの後輩だ」

「いや、当たり前じゃない」

 冷淡に生徒会長に返された。言われてみればそうだ。ただ、言外に含まれている意味を察してほしい。


「男子テニス部にこんな子いなかったよね。ひょっとして中原のファン? 木崎さんならまだしも、あんたにねぇ」

「最近、木崎さんをじっと見てるキモイのがいるけど、その仲間じゃない」

「うわ、終わってるわ」

 あの連中の同類だと侮蔑されたのは遺憾だが、このくらいは耐えねばならない。僕の抱える爆弾は遥かに強烈な威力を秘めているのだから。


「ひょっとしてこの子、中原のことが好きとか」

「ひょろっちいのに、いじめっ子を倒すナイト気取り? 少女漫画でも今どき流行はやんないし」

「っていうか、うちらいじめてるつもりないんですけど。うちらに失礼じゃね」

 好き勝手に言いあって嘲笑している。「キモイ」だの「うざい」だの汚い言葉のオンパレードだ。今更ながら、ここでも会話を録音して公開するという復讐を思いついたが、あいにく録音機器を持っていない。

 それに、そろそろ潮時だろう。僕はきりりと顎を引いた。言葉の暴力に屈していないと悟るや、取り巻きたちは睨みを利かせてきた。僕はしっかりと中原さんを指差す。

「僕は中原さんの部活の後輩だ」

「だから、テニス部じゃないでしょ、あんた。ふざけたこと言ってると本気でぶっ飛ばすよ」

「そう、テニス部じゃない」

 後戻りするならこれがラストチャンスだ。しかし、隠した爆弾は既に袂を離れていた。自由を得た兵器は爆発するしか道はない。


「僕は、便所飯部の後輩だ」


 公園内は一挙に氷河期へと突入する。それもそうだろう。珍妙すぎる部活動名を聞かされ、即座に「ええ、そうね」と反応できる奴なんかいやしない。しかも、発案者である中原さんまでもが口を開けて呆けている始末だ。

「あんた、何よそのふざけた部活は」

 木崎生徒会長が至極まっとうな疑問をぶつける。最悪の兵器を野に放った解放感からか、僕の口からはすらすらと言葉が飛び出す。

「便所でいかにおいしく弁当を食べるかを研究する部活だ。生徒会長たちは知らないかもしれないけど、中原さんはその部長なんだ」

 間違ったことは言っていない。二人しかいないのなら、先輩である中原さんが自動的に部長ということになる。

「僕たちは毎回昼休みにトイレに集まっては弁当を食べている。そういう間柄なんだ」

 威張って宣告したものの、かなりとんでもないことを口走っていた。実際、生徒会長一同は冷めきった目で僕と中原さんを交互に見ている。


 中原さんが慌てて何かを言いかけたが、先に木崎生徒会長が僕に詰め寄った。

「あんた、本気でそんなふざけた部活に入ってるって言ってるわけ」

「嘘は言っていない。ここのところずっとトイレに通いっぱなしだ」

 後ろめることもなく堂々と宣告した。それが功を奏したのであろう。幻滅したように、取り巻き連中は僕の傍を離れていく。鼻をつまんでエンガチョのポーズまでされる始末だ。

 木崎生徒会長はジャングルジムに片腕を預け、中原さんに急速接近する。

「中原、あんたそんなキモイ部活をやってたなんてね。言いふらしてやってもいいけど、あんた頭回りそうだから、そうしたらうちらから恐喝されたって言うんだろ。それをやられると色々困るからさ、ここだけの秘密にしてあげるよ。

 でも、あんたとはこれまでだね。調子乗ってるとは思ってたけど、まさかここまでキモイとは予想外だったわ。うちらも同類とされちゃ敵わないからさ、縁を切らせてもらうよ」

 非常な宣告を突きつけ、取り巻きと共に歩き去っていった。

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