深淵での邂逅
やっとだ。やっとここまでたどり着いた。あいつらの言葉を信じるわけではないが、俺にはもうこれしか残されていない。目の前の扉からは、目眩を覚えるほどのオーラが漏れ出している。溢れだす恐怖を圧し殺し扉に手をかける。どうせ後はないんだ、そう自分に言い聞かせ勢いよく扉を開いた――。
突然だが、俺の名は瀬上翔大。異世界召喚された勇者だ。
厨学生なら誰もが憧れるシチュエーション。
しかし現実は非情だ。現在俺は金持ちでもなければ、ハーレムもないし、周囲に敬われることもない。まぁ、女よりもパーティーメンバーがいない方がきついのだが……。
どうしてこんなことになったのか――
『役立たずに用はない。さっさと立ち去れ』
『勇者の面汚しが何してんだぁ?』
『貴方に助けられるほど落ちぶれてはいません』
……嫌なことを思い出してしまった。
さて、そろそろ現実逃避をやめて前を向くとするか。
顔を上げると、そこはまさに西洋の城の謁見の間だった。ただ一点、黒を基調としていることを除いて。
有り得ないほどのオーラを放っている人物は静かに玉座に着いている。
血に染まったような、暗赤色の髪。こめかみの辺りからは禍々しい角がつき出している。背中からは羽毛に覆われた漆黒の翼が生えていた。堕天使や上級悪魔といったイメージがぴったりなその存在は、少し俯いている。俺なんて眼中に無いようだ。
「おい、魔王!お前を倒しに来た!」
ここは馬鹿正直に話しかけてみる。どうせこんなオーラを放つ存在に勝てはしない。すると魔王は顔を上げこちらを見る。その魔王の血色の悪い純白の顔は――
「っ!?女……の子?」
今まで見たこともないような、美しい少女のそれだった。
しかしその表情はこちらを見下すかのような凄惨な笑みだった。その表情を見て気を引き締め直す。実を言うと、少しビビってしまった。美少女の凄みのある表情は色々とヤバい。
すると魔王が口を開いた。
「よくぞここまで辿り着いたな、勇者よ。我に滅ぼされるにも関わらずご苦労なことだ」
「……その調子がいつまで続くか見ものだな」
魔王が尊大な口調でこちらを挑発してくる。俺は売り言葉に買い言葉で返す。しかし実際の精神状態は失神寸前である。頑張れ俺の虚勢。でも……さっきから何か違和感を感じる。
「……貴様なかなか面白いな。なんの勇者だ?名はなんと言う?」
「俺は『知識と精神の勇者』瀬上翔大だ」
この世界で勇者と言うのは一人ではない。
故にすべての勇者には召喚されたときに二つ名が与えられる。本当に俺の厨な部分をくすぐってくれる世界だ。
でも俺はそのせいで、王から、民から、国から見捨てられた。なんせ直接攻撃するようなスキルが無いからな。愚かな王たちはこの能力の有用性に気付くことは無かった。
「セガミショウタか、そうだな……今我は気分が良い。ぬしに先手を譲ろう。どこからでも掛かって来るが良い」
「それはありがたい」
完全になめてやがる。でも実際に力の差は歴然だ。
この一撃をどう活かすか。そこにすべてが懸かっている。とはいえ実は俺が取れる手立ては1つしかない。そして……それは確実に失敗する。
「いくぞ魔王!」
「……来い」
詠唱を開始する。俺が使える中で最も強い魔法。世界で恐らく俺しか使えない魔法。そして魔王には決して効かないはずの魔法――
「精神魔法『強制隷属化』」
詠唱が完了すると同時に俺から魔王へ魔力が流れ込んでいく。一方で魔王は微動だにしない。やはり隷属させる魔法なんて魔王に効くわけが無いのだ。しかし『精神の勇者』である俺は戦闘用の魔法がほとんど使えない。伊達に捨てられてはいないのだ。
「うっ……」
「え?」
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
諦めかけた瞬間、魔王が膝から崩れ落ち絶叫を迸らせる。
え……?マジで効いたの?魔王に?
しかし、蹲りもがき苦しんでいる魔王の姿はとても演技には見えない。何より俺の魔力が魔王を侵食しているのがしっかりと感じ取れた。
俺はすぐに『知識の勇者』の技能『鑑定眼』を発動させる。
魔王の鑑定結果に言葉を失う。
「嘘だろ?でも確かにこれなら……」
「ぐぅ、ぁ」
既に魔王はほとんど俺の支配下に置かれ、抵抗も弱まっていた。それにつれ少しずつ魔王の表情が柔らかくなる。なるほど、さっきまでの違和感はこれだったのか。あんな人を見下すような笑みよりも、この優しげな表情の方がよっぽど似合うではないか。
「よくこれまで頑張ってきたな……」
気づいたらそんな言葉が口から漏れ出していた。目の前の少女はもうほとんど意識がない。あの魔法はなかなか負担が大きいのだ。
「あ……りがとう……名前も知らない……勇者様」
少女は最後にそう言って、完全に意識を手放した。
まったく……
「名前くらい覚えとけよな。俺は……瀬上翔大だ」
いかがだったでしょうか?
今回は会話や、少しボケを含んだ文章に挑戦してみました。
色々と至らない所や突っ込み所があると思います。
ぜひ感想でめった切りにしてください。
ご読了ありがとうございました。