好き好き小噺
「僕は谷村さんのことが好きなんだ。他の何よりも大好きなんだ。僕に谷村さんの素晴らしさを語らせたら数時間じゃ済まないし、谷村さんの素敵なところを数えさせたら百は軽く超えられるよ。いろんなことを知っているし、これからももっともっと知っていきたいと思ってる。寧ろ一日二十四時間一年三百六十五日、おはようからおやすみまでずっと一緒に行動したいくらいなんだ」
――恋愛ごっことはいえ、我ながら大変な人を彼氏として受け入れてしまったなと常々思う。
和樹の興奮した赤い頬を眺めながら檸檬は一人内心でそう呟かずにはいられなかった。
良く言えば一途、悪く言えば気持ち悪いぐらいの愛情である。
電車を一本ずらしたためホームに残っている人影は疎らだったが、その数少ない人々からは先程から好奇の視線が注がれているような気がした。
これは勘違いではなく事実だろう。
明らかな悪目立ちに居心地の悪さを覚えている檸檬には気付いていないのか、和樹は未だ熱心に語っている。
「基本情報もばっちり暗記してるよ。でも安心してね、谷村さんが知られて嫌そうな情報には手を出してないから。大丈夫。写真も一緒に撮った時のとクラスで撮った時のしか持ってないよ。ほら」
急に和樹がドヤ顔で携帯の液晶をこちらに向けてきた。
話半分に聞き流していたので思わず吃驚してしまう。
満面の笑みを浮べた和樹と少し間を空けて無表情の自分が写っている。一ヶ月前に撮った写真だ。
どう見てもカップルの写真には見えないのだが、どうやらご本人様はいたく気に入っている様子だった。
携帯を引っ込めて、自分でも写真を確認して嬉しそうに口許を緩めている。間抜け面。
元々がある程度整った造詣をしているのになんだか勿体無い表情だ。
「勿論貰ったメールは全部とっておいてあるから」
「おはようとおやすみ?」
「そうだよ」
爽やかな笑顔で返されるため、普通の会話をこなしているような錯覚に陥る。
けれど良く考えなくても和樹の話は何時だっておかしかった。理解出来ない。
まだ灯璃の言っていた和樹の頭を解剖したい話の方が出来る気がしてくる。
本当にどうして自分はごっことはいえ付き合っているのだろうか。
ほとんどの物事には動じない檸檬にしては珍しく、頭を抱えたくなってきた。
心なしかこめかみが痛い。
「そして今日をもって僕と谷村さんが付き合って三ヶ月になるわけだ。それでなんだけど、これだけ僕は谷村さんが大好きなんだし」
段々歯切れが悪くなってきた。
檸檬はうつむき加減になっていた顔を上げる。
和樹の歯切れが悪くなってきた時というのは大抵本題に入ろうとしている時なのだ。
前座が長い上にすらすらと話すので忘れがちなのだが、実際、彼は人と話をするのが苦手らしい。
そういうところも理解に苦しむのであるが、これについては檸檬は直せとは言いたくなかった。
このままで良いとさえおもうのだ。
「そ、そろそろ」
耳まで真っ赤だ。
緊張をしているのか先程のへらへらした顔ではなく、生真面目そうな少年のそれになっている。
毎回目にするたびに、これはずるい、詐欺だよなと思ってしまう表情だった。
「な、名前で呼んでもいいかな」
「……」
「……」
「……」
檸檬の基本情報を暗記できるぐらい調べ上げておきながら、どうして名前呼びごときでここまで緊張できるのだろうか。
普通の恋人同士というのは大概そういうものなのだろうか。
理解が出来ないな、と檸檬は和樹の顔を見つめていた。
「別に禁止した覚えはないけど」
「え、いいの?」
「うん」
「……」
「……」
「……やった!」
デートの度に和樹と別れることを考えてしまう。
それでもごっことはいえここまで続いたのは、不思議としか言いようがない。
欠落人間と称される通り、もしかしたら檸檬には情愛のほかにも何かが欠落しているのではないだろうか。
「よし、じゃあ。……檸檬…………さん」
「何?」
「僕、今日も幸せな夢が見れる気がする」