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コンビニのバイト

次郎はコンビニのバイトをしていた。

契約時間は夜の10時から翌朝の7時まで。

お店に入ると最初に床のモップがけから始まる。何時に何をするかチェックリストがあって、それに従って機械的に仕事をするようになっている。

次に店の周りの清掃、そして商品チェックをして賞味期限切れの商品を廃棄する。

その後は朝4時の商品搬入までレジと清掃が主になる。

レジは夜中だから大体が暇である。

清掃も本気でやれば時間がかかるが、こつをつかむとそんなに真剣にやらなくてもそこそこきれいになる。

つまり夜中はだいたいが暇である。

お客もほとんど来ない。


お客がいない時はカウンター横の事務所にいた。

長時間、次郎一人だから、休憩を適時とっていいことになっている。

事務所にいて店内外のモニターを見ている。

万が一覆面をした、まさしく強盗が入ってきたら警察直通の携帯を発信することになっている。その時は直ちに事務所の鍵をロックして立てこもる。

警察から防犯上、夜間は必ず二人体制をとるように指導されているが、深夜の時給は高いのでいつも一人である。

警察が強化月間とかいって、夜中見回りに来るようなときは仕方なく店長が夜中出勤して二人体制にするが、店長も昼間働いているので、いつもというわけにはいかなかった。

次郎も一人の方が、気が楽なので二人体制にして欲しいとは言わなかった。


今日も事務所にいて一人缶コーヒーを飲んでいた。

時間は夜中の二時である。

いつもはこの時間帯に商品の日付チェックをして廃棄する商品を集め、記録してゴミ箱に捨てる。

その時は事前に売り場をチェックしていて該当する商品がないことがわかっていた。

だから普段にもまして暇だった。

次郎はふとバックルームにある地下倉庫を覗いてみようと思った。

コンビニに地下倉庫があるなんてことは普通ない。

聞けば既存の建物を建て替えたのでそんなのがあるという。

店長からは絶対入ってはいけないといわれていた。

重要な書類が入っているという。

税務署に提出するような伝票とか出納帳があるのかもしれない。

しかし、入るなといわれれば入りたくなる。

鍵はかかっているがちゃんと店のキーケースに入っている。

そんなに重要な部屋なら、キーは店長が持ち歩くべきである。

キーケースにぶら下げて置く、というのは店の者なら誰でも入っていい、と言っているようなものである。

入ってはだめだというので最初は入らなかった。

でも、次郎もここに勤めて半年経っている。

しっかりローテーションに入っているから、少々なことがあっても次郎を首にはできないはずだ。

覗くくらいなら特に問題あるまい。

暇だから、ちょっと覗いてみよう。

そんな軽いのりだった。


地下倉庫は床の鉄板を持ち上げて入る。

その鉄板、つまり扉の大きさは50センチ四方もない小さなものである。

鍵を開けて、扉を持ち上げると中は真っ暗である。

スイッチは店の壁にあるので、それを入れてみる。

中が照らされ、地下の様子が見えてくる。

書類の入ったようなダンボールが多数保管されていた。

湿気を防ぐためか換気扇が低い音で回っていた。

はしごを降りていくと、頭をぶつけてしまいそうなくらい低い天井だった。

幅は3メートル弱、奥行きは5メートルくらいで一番奥に同じような上向の扉があった。

店の周りを掃除していると店の裏に盛り上がった場所があり、そこに鉄板があったので、これが例の奴かと思った。

一応確認のためにその鉄板の鍵を中から解除して持ち上げてみる。

顔を出すと、確かにいつも見ている店の裏の鉄板だった。

そこから頭を出してみると店の周りが散らかっているのが見えた。

あれ、さっきはこんなに散らかっていなかったのに。

次郎はやれやれという気持ちになった。

誰かに見られると文句を言われるかもしれないので、そのまま外に出てごみの回収を始めた。

一回、店のカウンターにはいって、大きなゴミ袋を持ってくると、そのごみを回収して店の前にあるゴミ箱に、資源別に振り分けて入れかえた。

裏の鉄板が開けっ放しだったのでそこからまた地下倉庫に入り、鍵を閉めて、事務所のバックルームに戻った。

バックルームの時計を見ると二時五分だった。

あれ?

と、次郎は思った。

地下倉庫に入ったのはきっかり二時である。

倉庫を多少見て、その後店の周りの清掃をした。

すくなくとも15分以上は経っているはずである。

それなのに、時計は5分しか立っていない。

おかしいなと思いながらも他の時計も同じような時間だったので、勘違いかと思いその日はそのまま仕事に戻った。


翌日も暇だった。

同じように二時に次郎は例の倉庫に入った。

書類しかないとわかっていても、暇だからまた覗いてしまう。

箱はガムテープで止められていたので開けるわけにはいかなかった。

しばらく地下倉庫にいてぶらぶらしていると昨日ごみが散らかっていたのを思い出し、再度地下から店の裏のほうの出口を開けてみた。

すると昨日と同じようにごみが散らかっていた。

今日もチェックリストに従って零時に店の周りをチェックした。

その時は何もなかったのに今日も二時になると汚れている。

くそと思いながらそのまま店の裏に出て、昨日と同じように店のカウンターに入ってゴミ袋をとろうとした。

その時である。

店の事務所から見かけない男が出てきた。

あれ、俺と同じ制服を着ている。

次郎は店の中に入ってその男に質問した。

「おたく、誰?」

次郎と同じ年代に見えたので、ため口で聞いた。

「え、阿部といいますが」

相手も多少びっくりしたような顔をして答えた。

「いや、そういうことじゃなくてなんでここにいるの?」

深夜のバイトは次郎だけである。

制服着てなければ不審者として警察に連絡するところである。

店長から新人が入るとも聞いていないので、勝手に店に入られては困る。

「なんでって、深夜番だから」

阿部は多少声を弱めていった。

人を馬鹿にしているのか、と次郎は思った。

俺は半年以上ここで勤めている。見も知らないお前から勝手に深夜番なんて言われる筋合いはない。

深夜番はこの俺だけだ。

「新しいバイトが入ってくるなんて聞いてない。どうなってるんだ」

阿部も困惑した顔をしている。

「新しいバイトって言われても、私半年以上前からここで勤めていますけど」

え?

と思ったまま声がでなかった。

なにいっているんだ。半年以上前から勤めているのは俺だ。

お前なんか見たこともない。

こいつ頭がおかしいのか?

「なにいってるんだ。半年以上前から勤めているのは俺だ。お前なんか知らない」

次郎がそういうと相手は多少むっとした顔をした。

「本部の方じゃないんですか?」

阿部は次郎のことを本部の人間だと思っているようだ。

同じ制服着て態度が横柄だからだろうか?

違う、俺はこの店の従業員だっていうのに。

「どちらさんか知りませんが、パソコンを見てもらえれば半年前から勤務しているのわかりますから」

店のパソコンには勤怠のソフトが入っており、一年間の勤怠状況がわかるようになっている。

うそだ、次郎はそういって事務所のパソコンに向かった。

阿部はパソコンの前に立つと自分の名札に印刷されているバーコードを読ませ、パスワードを入れた。

勤怠画面が開き、阿部は過去の勤務状況参照画面をめくった。

すると、確かに半年前からずっとこの店で勤めていた。

そんなばかな。

次郎はそう思った。

おかしい、なにかがおかしい。

あわてて次郎のバーコードを読ませる。

するとパソコンから未登録エラーが返ってきた。

つまり、次郎はこの店の従業員ではない。

え、店を間違えた?

そんなことありえない。単に地下倉庫をくぐっただけである。

一瞬いじめかと思った。

次郎はいじめを受けていた。

佐々木という奴に、高校時代からいじめを受け、大学に入った現在も、時々呼び出しを受け店の商品などを横流ししていた。

佐々木が次郎をびっくりさせるためにこんなことしたのだろうか?

いや、パソコンの勤怠管理のマスターをいじれるのは店長だけだ。

次郎が地下倉庫をくぐった間に次郎のマスターを削除して阿部を登録することなんてできない。

それ以上に過去にさかのぼって勤怠登録することは店長だってできない。

給与計算が確定すると過去のデータは誰も追加や修正はできないようになっている。

それに、こんなことしてどういうメリットがあるだろう。

ビールとかつまみを自由に手に入れられる環境でそんないたずらをしても何の特にもならない。

大量のビールを盗むと、ばれてしまうので、わからない範囲で少しずつ横流ししている。

店の不明ロスはどうしても出てしまうから、少しくらいなら店長も気にしなかった。

しかし、最近は商品個別で管理できるシステムになっていたから、同じ商品だけ持っていくと棚卸時、一発で不明ロスと機械からアラームが出てしまう。

仕方ないのでそういう時は自分で金を出して6本パックを買った。

つまみは逆に同じものだけだと飽きられてしまうので、適当に分散して失敬した。

その苦労というか、店の仕組みは佐々木も知っていた。

量が少ないと文句は言うものの、言い過ぎると、ばれてしまい、永久にそういう貢物がなくなってしまうので無理強いはしなかった。

そう考えると意味なく佐々木がいたずらするとは思えなかった。


気を取り直し、次郎は店の裏にまわり、地下扉を探した。

扉は開いたままである。

ついてきた阿部が驚いたようにいった。

「この扉一回もあいたことないのに、ここを開けてきたんですか?」

確かにこの扉を開けたのは次郎だけかもしれない。

阿部は気弱そうで、まじめそうだから、鍵があっても地下倉庫にはもぐったことがないのだろう。

「とにかく一回閉めるから店に戻っていて」

次郎はそういって地下にもぐった。

中から扉の鍵を閉め、バックルームの扉を開けた。

あれ?

なにか様子がおかしかった。

店の中に戻ると、さっきのバイトがいなかった。

15分以上はたっているはずなのに、昨日と同じで時計は二時五分を示していた。

なんだろう?

まさか、パラレルワールドみたいなことが起きているのか?

そんなばかな。

念のためパソコンの勤怠画面をあけ、自分のバーコードを読ませてみる。

エラーにならない。

さっきはエラーになったのに。

さらに従業員一覧をあけてみるが、阿部という人物は登録されていなかった。

気味が悪い。

本当にこんなことあるのだろうか?


三日目、次郎は再度地下倉庫をくぐった。

昨日は商品入荷が多い日だったので、バックルームを整理し、荷受がスムースに行くよう作業する必要があった。

それで気になるものの、そのまま仕事をして、再度地下倉庫に行かなかった。

今日は商品入荷が少ないので、少し長めにいてもいい日だった。

夜中の二時いつものように地下倉庫の鍵を開けて、地下にもぐり、そのまま店の裏にでる。

もし、阿部がいるなら制服を着た人間が二人いることになるので、次郎は地下倉庫に制服を脱ぎ捨てておいた。

店に入ると果たして阿部がいた。

しかし、別なお客がいたので声をかけることができなかった。

次郎は雑誌売り場のほうに行った。

客が出たら阿部に話しかけるつもりだった。

雑誌売り場で阿部の様子を見ると、彼は次郎が来たことに気がついていないようだった。

というか、店内にいた客に近づいて話をしているみたいだった。

その客を見て次郎は驚いた。

佐々木だった。

あの、次郎にいじめをしている佐々木がきていた。

佐々木は時々深夜に遊びにくる。

防犯カメラがあちこちから監視しているので、店に来るときはちゃんとお金を払って買い物をしている。

店内でも駐車場でも監視カメラがあるので、ここでは商品の受け渡しは一切やらない。

佐々木は新商品とか雑誌などをみて欲しいものをリクエストする。

そのリクエストに従って次郎は少しずつ商品を調達した。

こんな時にやな奴とあったと思った。

どうやって目立たないように店から出ようかと思った。

私服の状態で佐々木に見つかったら、どう説明したものか?

まさか、パラレルワールドなんて話を出せるわけがなかった。

阿部との関係も聞かれるかもしれない。

しかし、次郎自体が、わけのわからない事だから説明しようがなかった。

でも、佐々木はそういうところをねちねちと責めてくるタイプだった。

次郎は口が達者なほうではない。

その点、佐々木は口が達者で勢いがあった。

口ではかなわない。

口でいいように言いくるめられて、いつもいやな役ばかりやらされている。

突然、佐々木がこっちのほうに向かって歩いてきた。

あっという間である。

顔を背けることすらできない。

いや、無視したら倍返しになるから、なんとか取り繕うしかない。

とりあえず、挨拶しようと佐々木の顔を見たときだった。

佐々木はチラッと次郎の顔を見ると何事もなかったように目の前のコミック本を取るとレジのほうにきびすをかえした。

あれ?

また、わけのわからないことが起きた。

いくら突然のことといえ、佐々木が次郎の顔を見て無視するのはありえない。

必ず、いやみのひとつも言うタイプだ。

まるで、赤の他人のような顔をしていた。


本当にパラレルワールドなのか?

そして、その世界では佐々木と俺は赤の他人なのだろうか?

佐々木はその雑誌を買うとさっさと店からでていった。

次郎は阿部のところへいった。

「昨日は待っていたんですよ」

阿部はそういうと驚いた様子を見せた。

「それより、今の奴、誰だ」

そう聞くと阿部は暗い表情をした。

「別にただの知り合いです。」

阿部は話題にしたくないように目をそらした。

「おまえ、いじめられているのか?」

そういうと阿部は驚いたように次郎の顔を見た。

「おまえ、ビールとかおつまみをあいつに貢いでいるだろう」

次郎は口は達者ではなかったが、頭の回転は悪くはなかった。

今の佐々木と阿部のやり取りをみていれば、雰囲気でそういう状況が察せられた。

「別に貢いでいるわけじゃないですよ。仲がいいから時々ビールなんかを買ってやりますけど」

言い訳するように阿部はもごもごといった。

この世界では、阿部が佐々木のいじめを受けているようだった。

とすると、この俺はこの世界ではどういう役割を果たしているのだろうか?

俺と佐々木の関係はどうなっているのだろうか?

次郎は急に自分のことが心配になりだした。

この世界のことを調べるのにはどうしたらよいか?

それより、今までいた自分の世界のことはどうしようか?

こっちの世界に長くいたら、あっちの世界がほったらかしになってしまう。

今、あっちの世界にお客がきたら、レジに誰もいないからお客は怒ってしまうか、レジを打たずにそのまま帰ってしまうだろう。

そしてそのことはお客からクレームとして店長か本部に連絡が行くだろうし、防犯ビデオにも次郎がその時間帯いないことがすぐわかってしまうから、責任を追及され首になってしまうかもしれない。

そう考えると、いてもたってもいられず次郎は、戻ることにした。


自分の世界に戻ると時間はまだ二時過ぎだった。

今度は30分近くいたのに、こっちの世界に戻ると時間が進んでいない。

これはもしかして、あっちの世界にいる時にこっちの世界では時間が止まっているのかもしれない。

そうだとするとあの世界で好きなだけいても、こっちの世界に戻れば時間は大して過ぎていないから、なんの問題もないことになる。

問題はあっちの世界にどれだけいるとこっちの世界がどのくらい時間が進むかである。

次郎は翌週、普段していない腕時計をしてきた。

店の時計とその腕時計がきっちり合っていることを確認し、夜中の二時に地下倉庫にもぐった。

今日は制服を脱ぐとまっすぐ店の裏の扉にいき、それを開けた。

きっかり二時一分だった。

次郎は私服のまま店に入った。

阿部が店内にいて驚いたように次郎の顔を見た。

よっと、軽く手を上げて阿部に挨拶する。

雑誌売り場に行き、雑誌を立ち読みする。

ここで時間を五分つぶしてあっちの世界に戻るつもりだった。

「あの、、、」

阿部が次郎に話しかけてきた。

「悪い、忙しいんだ」

次郎は手を上げて静止した。

雑誌を立ち読みしているくらいだから、忙しいわけがなかった。

阿部は不服そうな顔をしたが、向こうにいった。

次郎はさも雑誌をいろいろ調べる振りをして時間をつぶした。

雑誌そのものはあっちの世界と同じような内容だった。

雑誌の日付も記事の内容も、覚えている限りあっちの世界と同じだ。

ふと思い立って、少年向けの雑誌をわざと成人向けの雑誌の一番奥においてみた。

時間が十分くらい経ったとき、次郎はまた阿部に軽く手を振ると店の裏に戻った。

地下の扉を開ける前に、腕時計を見ると二時十分ちょうどだった。

バックルームの鉄の扉をあけ、店の中に戻る。

腕時計を見ると二時三分ちょっと前である。

あれ?

腕時計の時間が戻っている。

いつだ?

次郎の想像したとおり、あっちの世界に行っているときはこっちの世界は止まっているようだが、この腕時計の時間はいつ戻ったのだろう。

この扉を開けた瞬間か?

それではパラドックスになってしまう。

二時三分ということはもう一回次郎があっちの世界に行くと、あっちの世界で二時十分にいる次郎と出会ってしまう。それとも時間がずれているから永遠に会わないのか?

まさかと思いながら、次郎は再び地下倉庫にもぐる。

腕時計は二時五分である。

あちらの世界に行かなくても、このまま、ここで待っているとあと五分であっちの世界に行った次郎が戻ってくるはずである。

胸が急にどきどきし始めた。

こんな狭いところで次郎同士が鉢合わせになってしまったらどうしよう?

どっちかというと気の弱い次郎はそれだけで緊張してしまった。

あっちの世界にいる次郎が戻ってくる前に店に戻るべきか、逆に思い切ってあっちの世界に行って覗いてみるか?

うろうろ次郎はしたが、結局鉢合わせするのが怖くて、次郎は十分になる前に店に戻ってしまった。


時間の整合性の問題はなぜそうなるのか理解できなかった。

あのあと時間がたっても地下倉庫から別の次郎は戻ってこなかった。

仮に店の裏の鉄の扉を開けたときに時間がスリップするとする。

昨日は二時一分に店の裏の扉を開けた。

再度その扉を開けてこちらに戻ってきたのは二時十分である。

ところが店に戻ってみると時間は二時三分前だった。

どうも店の裏の扉を開けたときに時間が戻ったような気がする。

もうひとつ、気になるのは、雑誌の売り場に行ってみると成人向けの雑誌の奥に少年誌が置いてあった。

売り場を定期的に整理しているからこういう置き方はなかったはずである。

つまり、時間の連続性というか整合性はないにしろ、向こうの世界でやったことがこっちの世界に影響しているようである。


パラレルワールドというのはひとつだけなのだろうか?

仮にパラレルワールドがあるとしたら、それがたった一つだけというのはおかしい気がした。パラレルワールドがひとつでもあるのなら、それがたった一つというよりは無数にあったほうが自然のような気がした。

そう考えると時間がずれたり、次郎のいない世界があっても不思議ではない。

仮にタイムマシンがあって、過去の世界にいって次郎の祖先を殺しても、次郎は消滅しないだろう。

なぜなら無数にあるパラレルワールドには次郎のいない世界もあるに違いないからだ。

つまり、祖先を殺した瞬間に次郎のいないパラレルワールドが発生し、次郎はその世界に放り出されれば、消滅はない。

時間のズレも、最初に行ったあの世界から戻ると、連続性を保つために元の時間に戻る。

多分続けてあちらの世界にいってもその瞬間は時間がずれずにまた二時一分とか二分になるだろう。なぜなら二時十分の世界とはまた別のパラレルワールドに行ってしまうからだ。

でも、そんなこと本当にあるのか?

あっちの世界で雑誌をいじったことがなぜこっちの世界で影響するのだろうか?



次郎の関心はパラレルワールドの世界や時間とかの問題より、別のことに移っていた。

次郎はいじめを受けていた。

佐々木は次郎にちょっかいを出すことで憂さ晴らしをしているようだ。

いい迷惑である。

他で自己主張できれば次郎にちょっかいを出す暇なんてないだろうに、他では認められることがないから、次郎をいじめて憂さを晴らすか、えばって自己満足するしかないのだ。

そういう奴と縁を切れないでいる次郎も自分自身が情けなかった。

よく、テレビなんかでは毅然とした態度をとるとか、おもいきって反発し、けんかをしてみるとか、そういう場面があるが、あいつに反抗する勇気はなかった。

もし佐々木に毅然とした態度をとると、ますますちょっかいが陰湿になるような気がした。

また、あいつは目覚めるとか、理解するとか、とにかく改善するような人格の持ち主ではなかった。

死ななければ直らないタイプだと次郎は思っていた。

高校の時、佐々木が一回だけ切れたことがあった。

次郎は当事者ではなかったので遠くから見ているに過ぎなかった。

事の成り行きはよくわからないが、とにかく佐々木が切れてある生徒に殴りかかった。

たまたま気がついた先生が止めなければ、多分佐々木はその生徒を殴り殺していたに違いなかった。

この事件以来、誰も佐々木に近づかなかったし、誰も佐々木に口答えをしなくなった。

いつ切れるかわからず、周りはいつも恐々としていた。

そして、運悪く、気の弱い次郎が標的になってしまった。

佐々木は切れた時のような強権的な態度で接するわけではなかったが、ねちねちと次郎に近づいてきて、彼を部下にしてしまった。

次郎は一回も佐々木に暴力的なことをされたことはない。

しかし、切れた状態の佐々木を知っているので、反抗的なことは一切取れなかった。

以来、ずっと佐々木との縁が続いている。


そう、あいつを始末したいと次郎は思っていた。

殺すことまでは考えていないが、何かしらの罰を与えて次郎にちょっかいを出せないようにできないか、日ごろから考えていた。

いままでいろいろな方法を考えていたが、結局、わからないようにやっても、佐々木は誰がやったかしつこく追いかけ、次郎がやったということを見つけ出し、逆に次郎に制裁を加えるだろう。

そう考えるとなかなか手が出せなかった。

でも、向こうの世界であいつを懲らしめれば、こっちの世界に戻る限り、誰も次郎がやったとは考えないだろう。

いや、次郎はあちらの世界では存在しないのだから、犯人とは絶対特定できない。

しかも、あっちの世界でなにかすると、少なからずこちらの世界にも影響する。

うまくいけばあっちの世界でなにかすれば、こっちの世界の佐々木にも何らかの影響が及ぼすかもしれない。

阿部が向こうの世界では佐々木の標的になっているようだから、阿部に対する人助けにもなる。

万が一あっちの世界で佐々木たちを懲らしめても、こっちの世界で何の影響も出なかったら、阿部にこっちの世界に来てもらい、こっちの佐々木を懲らしめてもらえばよい。

そんな考えに次郎は夢中になっていた。


次の金曜日の夜の二時、一番店が暇な時に例によって次郎は地下倉庫にもぐった。

どういうわけかわからないがあっちの世界にどれだけいても、こっちの世界は時間が進まない。

ということはあっちの世界に好きなだけいても問題にならないはずである。

次郎はホームセンターで購入した1リットルの油缶を持って地下倉庫をくぐった。

阿部には会わずに、そのまま佐々木のアパートに向かった。

佐々木の部屋はアパートの二階にある。

二階の住人は一回部屋の外に出て共通の階段を下りて一階に行く。

その階段が非常階段とかねているせいか、鉄でできていた。

屋根はついていたが、雨の日なんか横風が強いとすぐぬれて非常に危険な階段だった。

その階段に次郎は持ってきた潤滑油をぬった。

雨の日なら注意深く歩くだろうが、晴れている日は油があるとは思わないから普通に歩いてくるだろう。一発で滑ってしまう。

二階には佐々木以外の人も住んでいたが、その中では佐々木が一番早く仕事場に行くのを知っていた。

だから、まず間違いなく佐々木はここで足を滑らせるはずである。


店に戻ってきた時はもう三時近くになっていた。

阿部の様子が気になったが次郎はそのまま地下倉庫に戻った。

時間を見ると案の定、こっちの世界の時間はほとんど進んでいなかった。

今までの経験からするとあっちの世界で佐々木が足を滑らせ、怪我をするとこちらの世界でも何かしらのことが佐々木の身の上に起きるはずである。

次郎はそのまま店で普通に仕事をして、朝の来るのを待った。


仕事が明けたあと、次郎は佐々木のアパートによってみた。

彼の予想が正しければ、佐々木の身に何かが起こっているはずである。

行ってみると、佐々木のアパートにパトカーが止まっていた。

何があったのか、その周辺にたむろしていた人に聞いてみると、誰かがいたずらで階段に油をまき、アパートの住人が何人か足を滑らせ怪我をしたということだった。

次郎の予想はあたった。

あちらの世界で仕込んだ罠がこちらの世界でも有効に働いた。

結果が知りたく、次郎は警察の人に声をかけた。

「すいません、友人が二階に住んでいるんですが、会えませんか?」

警察は佐々木の名前を確認すると、今病院に行っていると告げた。

念のためか、次郎は警察に名前と連絡先を聞かれた。

彼は臆することなく答えた。

なにせ、彼は店にずっといたことになっている。

実際、店の防犯ビデオには彼がずっと写っているから、佐々木のアパートに来て何かをすることは不可能だった。

警察がどんなに調べても彼を有罪にすることは不可能だろう。

次郎は何か心がウキウキした状態になっていた。


今まで散々佐々木には嫌な思いをさせられていた。

何とかして彼と縁を切りたかった。

あるいは彼に復習して懲らしめたかった。

夢想のなかで何回も彼を懲らしめた。

何回も彼を罵倒し、傷つけ、時には殺したこともあった。

実際、何回殺しても満足できないくらい、次郎のプライドは傷ついていた。


これからどうしよう。

このまま、佐々木のようにねちねちとちょっかいを出そうか?

それとも一層のこと消してしまおうか?

本心では佐々木を殺すことなど本気で考えていなかった。

それでも佐々木を殺すことを考えると、ワクワクするのを抑えきれなかった。

今までは佐々木の言うとおりにしないと何が起こるかわからない、という不安があった。

高校の時からいじめられていた。

いや、佐々木は次郎をいじめているつもりはないかも知れない。

ただのちょっかいで、新聞に載るような陰湿ないじめとは思っていないかもしれない。

ただ、次郎の前では絶対君主のような、何か自信を秘めた顔つきで偉そうに物事を言う。

まるで王様だ。

次郎は平民だ。

もしかしたら次郎が全力で立ち向かえば佐々木なんか蹴散らすことができたかもしれない。

高校の時、佐々木は何人かでつるんでいた。

仮に佐々木一人をやっつけたところで、他の仲間が仕返しに来るかもしれない。

しかし、大学進学や就職でみんなバラバラになった今では、そういうこともない。

今がチャンスだった。

変な縁を切る絶好のチャンスだった。

しかし、それでも次郎は踏み切れなかった。

もししくじったら今以上に大きなしっぺ返しが来るかもしれない。

また、下手に佐々木を攻撃すると、どこかで間違って次郎が警察に捕まったりするかもしれない。

大学生にもなって、今更いじめでもないだろう。

誰も、次郎が佐々木にいじめられているとは思わない。

仮にそうだとしても、大学生なのだから自分で何とかしろと世間は言うに違いなかった。


しかし、どうやればいいのだろう?

こんこんと説いたところで、訴えたところで、佐々木にそういう自覚がなければ、馬の耳に念仏である。

俺はお前の相手をしてやっている、みんなから守ってやっている、くらいにしか思っていないかも知れない。

そんな奴には何を言っても、何をしても無駄だ。


それがとうとう絶対的な力を得て、様相が一変する。

次郎が何をやっても、誰からも咎めを受ける心配がなかった。

あちらの世界では次郎は存在しないし、あちらの行為がこちらの世界に影響したとしても、こちらの世界では次郎はいつもコンビニでバイトをしていたことになる。

こんなに都合のいいことはない。

何をしても咎められない。

殺人を犯しても、わからない。

完全犯罪が可能な力を次郎は持ってしまった。

それこそ、悪にもなれるし、正義にもなれる。

証拠が不十分な凶悪犯に天罰を加えることだってできる。

佐々木がまさしくそれだ。

誰もあいつを罰することはしない。

だけど、罰を受けるだけの悪事は十分している。

あいつが罰を受けないのはこの世の中に於いて、許されることだろうか?

誰かがあいつに罰を与えなければならない。

そう考えるとますます次郎は興奮してきた。

そう、これは正義だ。

必要悪と言えるかもしれないが、いや、そんなものではない。

罪を犯している人間がその罪を償わないで、のうのうと生きていることがおかしい。

いくら法治国家であっても、間違った人間が許されていいはずがない。

間違った人間はきちっと罪を償うべきである。

いや、目には目を、歯に歯をである。

次郎は目を傷つけた者は自分の目も傷つけられる義務があると思っている。

無論、過失は考慮されるべきだろう。

車を運転していて、子供が飛び出し、不可抗力で殺してしまった場合、その運転手が無条件に死刑になることはおかしいと思う。

しかし、お酒を飲んで殺してしまった場合、その運転手は死刑になるべきだと思う。

相手が死んでしまっては何をしても罪を償うことなどできない。殺された人間からしてみれば、加害者がどんなに善意を積んで更生しても自分が生き返ることは絶対にないのだから、それなら俺と同じ世界に来いよと思うに違いなかった。

罪を償えるとしたら、その思いに答えるしかない、つまり死刑しかないと思った。

どんなに法律を厳しくして飲酒運転が減ったとしても限りなくゼロにならないのは、飲酒運転で子供を殺しても死刑にならないからだ。


佐々木の場合、次郎に肉体的な危害を加えるわけではない。

定期的に貢ぎ物を要求することとか、威圧的な態度をとることとかだ。

ビールやつまみをもっていっても、一緒に飲めという。

つまり、次郎も共犯にして佐々木を訴えることができないようにしている。

そういう奴だから、肉体的な制裁を加えても、次郎に対する精神的危害は減らないかもしれない。

自分に降りかかってくる災難と、次郎に対する態度が関連していることを何とかして分からせないといけない。


次郎は次の日、また地下倉庫をくぐってあちらの世界に行った。

今度は別のトリックを佐々木に仕掛けるためだ。

誰があのアパートの階段に油をぬったかは警察もわからないだろう。

しかし、誰かがまた同じようなイタズラをあのアパートにいつ仕掛けるかわからないので、警察が見張っているかもしれない。

だから、当面あのアパートには行けない。

次郎は白い粉の入ったダンボールを佐々木に送ることにした。

ドクロマークを白い粉が入ったビニール袋に貼った。

白い粉は単なる小麦粉である。

食べても死なないが佐々木はきっと警察に通報するに違いない。

なにより、前回の油のいたずらが佐々木に対しての嫌がらせか、他のアパートの住人に対するものか不明だったが、この粉を送ることで明確に佐々木がターゲットであることを、佐々木自身が自覚するに違いない。

阿部のいるコンビニから送ると、阿部が変な証言をして話がおかしくなる可能性がある。いくら次郎があっちの世界にいないとしても、警察は阿部のいるコンビニから発送したことを突き止め、次郎の存在を認識するだろう。

そうなると次郎はあちらの世界で捕まってしまうかもしれない。

そうなると地下倉庫のこととかいろいろ不都合な事実が明るみに出てしまう。

だから、別のコンビニから送ることにした。

しかし、地下倉庫からでてみると、驚いたことに阿部が待ち構えていた。

「どうした?」

次郎がそう尋ねる。

「あなた、もしかして佐々木に何かしませんでしたか?」

鈍感な感じがした阿部だったが鋭く突っ込んでくる。

「佐々木がどうかしたのか?」

知らん顔で次郎は聞き返した。

「アパートの階段を滑って大怪我をしたんですよ。」

次郎はどう答えたらいいか一瞬迷った。

しかし、隠していても埒があかないと思った。

「佐々木がどうして怪我をしたか知らない。しかし、お前はもうあいつとかかわらない方がいい。もう、付き合うな」

次郎は佐々木と縁をきる絶好のチャンスだったが、阿部にも同様なことが言えた。

「お前が付き合いを続ければ、佐々木にはもっとひどいことが起きるかも知れない。」

阿部はその言葉をどう捉えたらいいのか迷っているふうだった。

次郎が佐々木の怪我のことは知らないというが、佐々木と付き合えば佐々木にもっとひどいことが起きると、まるで関与しているようなこともいう。

「その箱はなんですか?」

慌てて次郎は箱を背中に隠した。

阿部が気づいていたかどうか、箱には佐々木の宛先が書いてある宅配伝票がすでに貼ってあった。

「今日は帰る。とにかく佐々木とはこれ以上付き合うな」

次郎と佐々木の関係を、もし阿部が調べようとすれば、佐々木に関与せざるを得ない。

そうすると、もっとひどいことが佐々木の身の上に降りかかるかも知れない。

そのことが、阿部がこれ以上関与しなくなる動機になってくれと次郎は念じた。


次郎は戻ってくるとその箱から伝票を剥がして破り捨てた。

中の袋に貼ってあるドクロマークも細かく破り捨て、中の小麦粉も袋を破いて捨てた。

しばらく間を置こうと思った。

何も起こらなければ、阿部もこれ以上行動しないだろう。

もし、こっちの世界で佐々木が変な行動に出るようだったら、その時はまた、あっちの世界に行って何かをすればいい。


「次郎、地下倉庫の鍵知らないか?」

深夜番が明けたある朝、店長が次郎に質問した。

ここしばらくは次郎も地下倉庫には行っていない。

あちらの世界に行って下手に阿部を刺激したくなかった。

しばらく間を置こうとした。

「いえ、知りません。」

次郎はそう答えたが、不思議な気がした。

なんで、鍵がないんだろう。

「困ったな、中の書類が必要なんだが」

店長はそういってキーケースの中身を何度もチェックしていたが、しばらくして諦めた。

誰が持っていったのだろう。

店のほかの人間が地下倉庫に潜ったのだろうか?

しかし、日中は複数の従業員が勤務しているから、誰かが地下倉庫に勝手に行くことは考えづらい。


まさか、と次郎は思った。

阿部がこっちの世界にきて鍵を持って行ってしまったのか?

チェックリストがもし、向こうの世界とこっちのが同じなら、その可能性は非常に高い。次郎が何時になんの作業をしているか、阿部はわかるはずだからである。

次郎が店内作業をしている時に、阿部が向こうの地下倉庫の鍵を使ってこっちの世界に来ることは十分可能である。

そして、こっちの世界の地下倉庫の鍵を持って行ってしまえば、次郎は永遠にあっちの世界に行くことができない。

佐々木にこれ以上ちょっかいを出さないよう、阿部がそう考えたとしても不思議ではない。


翌日、店長は錠前を呼んで地下倉庫の鍵を半ば壊すようなかたちで交換した。

鍵を交換すると試してみたくなるのが人情である。

深夜2時になると次郎は新しい鍵で地下倉庫に潜った。

店の裏に出る扉も同じ鍵に交換されていた。

店の裏に出ると慎重に次郎は顔を出した。

何かが違うと思った。

あっちの世界はいつも汚れていた。

なのに、今回は綺麗である。

おかしいなと思いながら、そっと店の中を覗いてみる。

誰もいない。

阿部がどこに行ったのかと思いながら慎重に店の中に入ってみるが、やはり、誰もいなかった。

事務所に入ってみる。

やはりいない。

ふと思い立って自分の従業員コードを入力してみる。

エラーにならない。

あれ、あっちの世界じゃないのか?

慌てて次郎は地下倉庫に外から戻り、中に入ってこっちの世界に戻った。

時間をみると、止まっていない。

ちゃんと進んでいた。

やはり、あっちの世界は消えてしまった。

あっちの世界に行くのは地下倉庫が原因ではなく、あの鍵が原因だったのだろうか?


あれから何回か地下倉庫に入って店の裏に出てみたが、あちらの世界に行くことは二度となかった。

せっかくなんでもできる力を得たのに、元の世界に戻ってしまった。

佐々木も相変わらずだった。怪我をして自由に動けなかったので、しばらくおとなしくしていたが、すぐに次郎を呼び出し、あれこれ持ってくるように言ってきた。

もっと致命的な怪我をさせるべきだと次郎は思った。

いや、勇気を出して佐々木にガツンといってみるべきだとも思った。

しかし、佐々木を振り切る自信がなく、次郎はまたもや貢ぎ物を佐々木に持っていくようになった。


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