疑惑
幸一に連絡したいことがあり、知子は彼の携帯にメールを送った。
すると、メール着信音が部屋のどこかで鳴った。
あれ?と思いながらその音を探すと、昨日幸一が着ていた背広の中にあった。
忘れたんだ。
苦笑いして知子はその携帯を取り出した。
が、取り出したとたんその苦笑いが一瞬消えた。
そう、最近いろいろなことがあった。
聞いても幸一の返事は気持ちが入っていないというか、なにかはぐらかされているような気がした。
最近、幸一は左遷人事を食らったみたいだ。
本人は何も言っていないが、元同僚の芳子からそんな話を聞いた。
それとなく聞いても、幸一はいろいろあるさ、ぐらいにしか答えない。
毎日夜遅くまで勤めているのに、幸一が降格人事になることなんて信じられなかった。
仕事上でよほどのミスがあったのだろうか?
以前、携帯にメールするとすぐに返事をくれるのに、最近はなかなか返事をくれない。中には無視されることもあった。
会話が何か事務的になった。
夫婦生活も事務的になった。
それだけ疲れているんだろうと思ったがどこか腑に落ちない。
何か引っ掛る状態で幸一の携帯を見つけると、手がかりはないか、つい、覗きたくなる。
いけないと思いながらも、ついつい、携帯を開けてしまう。
パスワードロックされていないので、すぐにメールを覗くことができた。
そこで、幸一が浮気をしていることがわかってしまった。
相手は景子といった。
メールを読むと次のデートの約束をしていた。
日帰り温泉に行くらしい。
その文面を読むと頭がカッとなってめまいがした。
気持ち悪く吐きそうになった。
何かおかしいと思ったがまさかこんなことになっているとは。
テレビではいつも殺人と浮気のドラマしかやっていなかった。
子供向けの漫画ですらそうなのだから、芸がないといえば芸がない。
もっといいドラマはないのかと腹のなかではせせら笑っていたのに、まさしく自分がそのどうしようもないドラマの中にいた。
まさか、自分が。
まさか、あの幸一が。
信じられない、何かの間違いであってほしい。
しかし、文面を見る限り、先月は行けなかったので久しぶりの温泉、楽しみにしています、なんて書いてある。
どうみても、仕事上の話ではない。
先月行ってないということは、先々月はいったのか?
でも、先々月、幸一は平日休みがなかった。土日の休みは知子とずっと一緒にいた。
だとしたらこのメールは一体どういう意味だ?
本当に浮気なんかしているのか?
平日に幸一がやすむなんてことは今までなかったし、毎日背広を着て会社に出かけている。
いたずらメールか?
セクハラか?
幸一に聞くべきか?
しばらく様子を見たほうが良いか?
誰かに相談しようか?
でも、確証がないからあまり他人に言わないほうがいいか?
相談できると言ったら芳子くらいしかいないが、芳子は幸一と同じ会社に勤めている。
下手なこと言うと幸一の会社で噂になるかもしれない。
いや、降格人事とこれは何か関係あるのか?
本人たちは秘密裏にやっているつもりでも、周りは敏感にそれを察知し、二人を引き離すために人事異動を行ったのか?
そして、その代償として降格にしたのか?
メールを見ると来週の木曜日だという。
相談する相手はいないし、自分が休みをとって幸一を尾行するか?
しかし、人ごみの中、ずっと幸一の後を、見つからないように尾行できるだろうか?
温泉に行くみたいだが、電車でどこに行くのだろう?
さんざん考えた末、探偵に頼むことにした。
知子の実家に行く途中に、大きな看板の探偵社があった。
ホームページを見ると、概算費用まで書いてあって、なんとなく信用できそうなので恥を忍んでその探偵社に依頼した。
幸一の写真だけはもっていったが、いろいろなこと、どこに勤めているかとか連絡先とかまで書かされた。尾行や連絡に必要な事項だという。
幸一は携帯を忘れた日に、携帯のことは何も言わなかった。
知子が携帯忘れたでしょう、メール送ったら鳴っていたわよ、というと、ああ、そうか、とだけ答えた。
知子が携帯見たかとかは聞いてこない。
それがまた、癪だった。
少しは慌てろ!
それともあのメールは全く関係ないのだろうか?
翌週金曜日、早速探偵社から連絡があった。
行ってみると、証拠写真を渡された。
レンタカーを借りて近場の温泉に行っている。
行きは別々に歩いていたが、帰りは腕を組んで歩いていた。
どう見ても浮気現場だった。
夜、幸一が会社から帰る前に浮気相手の景子に電話をした。
幸一の携帯から番号を控えていた。
幸一の妻ですと告げると、相手は無言だった。
あなた浮気しているでしょうと問い詰めても無言だった。
相手の電話口で、男の声がした。
景子は電話口を押さえて、その男と話をしているみたいだった。
しばらく間があって、突然男が電話口に出た。
「もしもし、どちら様ですか?」
相手は押しの強い口のききかたをした。
名前を告げると相手はさらに怒ったような口のききかたをした。
「なんか、景子が浮気をしているみたいなこといっているけど、どこにそんな証拠があるですか。ストーカーなら警察呼びますよ」
浮気相手に男まで出てきて、ますます憂鬱になった。
「失礼ですが、どちら様ですか」
知子は相手を刺激しないよう下手に出た。
「亭主だよ」
亭主か。W不倫か。
一瞬何を話そうか知子は迷った。
電話の雰囲気では亭主も景子が浮気をしていること知らないみたいだ。
「残念ですが、こちらは証拠の写真もあります。昨日二人は〇〇温泉にいっています」
そういうと相手は絶句した。
絶句したと思った。しばらく何も喋らない。
いや、電話口をふさいで景子と話しているのかもしれない。
長い沈黙が続いた。
携帯だから電話代がかかる。
一回切ろうかと思った時に、相手がしゃべりだした。
「そちらの住所教えてくれますか?明日景子と行きますから」
幸一に電話の件を話すと、あっさり浮気の件を認めた。
あまりに簡単に認めるので、そのことがなにか腹ただしかった。
翌日景子とその亭主が知子の家にきた。
先方の夫婦はだまったまま、居間のソファに腰掛けた。
何も喋らない。
お茶を出すと、相手の男性が質問をしだした。
「いつから」
「3,4年前です。」
幸一がそう答えた。
3,4年も前から続いているのか?
知子は血がさっと引くのを感じた。
相手の男性も一瞬絶句したみたいだ。
「どっちが誘った」
そう聞かれると幸一は覚悟していたように喋った。
「僕が悪いんです。9割かた僕の責任です。」
え?相手は責任ないの?
知子は思わず聞きたくて景子を見た。
景子は下を向いたまま何も答えない。
浮気にどっちの責任ってあるのだろうか?
五分五分だろう
男が仮に誘ったとしても、それに乗った段階で責任は両方あるだろう。
幸一だけが一方的に悪者になるのが許せなかった。
仮に幸一が強引に迫ったのなら、なぜ、景子は強姦で訴えなかったのか?
合意だったから訴えなかったのでは?
「今後は?」
短く相手が聞く。
「今後は一切会いません。」
幸一はきっぱりといったが、相手の女性は相変わらず無言のままだった。
何か幸一が一方的に悪者になっていくのが、知子には釈然としなかった。
「じゃ、誓約書2通書いて」
そう相手の男性がいうと
「悪い、紙ない?」
と、幸一が知子に聞いた。
慌てて便箋二枚を机の中から持ってきた。
「今後二度と会わない、連絡しないと誓約して二人でサインして」
相手の男性がいい、幸一と景子がサインをした。
「じゃ、奥さん帰ります。」
そういうと一枚を知子に渡して相手の男性は立ち上がった。
これでおしまい?
知子は困ったように相手の男性の顔を見つめた。
だって、今後二人が会わない、連絡しないってどう確認すればいいの?
幸一が悪いということは、慰謝料を請求されるの?
聞きたいことはいっぱいあった。
相手の女性の責任はどうなるの?
男性が浮気する話は結構聞くけど、主婦の女性が浮気するなんて、あんまりじゃない。
亭主としてあなたの責任はどうなのよ。
一方的に仕切っているけど、私のことはほったらかし?
知子の必死の目つきで相手の男性もそのうちのいくつかは理解したようだ。
「奥さん、連絡先とメルアド交換しておきますか」
いろいろ言いたいことはあったが、相手に言われて、今日は連絡先を交換するだけでいいと思った。
この場で、これ以上の話をするのは精神的に辛かった。
息子の次郎には来客が来ることを告げて、二階に行っているように話した。
この話を聞いていないだろうか?
アルバイトに出かけると言って降りてこないだろうか?
家庭がどこかで崩壊を始めているのを知子は感じていた。
夫が浮気したというのに、誰も慰めたり、励ましたりしてくれなかった。
相談する人がいないから当然なのだが、この問題はひとりで解決するしかないのだろうか?
急に孤独感を感じた。
ありえないことが起きたのに誰にも相談できない。
まさか自分がこういうことに見舞われるとは、、、
事故で子供を亡くした人と同じ気持ちだった。
起きた事故は何があっても消えはしない。
子供は戻らない。
子供を無くした人なら、まだ同じような境遇の人たちが集まって、語り合うことができる。
でも夫に浮気をされた人が集まるなんてこと、聞いたことがない。
両親に相談すれば、父親は離婚しろというのが目に見えていた。
でも、ひとりで次郎と生きていくのに自信がもてなかった。
もし,幸一が心を入れ替えてくれるなら、このまま一緒に暮らしたい。
誰か親しい、親しくなくても信用できる親戚がいれば、幸一に対していろいろ話をしてくれるよう頼むのだが、そう、頼めればそのあとも幸一のことを言葉は悪いが監視してくれるだろうが、そういう人もいなかった。
ありえないことがまた起きた。
知子の人生はなんでこんなに重たいのだろう。
日常の生活がますます事務的になっていった。
幸一は余計なことは一切喋らず、事務的にことを進めていった。
ひとつだけ、変わったのは、勤怠の記録を毎日黙って知子に差し出すようになった。
そこには出社時間と退社時間が記録されていた。
ICカードで処理されているので、改ざんできないシステムだった。
だから、もう平日に休んで景子とどこかに出かけることはできないだろう。
でも、それが何になるというのだろう。
浮気の心理学を読むと、一回浮気するとそうそう簡単に別れられないという。
特に女性の方が2,3ヶ月経つと禁断症状が出て、会いたくなるそうだ。
いくら出社しても、途中で会社を抜け出してどこかで密会することはどうにでもなるはずだ。
多少のことくらいで幸一をすぐに信用することはできなかった。
そう、幸一のことは一生信用できないだろう。
そもそも今回のことは一生忘れることができない。
幸一は浮気したことは日常的にはすぐ忘れるだろう。仕事の忙しさにかまけて消し去ろうとするだろう。でもやられた知子は一生そのことが忘れられない。考えまいと思ってもいつの間にかそのことを考えている。
その状態で幸一と暮らすことができるのだろうか?
でも、離婚することで息子の次郎にどういう影響を与えてしまうだろう。
離婚したら次郎はどちらが世話をするのだろう。
知子はパートをしていたが、扶養が外れないよう、年収100万円以下にしていたから、それで生活することは不可能である。
といって、今の時代、社員になるのは大変だし、社員になれたとしても、せいぜい年収は200万を少し超えるくらいだろう。
そうなると幸一から慰謝料を取るしかないが、素直に慰謝料を払うだろうか。
預貯金もたいしてないから、取り崩すこともできない。
そう考えると身動きがとれないと感じる。
相手の男性からそのあとメールがきた。
浮気相手の景子からいろいろなことを聞いたみたいで、そのことが書いてあった。
知子が幸一の相手をまともにしていないと景子は言ったみたいだ。
だから、夫婦生活をもっときちっとやってほしい。
体力的に無理なら、手で構わないからしっかり出して欲しい。
出して精力的にできないようにして欲しい。
なんてこと言ってくるのかと思った。
浮気防止のために夫婦生活を真面目にやれというのは、どこかピントがずれている。
そもそもそっちの夫婦生活はきちっとやっているのか?
あんたが奥さんを満足させていないから奥さんは浮気するのではないか?
そう言ってやりたかった。
憂鬱の種がもうひとつ増えた感じだった。
相手の男性は慰謝料を請求しろとも言ってきた。
普通に慰謝料を請求すると、互いの財産が減ってしまう。いや、互いに請求すれば弁護士費用だけかかってプラスマイナス0である。
そこで、幸一の親に請求しろというのだ。
親が死ねば、遺産として幸一に多少の財産が入るだろう。
それを請求して相手の男性と知子に慰謝料として渡せというのだ。
相手の男性は幸一の親の住所を知らないから、知子が相手の男性に変わって請求をしろというのだ。
でも、そんなことしたら、今回の浮気のことが親にバレてしまう。
そうなると、幸一の親は知子の親にも話をするだろうから、親戚全体に話が行ってしまう。
また、知子のことを金の亡者と思うかもしれない。
そんな女だから幸一は浮気をしたんだと言われるかもしれない。
離婚すると決意したならそれもいいだろうが、今の段階でそこまではしたくなかった。親戚に話が行ってしまったら、話が勝手に進んでしまう。
それは避けたかった。
ほっておけばなんとかなるかと思い、メールの返事を出さなかったが、そのうち相手の男性から、探偵を使えば幸一の親の住所はすぐわかる、なぜ、教えてくれないのか?と聞いてきた。
どうしても知子がそういうことしたくないのなら、こちらも考えるが、このまま二人をほっといていいのかよく考えてくれとメールを送ってきた。
知子がしたくないのなら、請求はしないという。
その点は助かったが、相手の男性はとにかく何かをしたくて、ウズウズしている感じだった。
知子は相手に少し時間が欲しいと返事をした。
実際、この先どう展開していくのか、また、それに対して知子の気持ちがどう対応していくのか、全然想像できなかった。
相手の男性とのメールのやりとりは一切幸一に話さなかった。
慰謝料のことを話せば、単純に反省して浮気を辞めるとも思えなかった。
なぜ、浮気をしたのかそれが分からなければ、何をしていいのかわからない。
分からなければ、今後浮気がなくなるとは確信できない。
幸一とは高校の時に知り合った。
幸一は二年生、知子は一年生だった。
文化祭の実行委員長に幸一がなり、各クラスの実行委員に知子が選ばれ、二人は文化祭の準備という仕事の中で知り合うようになった。
文化祭の実行委員長は生徒会委員長の指名を受けてなる。
幸一は野球部で名を馳せていたから、生徒会委員長の指名を受けても当然という気がした。
いっぽう、実行委員は各クラスで決められる。
どちらかというと人気のある委員じゃないから、知子は押し付けられた感じである。
最初の文化祭の準備会で幸一が実行委員長であることを知った。
友達と話を合わせるために、有名男子の下調べをしていたから、知子も幸一のことは知っていた。
これはチャンスだと思った。
最初の委員会で実行副委員長が選出されるが、知子は立候補した。
そんな感じで知子の方が積極的に幸一にアプローチしていった。
文化祭は秋に行われるが準備は六月から始まった。
文化祭ではいろいろなことを決めなければならなかった。まず、クラス別、クラブ別に何をするか決めなければならない。
劇などをやって真剣に参加しようとするクラス、合唱などをやって適当に済ませようとするクラス、DJ付きの喫茶店などをやって自分たちも楽しもうというクラスなどいろいろである。
野球部も活動実態をアピールしたいところだがいつも一回戦か二回戦で敗退しているので野球とは全然関係ない出し物を毎年出している。今年はYou Tubeから探した影絵のパフォーマンスをやることになったが幸一は実行委員長なので免除された。
出し物が決まると出し物ごとに実施場所、必要な備品、電気容量などを提出してもらい、それを審査する。
学校の備品で済むもの、たとえば机とか椅子は学校のものを利用するが、それらをどのクラスからどのクラスへいくつ移動するか、いくつ体育館に持っていくか、いくつグランドへ運ぶべきか、だれがそれをいつ移動するかなどは細かくスケジュールを立てる必要があった。
各クラスで使う電気器具の容量、外で行われるイベント、例えばバンドで使うアンプなど結構電気を食うので使用電気量も一応計算しておく必要がある。
また近所の家に迷惑にならないよう騒音対策も考えておく。
そういう計算や段取りは過去の記録を元に主に知子が担当したが、知子がいろいろ計算しているときに、任せっぱなしにするわけにもいかず、幸一はずっと知子のそばで作業を見守っていた。
また、知子だけでは判断できない細かなことがいろいろ出てくるので、その都度幸一に相談し、判断を仰いだ。幸一で判断できないときは先生に幸一が相談しに行った。
出し物をするクラスからはお金の要求がきた。全額は出せなかったが、積立金から必要に応じて金額を配分した。
その配分計算も知子が立案し、実行委員会の会合で、幸一が話を進めて知子が説明するような形をとっていた。
そういう状況の中で二人は文化祭が近づくとほぼ毎日一緒に仕事を進めていった。
あるときは二人で文化祭用に花火を用意することにした。
電車に乗って大きな町に繰り出し、しこたま花火を買う。
爆竹を大量に買い込み、キャンプファイアに最後に投げ込む。
それを合図に仕掛け花火に火をつける。
どこにそんなお金が残っているのか幸一には不思議だったが知子はやりくりが上手なようで普段の年より多くのお金を花火に回すことができた。
規定量を超える花火は危険だから禁止になっているが、二人は車を運転できる歳ではなかったから電車で運ぶしかなかった。
知子は知らん顔をして大きな袋二つを電車に持ち込んだ。
幸一は気が気ではなかったが、知子は車内で世間話をして何事もないような顔をしていた。
周りから見るとカップルが買い物をして帰っている感じだった。
知子のそういう大胆さが幸一には新鮮だった。
幸一は知子の手際よさに感心し、また熱心にやってくれる姿に感動した。
学校で遅くなったときはカップラーメンを用意し、暗くなったら家まで送るようにした。
文化祭の前日には奮発してファミレスで飯をおごった。
その時に知子は文化祭の最後に行われるフォークダンスで踊ってほしいといった。
文化祭のフォークダンスは、全員が男女に分かれて二つの大きな輪を作り、少しずつずれて次々に相手を変えて踊るものだった。
そして最後の曲だけ、カップルだけが踊る。
その時に相手がいないと輪から離れて見ているしかなかった。
最後の曲に二人で踊るということはみんなの前で付き合っているということを宣言するようなものだった。
冷やかす者もいたが羨ましいような顔をする者もいた。
踊っているものは恥ずかしいような、優越感に浸るような顔をする。
幸一は最初、知子が熱心にやっているのはそういう仕事が好きなのだと思っていたが、次第に幸一自身に気があるのかと思い始めていた。
ただ、確かめる方法がわからなかったので、決めかねていたが、フォークダンスの申し込みを受けて、やはり気があるのだと確信した。
野球部のエースも彼女を持つのは初めてだったので正直うれしかった。
野球漬けで時間がなかったので、女の子と付き合う機会はなかなかなかったし、周りもそんな雰囲気を感じていて、誰も彼にアタックしなかった。
また、実行委員長と副委員長が踊るというのはまた、全体の流れからすると自然な感じがした。
二人が踊れば、どうしようか考えているカップルも思い切って踊ってくれるだろう。
カップル同士の踊りは全員ではないのでどうしても数が少なくなってしまう。
極端に数が少なくなると冷やかしのほうが多くなってみんな踊らなくなってしまう。
実行委員長と副委員長が踊れば必ずしも恋人同士でないカップルも踊っていいよと見せているようなものだった。
実際、当日のフォークダンスでは幸一と知子が踊り始めると女の子同士で踊る人も増えてきた。
幸一が手で誘うとごく少数だが男同士で踊るやつもいた。
先生も一部踊り始めた。
文化祭は順調に進み、最後の後夜祭もそんな感じで過ぎていった。
幸一と知子はフォークダンスを踊っただけでその日は何もなく終わった。
ようやく文化祭が終わってほっとした気持ちのほうが大きく、それ以上のことを考える余裕がなかった。
文化祭が終わっても残務整理が残っており、二人はしばらくの間一緒に仕事をした。
備品を元に戻したり、原状復帰したり、お金の清算をしたりし、最後に文化祭の実行記録を作成し、実行委員会と学校側に提出しすべての仕事は終了した。
そうなると幸一はもう知子と一緒にやることがなくなった。
幸一は文化祭の仕事がすべて終了したので知子に最後に飯でもおごろうかと誘った。
知子は、映画に行こうと逆提案してきた。
幸一もそれには賛成し、そんな感じで二人は付き合いを開始した。
スポーツマンだし、格好もよかったから、幸一がもてるのは自然だった。
でも、彼自身は女性に手を出すタイプではなかった。
野球が忙しかったし、一応進学校だからそれなりに勉強もして忙しかった。
だから、初めてのエッチで幸一が早漏だということを幸一自身が知った。
知子も初めてのエッチだったから、幸一が早漏か否か断定するのは控えたが、しかし、10秒も持たないのはどう考えても早漏だろう。
知子は幸一と一体になったことに非常に感激し、幸せな気分になったが、幸一はそれどころではなかったようだ。
幸一もいろいろ準備をし、スキンはもちろんのこと、ローションまで用意していった。
そして挿入までは順調にいったのに、いざ、動き始めると予想以上に早く終わってしまい、幸一は大いに焦った。
いくらなんでも早すぎる。
知子を痛くさせてはいけないと思い、そっとやったのにも関わらず、あっというまに幸一は行ってしまった。
まともにやったらもっと早いということか?
幸一はそういうわけでひどく落ち込んだ。
そのことを実際知子は見ているから、そんな早漏の男が本当に浮気なんかするのかと思った。
早漏を気にする男が浮気なんかするのだろうか?
それとも薬か何かつけて時間を伸ばすような事しているのだろうか?
早漏対策として、幸一はウェッティを三センチ幅に切って、それを男性自身にのせ、更にその上からスキンを被せた。
こうすると数分は持った。
知子もある程度気持ちがいい状態になれた。
しかし、その方法も着脱するときは幸一は知子に見えないようにやった。
つまり、何かしらのコンプレックスを感じているようだった。
だから、その方法を浮気の時にやるとは思えなかった。
幸一も知子もセックスは嫌いではなかったが、結婚して仕事や育児で忙しかったのでそのうち事務的になっていった。
子作りの時なんか。五分で終わってしまうことがあった。
早漏のなせる技か?
前戯にたっぷり時間をかければ、五分で終わることもなかったのに、逆に早漏だからと五分で終わることに幸一は疑問を持たなかった。
ウェッティを被せる工夫はしても、それ以上の努力を怠った感じだった。
生活全体が非常に事務的になり、日々が平坦に過ぎていった。
それが浮気の原因なのだろうか?
刺激を求めて幸一は浮気に走ったのだろうか?
女遊びをするような人ではなかった。
女に目覚めて狂いだしたとも思えない。
相手の男性からは時々メールが送られてくる。
旦那さんが景子とどんな事をしたか書いてくる。
その無神経さが知子を苦しめた。
しかし、そういうことを書いてくるということはその男性も苦しんでいることを容易に想像させた。
怒りの矛先を自分の妻に向けられず、知子にメールを送って気を紛らわしていた。
そんなことだから、浮気されるのよと言いたかったが本当にそうだろうか?
何が何だかわからなかった。
知子が幸一に惚れたほうだからなかなか決断できないのだろうか?
生活力がないから、将来が不安だから決断できないのだろうか?
孤独を恐れて決断できないのだろうか?
しかし、本当にこのままでは壊れてしまいそうだった。
決断の時期は近いのかもしれない。