連載の基本概念です。
人間は負のエントロピーをとり、正のエントロピーを捨てる。(シュレーディンガー「生命とは何か」)
この場合、負のエントロピーとは食べ物であり、正のエントロピーとは便や汗をさします。
多くの人が生命とか環境問題に関してエントロピー(熱量を絶対温度で割った値)の概念を使って説明していますが、更に進んで私はエントロピーには力があり、その力で世の中は動き、さらにその特性を調べることで世の中の現象や人間の行動が説明できると考えています。
宇宙は膨張しており、エントロピーは増大します。
一方、宇宙のエントロピーが増大するので、それを打ち消すような現象が起きます。
すなわちエントロピーを減少させる力であり、それによっていろいろな現象が発生すると考えます。その力がエントロピーの力です。(木が燃えることは酸素と炭素の結合(エントロピーの減少)と発熱(エントロピーの増加)だが、エントロピーの増加のほうが大きいので燃焼は継続する。しかし、逆の言い方も可能であり、燃焼(エントロピーの増加)が酸素と炭素の結合(エントロピーの減少)を引き起こしている)
代表的な例が星の発生であり、その他に生命の発生であり、人間の思考、行動と考えます。
星は宇宙のエントロピー(の増大)を薄めており、微々たるものですが生命も宇宙のエントロピーを減少させています。
世の中は必ず貸借関係で成り立っています。貸借は経理の概念ではなく世の中一般的な事柄です。
インフレーション理論を提唱した佐藤勝彦氏によれば、物質を正のエネルギーとするならそれを打ち消すように負のエネルギーが存在し、それは何かというと重力などの「力」です。物質は重力なくして存在しないし、重力は物質がないと存在しません。
このように世の中は貸借で成り立っており、片方(エントロピーの増大)だけの現象が起きることはなく、からなず相反すること(エントロピーの減少)が発生すると考えるのはごく自然なことです。それがエントロピーの減少現象で世の中を動かす力です。
人間は食べ物を食べるだけではなく、思考や行動において常にエントロピーを減少させようとします。
なぜ、そうなるかといえば先ほどのエントロピーの力があるからです。
その前提で世の中の動きや人間の行動を解析できると考えています。
人間の思考や行動は物理現象としてとらえることができます。
今回いくつかの短編を書きましたが、エントロピーの立場から人間の反応を具体例としてあらわしたものです。
短編概要
1.スーパースター
天才投手という大きなエントロピー源が平凡な学校に転校した時に周りがどう影響を受け、変わっていくか
2.疑惑
浮気という大きなエントロピー源が発生した時に人間はどう反応するか
3.コンビニのバイト
完全犯罪の方法を手にした時人間はどう反応するか(SF風)
4.太郎の夢
底抜けに明るい性格の人間が現れた時どう反応するか
5.その時
死期の人間の対応
補足
宇宙のエントロピーが増大するので、それを打ち消すような現象が起きる。
代表的なものが星である。
星は、星間物質が集中し、巨大な重力が発生し、やがて核融合が起き、誕生する、と説明されるが、より本質的な表現で言えば宇宙のエントロピーの増大の反動として、それを減少させるために発生したといえる。
星のエントロピーを減少させる力に比べれば、生命の存在は微々たる物ではあるが、それでも宇宙のエントロピーを減少させている。
なぜ、人間は生まれたのかといえば、宇宙のエントロピーを下げるためと揶揄される。
宇宙が膨張しているから生命は生まれた、といえる。
そしてこのエントロピーを減少させることが、生命を発生させただけではなく、人間の思考や行動にも大きな影響を及ぼす。
人間はエントロピーを下げる方向で思考し、行動する。
まず、人間はエントロピーを下げるために食べる。
普通人間が食べ物をとる理由としては、栄養をとり、エネルギーに転化するなどと説明されるが、エントロピーの観点からみると、そういう表現になる。
生命維持が生き物の基本原則であるが、当然思考もそれに準じて行われる。
特に人間の場合、精神活動が活発で、エントロピーを下げる、つまり上昇志向が高い。
人間は初期の段階では何もできないから、勉強したり練習したりしてより高度なことができるように行動する。
何もできないほうが普通だから、何もできないほうがエントロピーは高い。
高度なことができるほうがエントロピーは低い。
従って人間は勉強したり、練習したりして自分をより高いレベルに向かわせようとする。
宇宙のエントロピーの増大を薄めるために人間は自己を研鑽をしてエントロピーを下げようとする。
なぜ、山に登るかと問われれば、そこに山があるから、であるが、エントロピーの観点から言うとエントロピーを下げるために山に登るのである。(何もしなければ人間は勝手に山に登るわけではない。山に登るという仕事をする必要がある。)
仕事上で成功すれば他の人から尊敬され、自分も自身を価値ある人間だと思う。
膨大な資産をもとに財団を作り寄付をたくさん行えば、周りから尊敬の念で接しられるので、自分が価値ある人間だと満足することができる。
芸術を極めれば、仮に周りが評価しなくても、自分自身が自分の中に価値を見出すことができる。
マズローの各段階の共通事項=本質はエントロピーを適切に下げるということである。その下げ方が低いレベルでは命の保持だったり、高いレベルでは自己の向上だったりする。
とにかく、人間はエントロピーを下げる行為を行う。そのために考え行動する、というのが結論である。
ところで、エントロピーは熱量と絶対温度の関係であるが、統計と同じような振る舞いをする。
その結果として確率的に低いものはエントロピーも低い、確率的に高いものはエントロピーが高いと言われる。
例えば熱い鉄と冷たい鉄をくっつける。
くっつく前のそれぞれのエントロピー値の合計とくっつけた後の温度が平均化したときのエントロピー値を調べると後者の方が大きい。つまりエントロピーは増大する。
熱い鉄と冷たい鉄をくっつけると熱いものは冷え、冷たいものは温まり、同じ温度になる。
エントロピーの増大は経験的に言うと自然らしさが増すということになる。
これを統計的に解釈する為に、熱い鉄には熱の粒が一杯あり、冷たい鉄にはそれが少ないと仮定する。
両者をくっつけると熱の粒は分散し、拡散し、平準化する。タバコの煙と同じでたばこの煙は拡散するのが自然であり、かってに偏ったり、収縮したりしない。
確率的には偏った熱の粒の状態より、平準化した熱の粒の状態のほうが取りうるケースが多いので平準化すると説明される。
エントロピーの増大は自然らしさを表し、確率的に高い状態をさす。
こういう理由から一般事象もエントロピーが高いとか低いとか言われることがある。
例えば人間は生きているときと死んでいるときどちらのエントロピーが高いか?
確率的に生きている状態と死んでいる状態を考えてみると死んでいる(生きていない)状態のほうがはるかに時間的に長いから、人間は死んでいる状態のほうが自然でエントロピーが高い。
つまり、人間は生きていくためにはエントロピーを下げなければいけない。
宇宙のエントロピーを下げている、薄めていると言われるゆえんである。
以上のエントロピーの観点からいくつかの現象を箇条書きにしてみる。
エントロピーを下げるものをエントロピー源とすると、食べ物がそれであり、精神的には未知の世界がそれに該当する。人間はエントロピー源を求め、あるいはエントロピー源がくるとそれに反応して行動する。同じエントロピー源でも人間(受容体)が違うと当然反応も変わる。
人間が山に登るのも宇宙に行くのもエントロピーを下げるためである。表面的には興味とか自己実現とかだが、本質的には無意識のうちにエントロピーを下げる行動をする
儀式(結婚式、卒業式、宗教、音楽)はエントロピー源であり、エントロピー値を大きく下げるために人は儀式を好む
お金そのものはエントロピー源ではないがエントロピー源を容易に手に入れることができるので人はお金を欲する。(場合によってはお金を稼ぐ行為自体がエントロピー源になるので使わずに稼ぐだけの人がいる)
進化とはエントロピーが低くなる方向で進む。人が2足歩行になったのはエントロピーを下げる進化の過程で発生した必然性でそれ以外の理由はきっかけに過ぎない。生命が進化、多様化するのは外的要因などの環境ではなく、あくまでエントロピーを下げようとする流れの上で起こる。
エントロピーを下げるエントロピー源(身近なものは食べ物)が大きく変化するとき(大きく不足する、大きく過剰になる)と世の中が大きく変わる。産業革命や戦争が起きる。戦争の大きな要素は資源(食料や金などの富)と力(侵略と防御)である。それらの均衡が崩れると戦争が起きる。逆言えばこの二つの要素を調べることで戦争の危機を推測することが可能となる。
人間は喜怒哀楽があるがそれが脳にとってのエントロピー源なので、喜怒哀楽を求めてしまう面がある。例えば人間は常に不安をもち、不安がないことに不安を感じてしまう。
食事は味覚を刺激し、脳にとってのエントロピー源となるので、人は食べることに関心を持つことになる。腹が減っていないのに食べることを楽しむ
先進国はエントロピー源(刺激)が一杯あるので、セックスや育児にエントロピー源を求める必要がない。失恋というリスクより安易に手に入るエントロピー源があるのでそれで十分である。むしろエントロピー源がありすぎて疲れ、セックスや育児を回避する傾向が生まれる。後進国は楽しみがすくないのでセックスは重要なエントロピー源なので子沢山になりやすい。先進国の出産率の低下は必然である。現代の先進国は携帯電話を中心とした各種の刺激が多数ある。そういうエントロピー源が一杯あるとますますそれにのめりこみ、疲れるから結婚などによるエントロピー源を求めようとしない。結婚しない一番の原因は、昔はテレビ、今は携帯電話である
麻薬は良質なエントロピー源である。良質というのは人間にとってよいということではなく効果があるという意味で良質ということである。劇的にエントロピーを下げるのでその分脳は仕事をして疲労する。場合によっては回復できないくらいの疲労が発生し、人は廃人化する。
麻薬をはじめるとエントロピーが劇的に下がるが、しばらくすると疲労が蓄積され、そんなにエントロピーが下がらなくなる。しかし、人はさらにエントロピーを下げようとするために量を増やしたり、作用の強い薬に手を出すようにしたりする。食事で言えばより味の濃いほうに嗜好は向いていく。
お寿司が大好きな人も毎日毎食お寿司なら飽きてしまう。同じエントロピー源ではエントロピーをある一定上下げることができなくなる(疲労が蓄積されて下がらなくなる)しばらく間を置くと疲労が回復してお寿司を食べたくなる。
セックスが好きな人でも強姦されるとほとんどの人はそれに拒否を示す。セックスは無防備な状態で行われるから、相手に信頼感がないと、無防備になれない。大好きなお寿司でもハエが飛び回っていたり、めちゃくちゃ暑かったりするところでは食べたくない。おなか一杯では食べられない。つまり、いくらエントロピー源であっても自分の求める条件にそぐわないと人間はそれを嫌がる。
サルも生殖以外のセックスをするし、浮気もする。類人猿は精神活動が活発だから本来の目的以外にその行為自体を精神的なエントロピーを低くするために活用する。
新しい恋人ができると自分の価値が上がったように思う。ふられると自分の価値がないように感じられる。恋愛はエントロピーを下げるから自分の価値はエントロピーの上下で決まる。
浮気するのは人間が自己の価値を見出すために行う。新しい恋人で自分の価値が上がったように思うのと同じである。
同じ女ではエントロピー値が下がらないので男は新たなエントロピー源を求める。浮気はエントロピー値を下げるための行為である
権力を持つものはそれを使いたがる。それを行使することでエントロピーが下がるからだ。力を持ったものは変化を求め、それを使おうとする。否、使わなければいけないと思う。アメリカが原爆を投下したのもそれが本質的な理由だ。
自慢はエントロピーが他の人より下がっているということを確認する行為で、それは儀式から得られる自己満足と同質のものである。
エントロピー源(食料)が少ないと一夫多妻である。一夫多妻は強い雄の遺伝子を求めるためといわれるが、むしろ、エントロピー源が少ないので子供を大量に養えない=雄は一匹で十分だから多妻一夫なのである。つまり、一匹の強い雄が多数の雌を支配するのではなく、多数の雌がたった一匹の雄でこと足りる、というのが実情である。エントロピー源が増加する(農耕の発達)と大量に養えるので一夫一妻になる。そのほうが大量に子供を生産でき、面倒を見ることができる。子供が大量に生まれることでさらに生産量が増加する。一夫一妻は生産性の向上から生まれた制度であって、倫理観の向上によって生まれたものではない。倫理観の変化はそういう環境の変化に伴って発生する。
何もすることがないと不安になる。自分の存在価値が見出せないから、自分のエントロピーが下がらないから不安になる。変化できなくなった時、人は死を選ぶ
細胞は積極的に死ぬことで新陳代謝を促進する。下手に細胞を長生きさせるとスムースな代謝が進まずエントロピーが下がらない。つまり長生きできない。一部の細胞を長生きさせても脳などの補充できない器官が残ってしまい、高齢者の痴呆を量産するだけある。種も積極的な死がないと種としての代謝が進まずエントロピーが下がらない。つまり高齢化社会は種として長生きできない。
地球上の生命体にとって種も一つの細胞でしかない。細胞はある期間で寿命を迎え死に、新しい細胞つまり新しい種に引き継がれる。類人猿という種もいずれは滅びる。
下等動物ほど子孫を作る段階で、子供の数が多く、高等動物ほど子供の数が少ない。下等動物は食べられる可能性が大きいので子供が多い、高等動物は育児が大変だから少ないと説明されるが、エントロピーの見地からすると下等動物はエントロピー(量)が少ないので多く子供を作れるが、高等動物はエントロピーが多いので少ししか生めないと解釈される。同様に先進国は国としてエントロピーが高いので社会として少ししか産めない。後進国は社会のエントロピーが低いので多産になる。
人数が多いとひとりひとりのモチベーションが低くなるが、それは人数が多いと全体のエントロピーが個々の少しの努力で大きく下がってしまうので、個人個人が頑張る必要がないからである。
生命や種は代謝を行う(前の状態を消して新しいものを作っていく)ことでエントロピーを下げ続けているが、クローンは代謝をしない=エントロピーを下げなから長生きできない。種としては絶滅する。
アフリカで人類は生まれ、世界に拡散したといわれるが、縄張りが少なくなるほど人口が多くなかったのに世界中に拡散していった。それは気体が薄くても拡散するのと似ている。人間の集団が流体力学にそって行動するのも、人間の意識が主体的に動くというより、外部の影響で人間の思考は形成されると理解したほうが素直である。
人間型ロボットを作るにはエントロピーを下げるように思考し、行動するように作る必要がある。
100人の平均値で顔を作ると美人になる。美人とは平均値である。平均というと確率的に高いようであるが実は確率的には低い(エントロピーが低い)。平均値は他の値に比べて件数は多いが平均値はひとつしかないので平均値と平均値以外の総数を比べると平均値以外の件数が圧倒的に多い。美人はエントロピー値が低いから人はそれにあこがれる。
現代はエントロピー源が多様化し、安易に得られるようになっている。昔より刺激的である。そういう世界ではいじめが陰湿化する。昔は刺激物がすくないから陰湿でないいじめでも十分なエントロピー源だったが、今はそれでは相対的に不十分なので刺激を求めて陰湿になる。だんだん食事において味が濃くなるようにいじめも濃く陰湿になる。
仕事場のほうが自己実現を実感しやすい(エントロピーを下げやすい)ので働く人間は家庭より職場を優先しがちである。ある意味仕事はやることが明確で区切りがあって達成感を得やすいが、家庭は区切りがなく、達成感が得づらい。
結婚する前のセックスや権利で結婚した後のセックスは義務である。人間は権利に対しては快感を得るが義務に関しては苦痛を感じる。
エントロピーを下げるには仕事をしなければならない。仕事をすると疲れる。従って人間はセックスをする前にも遠足に行く前にも勉強する前にもブルーになる。
宇宙が膨張し続ける限り生命も宇宙のエントロピーを下げるため進化する。生命の進化もまだ止まっていない。
相反する事は(エントロピーの増大と減少)人間の行動にも現れる。人間は崇高なものを得るために苦行を行う。崇高なものの中に苦行はないはずだ。豊作を求めるために生贄を捧げる。豊作の中に生贄はないはずだ。
小さな星は緩やかに燃焼するために寿命が長い。
一方質量が大きな星は激しく燃焼するために寿命が短い。
シーラカンスはほとんど変化しない生命なので種としての寿命が長い。
恐竜は変化が激しいので種としての寿命が短い。
隕石が原因で絶滅したといわれるが、大きくなりすぎ、種として変化できなくなったので絶滅したと解釈するほうが適切だ。
隕石はきっかけに過ぎない。
生命はある期間で種としての寿命が尽きてしまう。
要は進化できなくなった種はエントロピーを下げられないので絶滅するしかないのである。
人類はそういう意味で変化の激しい種であり、恐竜より短命であることが想像される。
現代人が生まれてわずか数万年であり、蒸気機関、電気を得てわずか数百年、核を手に入れて数十年しか経っていないのに、加速的に文明は進化し、エントロピーを下げている。
人類は種として、生命としてエントロピーを下げる以外に、文明によってエントロピーを下げている。
そういう意味で今までの生命の例はあまり参考にならない。
種として変化できないから絶滅するのではなく、文明として変化できなくなって絶滅する可能性もある。逆に急激な文明のエントロピーの増加(文明の発達)によって人類のエントロピーが下げられなくなる(人口が増加できなくなる)可能性もある。