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つまりはいわゆる田舎者


 十月二十日 十四時十二分 古見掛市 南区 オフィス街 



 「しつこいとは思うけど、やめた方がいいって」

 「……」

 「まだ〈奴ら〉の動きも掴めてないし、せめて一泊していった方がいい。街を出るころには夜になってるよ」

 「……」

 「悪い事言わないよー。この街に居る限りは安全だし、しばらくゆっくりしていった方が……」

 「……」


 川を横断する橋の上、一人の少年がナンパかキャッチセールスの様に、一人の少女に付き纏っていた。

 しつこく言い寄る少年に一言も返さず、少女は足早に道を急ぐ。

 編み上げブーツにデニムパンツ、薄いストライプのシャツにカーディガンを着込み、その上にコートを羽織っている。

 首回りのファーに顔が半分埋もれていたが、間違いなくラヴィニア・バニ・ルナティクスその人だった。


 (うう、最悪の展開になってしまった……)


 付き纏う少年、本条正也は肩を落としながらも、健気に声を掛け続ける。


 結局、ラヴィニアの信用を得ることは出来なかった。


 何度となく説明と説得を繰り返したのだが、ラヴィニアは得体の知れない勢力に身を置くことを拒んだ。即ち、この街から立ち去る事にしたのである。

 判断そのものはもっともだ。怪しげな人間の語る怪しげな勢力に、好き好んで属したい人間などそうそういない。常識ある人間なら当然の考えだろう。


 (しかし、それも普通の状況ならの話。明確に害意を持っている勢力に追われている以上、例え怪しげな勢力でも、力を借りることもやむを得ないことはある。明確な敵より、信用ならない味方の方がいくらかマシ……いや、信用ならない味方よりは、明確な敵の方がマシなのか?)


 ラヴィニアの判断基準は分からないが、何にせよ本人が拒む以上、無理に保護することもできなかった。

 正也に出来ることは、どうにかラヴィニアを一時的に引き止めることだけだ。

 一刻も早く街を去ろうとするラヴィニアに食い下がり、宥めすかし、土下座まで用いての引き止めによって、どうにか医師への連絡と着替えの確保だけは済ませたが、それが限界だった。


 (外出に関しては、担当医のお墨付きをもらえたけども、〈奴ら〉の動向や所在はさっぱりわかってないからな。はっきり言って無謀だよ、ラヴィニア)


 昨晩遭遇した白装束の一団に着いては、当然警察と、警察経由で市役所に届けてあり、調査が行われていたが、今のところは何もわかっていないというのが実情だった。


 「そうそう、昨夜君を襲っていたあの連中、〈奴ら〉は一体何者なんだい? そっちの情報が少しでもあれば、僕たちで何とかできるかも……」


 ラヴィニアの周囲を人工衛星の様にグルグルと周回しながら、正也は必死に話しかける。

 それでも、ラヴィニアは答えなかった。




 (何だ、何なんだこの街は。いや、そもそもこれは「街」なのか……?)


 周囲に聳えたつ、桁外れに巨大な建造物に潰されそうな重圧を感じながら、ラヴィニアはどうにか歩いていた。右も左も天を突く壁の様な建物、やたらと広い道路の両端を通行人が忙しなく行きかい、中央部を光沢のある素材で作られた乗り物が、異音を発して行き来している。


 (神殿、聖堂の様な宗教施設……ではないな。そんなものをこれだけ林立させる必要が無い。王侯貴族の居城も考えにくい。では、何らかの商業施設? まさか大衆の住居ということはないと思うが……)


 忙しなく視線を巡らせて周囲を観察し、地理の把握に努めようとはするが、その度に理解不能な建造物やオブジェに気を取られ、脳がいささか機能不全気味だ。

 実のところラヴィニアは、正也の話を無視しているわけではなかった。

 ただ、どこに視線を向けても目に入ってくる奇奇怪怪な光景に、彼の存在が意識からはじき出されているに過ぎない。


 (私の知る最大の建築物でも、この街に並んでいる建物にはそうそう及ばない。素材も技法も、何もかもが違う。ここは一体、何だというんだ……)


 昨夜、この街に迷い込んだ時は、切羽詰まっていて気にする余裕も無かったが、落ち着いて見回すと目に映る全てが非現実的だ。異国、というにもあまりに現実離れし過ぎている。


 あまり考えたくはないが、伝承や神話に出てくる異界、もしくは天国、地獄の類と考えた方が説得力がある。そしてそれを肯定する判断材料が視界を埋め尽くし、否定する材料がどこにもないのが現状だ。


 「~~~~っ!」


 交差点に差し掛かったラヴィニアは、立ち止まってガシガシと後頭部を掻き毟り、頭を振る。


 今のラヴィニアは、未知の文明に迷い込んだ遭難者、紛う事なきお上りさんであった。


 問題は、物見遊山に来たわけではない彼女にとって、この街は栄えに栄えた大都市ではなく、未知の人外魔境にしか思えない事だ。いつどこから悪意の存在が跳び出してこないとも限らない。そう思うと全く気が抜けないが、想像だにしたことのなかった景色が気を散らす。眼前の鉄柱にも、よくわからない謎の照明が据えられ、緑の光がチカチカと明滅している。


 (早い内にここを出よう。遠くに山並みも見えるし、野に出れば、少なくとも身の隠し方は分かる)


 周りに気を取られず、ただ前を見据えて、ラヴィニアが再度足を踏み出した時だ。


 「ストップ、ちょい待ち!」


 踏み出した途端、何者かにむんずと肩を鷲掴みにされた。


 「っ!?」


 反射的に振りほどき、飛び退きながら声のした方を振り向く。

 が、肩を捕らえる力は思いの外に強かった。実際には飛び退くことはおろか、僅かに身体を捻るのが精いっぱいだ。


 「ちょっ、待って待って! 危ないからちょっと待って!」

 「む……」


 肩を掴んだ相手に振り向き、ラヴィニアは僅かに、本当に僅かに警戒心を緩めた。


 「本条正也。まだ居たのか」

 「……さらっと心抉るね、君は。居たよ、居ましたよ。いけない?」

 「別にいけなくはないが、何の用だ?」

 「今、最優先の用事は、君に立ち止まってもらう事だね」


 手を放した正也は、ラヴィニアが横断しようとしていた道を指さす。見れば、先程まで人が大勢横断していた道を、大量の乗り物が縦断している。もしあのまま足を踏み出していれば、撥ね飛ばされるぐらいはしただろう。


 「むう……」

 「人と車両が交互に道を使うっていうのがこの街の、いや、この「世界」のルールだからね。覚えといて損はないと思うよ? ちなみに、あそこの赤い照明が緑色になったら、渡っても大丈夫」


 世界、という言葉にアクセントを置いた正也に、ラヴィニアはじっとりとした視線を向けた。


 「私の出自を知ったのか」

 「漠然と察しただけで、何もわかってはいないよ。ただ、話しかけた時の無反応さが、ちょっと妙だなと思って。僕を無視してるというよりは、呆気にとられてるような感じだったしね。よく見たら物凄くキョロキョロしてたし。多分、ここは君が生きてきた場所とは、だいぶ様子が違うと見るけど、どうかな?」

 「……その通りだ」


 否定する言葉が何一つ思い浮かばず、やむなくラヴィニアは頷いだ。


 「あ、やっぱり」


 あははー、と呑気に笑う正也の姿に、マズい、とラヴィニアは感じた。

 病室の時と違い、随分と態度に余裕が見て取れる。当然だろう。こちらが右も左もわからないとい事実をはっきりと把握したのだ。イニシアチブを完全に握られたに等しい。

 どうするか。ラヴィニアは眼前でニコニコと笑う少年への対処を、必死に考え込んだ。


 (悪人と断じれる男なら、まだ分かりやすいのだがな……)


 悪人が一目で悪人と分かる姿、態度をしていれば苦労しない。


 (見返りも無しに、得体の知れない集団に追われる者を匿う。そんなあからさまに怪しい話を持ってくる以上、信用ならないのは事実だ)


 窮地に陥った者に手を差し伸べる者は二種類ある。本心から手を差し伸べる者と、もう一方の手に刃物を隠し持っている者だ。渡りに舟と言わんばかりの美味い話を持ってくる者は、大抵の場合後者に分類される。


 (が、あまりにも怪しすぎる話を持ってくる辺り、こいつ本人は、本心から私を救おうとしているのかもしれん。新興宗教にのめり込んだような、冷静さを欠いた善意ということもある)


 正也を擁する勢力の上層部はともかく、正也本人は理想論染みた街の概要を信じ、ラヴィニアに保護を進めているのかもしれない。


 何にせよ厄介なことに変わりはない。早い内に人ごみに紛れて撒いてしまった方が無難だろう。


 「ねえ、もしかしてさっきから失礼な事、考えてない?」

 「む?」


 問い掛けに意識を戻すと、正也が何やら不服そうな顔でこちらを見つめていた。


 「……別に。何でもない」

 「そう? 何かさっきから、もの凄くジトッとした目で見られてた様に思うんだけど」

 「気のせいだ、忘れろ」

 「むう……」


 フイと正也から目を逸らす。見れば、先程正也が指さしていた照明器具が緑色に光っていた。何人かの通行人も道路を渡り始めていく。

 ラヴィニアは軽く一息吐くと、正也に背を向けて歩き出した。一応、車両が突っ込んでこないことを確認し、道路を渡り出す。


 「ねえ、ラヴィニア?」

 「……なんだ。言っておくが、戻る気はないぞ」

 「うん。僕も無理強いはしたくないしね。君がそこまで言うなら仕方ない」


 意外にも、正也はあっさりと退いた。


 「それは助かる。だが、それなら何故付いてくる? 誘うつもりがないなら、もう私に用はないだろう」

 「別に? ただ一緒に行きたくなっただけ」

 「ほう、偶然同じ方向に歩いているだけだと?」

 「いやいや。そもそも僕は今日、休日だからね。プライベートで女の子と話がしたい、てのは変な話でもないでしょ?」

 「市からの使いや事業者としてではなく、あくまで個人的に歩いている、と言いたいわけだな?」

 「イエス。あくまで個人的に、お話聞かせて欲しいな、と」


 そう来たか。

 この街が信用できないなら、自分個人を信用しろ、といったところだろう。


 (そう簡単に切り替えが出来ると思って……いないか。要するに付き纏いを認めろ、という口実だな)


 仮に自分が拒否したところで、有無を言わさずに付いてくるだろうが、一応の題目はでっち上げられたことになる。


 逃げるか?


 一瞬、そんな選択肢が頭を過るが、すぐに首を横に振る。

 どうやって? この人ごみの中、昨夜の様に宙を跳んで行くというのか? あまりにも目立ちすぎるだろう。それに、仮に正也の言うとおり、本当にこの街が〈奴ら〉と敵対しており、その手からラヴィニアを奪取したとすれば、自分を追跡することなど朝飯前だ。

 下手に事を起こせば要らぬ注目を浴びる。それこそ〈奴ら〉を呼び寄せるようなものだ。


 「わかった。好きにしろ」


 深い深い溜息を吐き、ラヴィニアは腹を括った。


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