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頼れる奴ら(モブ)

 睨み合う二人が声のする方向、建物内への入り口に目を向けると、そこに一人の少年が立っていた。


 詰襟の学生服に身を包んだ、筋骨隆々の大男だ。些か彫りの深い顔に、刃物の様に鋭い瞳を輝かせている。肉食獣を擬人化したような、生命力に溢れる姿で仁王立ちしている。

 フランスパンのおばけのようなリーゼントを頭に乗せた、一昔前のツッパリ染みた風貌だが、妙な威厳や威圧感を纏っていた。


 「……何だ貴様?」

 「おや、君は……」


 正也にツッパリの知り合いはいなかったが、その風貌にはどこか見覚えがあった。


 「職場体験の時は世話になったなぁ、本条さん。クラスの連中も感謝してたぜ」

 「あ、やっぱり。去年の古見掛第三中学校の生徒さんか。どうしたのその恰好? 高校デビュー?」

 「うんにゃ、俺は当時からプライベートはこんなだ。公の場ではキチンとするがな。それより何の騒ぎだい? 人ん家の屋上でよ」

 「あ、ここに住んでるんだ。いや、ごめん。ちょっとかくかくしかじかで、お騒がせして申し訳ない」


 古今東西、これ以上ないほど簡潔で合理的な説明と、近所迷惑を掛けた謝罪とを述べる。

 

「やっぱりそーゆー流れかよ。よし、その喧嘩、俺にも噛ませてくれや」


 ツッパリ少年は不敵な笑みを浮かべ、自身を親指で指さした。


 「え? いやしかし……」

 「なぁに、気にすんな。いつまでも頭上で騒がれても困るし、さっきの啖呵を聞かされちゃあ、ツッパリとして助太刀しないわけにゃあいかねえよ」

 「さっきの……うわあっ!? どこから聞いてたんだ!?」


 勢いとテンションに任せた先程の言動を思い出し、正也は顔を青くした。


 「僕は世の中に許せない物が二つある! の辺りからだな。その時のアンタ、いい目してたぜ。コンビニで成人向けコーナー前を行き来する中学生みたいな真剣な目だった」

 「へ、変な例えをするな! いや、間違ってはないかもしれないけど……いや、間違ってる!」

 「冗談だよ。漢の目には違いなかったぜ。弱気を助け強きを挫く、男の生き様の見本みたいな目だ」

 「それはどうも……」

 「まあ、英雄色を好むとも言うしな。俺にそっちの趣味はねえが、アンタの性癖は尊重するぜ?」

 「うわああああやめてくれええええ!」


 自らの醜態を蒸し返され、正也は少女を抱いたまま悶え狂う。


 「ええい、うるさい! どいつもこいつもふざけおって、そんなに殺されたいか!?」


 もはやグダグダな様相を呈している状況に、とうとう少年がキレた。最初に見せていた余裕のある冷笑はどこへ行ったのか、引き攣った顔を真っ赤に染めて怒鳴り散らす。


 「っと、いけねえ、忘れてたぜ」

 「ああもう、いっそ逃げ出してくれてればよかったものを」


 一方、懐かしの再会を果たして盛り上がった二人は、すっかり舐めきった態度で少年を見やる。


 「まあ、ガキをいたぶる趣味はねえし、大人しく降参するんなら許してやるぞ?」

 「正直、危険人物だとは思うけど、これ以上悪さをしないなら警察に突き出すだけで済ますよ」


 気風の良さそうなツッパリ少年も、基本的に温厚な正也も、悪党相手とあって言葉の端々に棘がある。傲岸不遜を形にしたような少年を完全に怒らせるには、十分すぎるものだった。


 「ハッ……ハハハハッ! いいだろう、もはや命乞いも聞く耳は持たん!」


 怒りの表情を通り越し、哄笑を吐き出した少年は、さっと片手を挙げた。

 それを合図に、屋上に無数の白い影が跳び込んできた。ローブを纏い、手にはナイフを携えた、絵に描いたようなファンタジータイプの戦闘員が、約七十。


 「センセーよぉ、ちょっとばかし数が多くねえか?」

 「ん~、普段なら五分もあれば、全員倒してもお釣りがくるんだけど、今は両手が塞がってるしなぁ」

 「クハハハッ! 今さら悔いても遅いわっ! 殺せぇ! 娘は私が確保する、貴様らは昭和の遺物を土に還してやれ!」


 愉快そうに笑い、しかし目を血走らせた少年の号令に、白装束達は一気にツッパリ少年に迫る。同時に、指揮を執る少年も正也へと突っ込んでくる。


 「おもしれえ、なら俺は四分半で片づけてやる! センセー、それまで逃げ切れるか!?」

 「巻き込んですまないね。でも、君がこいつらを全滅させるより、僕があいつを畳んじゃう方が早いよ。強いみたいだけど一人だし、何より馬鹿っぽいし」

 「ハハハっ、そいつぁ違いねえ!」

 「あああああああ! 腹が立つ! そのふざけきった態度に、私の怒髪が天を突く!」


 正也の挑発に面白いほどあっさり乗った少年は、完全に二人の纏うムードに飲まれていた。

感情的にならず、冷静に場の空気を染め直して二人を飲めば、まだ勝機もあったし、自分の側頭部に向けて、恐ろしい勢いでフライパンが投げつけられた事にも気付けたのだが。


 「へぶっ!!?」

 

 結局、少年は飛来するフライパンに横っ面を張り倒され、盛大に倒れ込んだ。

 

 「おっ?」

 「うん?」



 少年が突然倒れ込んだことで、白装束達も正也達も動きを止める。少年の顔でバウンドしたフライパンが床に落ち、コーンと音を立てた。


 「騒々しい上に、随分と物騒な事をしてるねえ。今何時だと思ってんの?」


 ツッパリ少年の背後から、機嫌の悪そうな声が響く。

 全員がそちらに目を向けると、割烹着を着込んだ一人の老婆が立っていた。


 「げっ、お向かいの婆様……」

 「げっ、とは何だい。失礼な子だね」


 ツッパリ少年の前に出て、腕組みをして周囲を睥睨する。


 「ちょっとお兄さん、この状況がわかるんなら、説明してくれないかねえ?」


 倒れ伏す白装束と黒衣の少年、そして凶器を手に溢れかえる白装束の集団を見渡した老婆は、最期に正也に目を向け、問い掛けてきた。


 「ああ、お騒がせしてすいません。実は、かくかくしかじか……」


 正也の説明を聞き、老婆は呆れかえったように溜息を吐く。


 「まるまるくまくま、という訳かい。まったく、最近の悪党は女の子一人満足に攫えないのかねえ。こんな大人数で、見てるこっちが恥ずかしいったらないよ」


 ぶつくさと言いながら、老婆は両腕を捲り上げた。


 「しかし、何かと思えば珍しく人助けかい。そんな格好してる割には感心だね」

 「うっせー婆さんだな。俺ぁ他人様に迷惑掛けるような真似はしない主義なんだよ。その辺のチンピラと一緒にすんじゃねえや。そもそもそんなしょっちゅう人助けする場面に出くわすかよ」


 褒められたのか叱られたのか、些か微妙な声を掛けられたツッパリ少年は苦い顔で吐き捨てる。


 「それじゃお兄さん、私が助太刀してあげるから、悪いけど早いとこ片付けちゃってくれる? 年寄は夜が早いってのに、こう騒がしくちゃ眠れやしない。まあ、まだ洗い物が済んでないから寝れないんだけどね」


 そう言って、老婆は何処からともなく竹刀を取り出した。






 

 「すいません、病院に連絡まで入れてもらって。大変助かりました」


 屋上に降りたドクターヘリに乗り込みながら、正也は老婆に頭を下げた。


 「いいさ。怪我した子供がいれば、誰だってそうするもんだよ」

 「そうそう、この婆さん携帯新しくしたもんだから、使う機会がちっとでも欲しいだけなんだよ」


 老婆の肘鉄が、軽口を叩くツッパリ少年の鳩尾をぶち抜く。


 「ぐはあっ……お、恐ろしいババアだぜ。それなりに鍛えてた俺の鳩尾に、あっさりとダメージを……」

 「伊達に改造手術受けちゃいないよ。若いモンとはいえ、生身の人間に負けやしないさね」

 「ぐげげ……つったって、魔術的なモンで、腕力には、関係、しないだろう、が。ガクリ」


 崩れ落ち、ぶるぶると震える少年と、不敵に笑う老婆の姿に苦笑しつつ、正也は屋上を見渡した。


 「結局、何者だったんでしょうね。この連中は……」


 正也の視線の先、コンクリートの床の上には、無数の白いローブが散らばり、裾や襟元から砂煙が立ち上っていた。その周りでは通報を受けて駆け付けた警官たちが、残っている砂をビンに詰めてサンプル採取を行っている。


 「ぶっちめて数分で砂になっちまったからな。ゴーレムとかその辺の類か?」

 「あの黒服の坊やを捕まえられれば、何か分かったかもしれないけど、まあ、今はあれこれ推測しても意味はないさ」


 老婆の参戦もあり、正也たちは二分半で白装束の集団を打ち倒したのだが、彼らはいつのまにか、乾いた泥人形の様に崩れ落ち、風に散っていった。それを見た黒衣の少年も、憎々しげな視線で正也を睨み付けると、素早く夜の街へ消えて行った。


 正也としては追いたいところだったが、負傷した少女を抱えたまま、あるいはほったらかしにしたまま追跡するわけにもいかず、結局警察への通報に留まっていた。


 「では、今から出します。乗り込まれない方は下がってください」

 少女を寝かせた担架を機内に固定し、ヘリの離陸準備を終えた救急隊員が声を上げる。

 「では、僕は医師に状況を説明しないといけないので、すみませんが、これで失礼します」


 正也は申し訳なさそうに少年と老婆に告げる。


 「なあに、気にすんない。お姫さんによろしくな」

 「ご苦労さんだったね。警察の方に事情は軽く説明しとくよ。まあ、あんたにも追って聴取があるだろうけどね」


 後始末を押し付ける形になったにも関わらず、気さくに見送ってくれる二人に一礼すると、正也はヘリのドアを閉めた。


 「お待たせしました、お願いします」

 「わかりました。機体が揺れるので気を付けて」


 操縦士が告げるのと同時にヘリががくんと揺れ、あっと言う間に眼下に夜景が広がった。


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