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何だか気まずい説明回


 ドクトルの入室から数分後、正也はベッドに腰掛け、両手を上げ下げしていた。


 「違和感や痛みなく動いてますか?」

 「ええ。ごく普通に動かせてます」


 背中に手を当てながらドクトルが尋ねてくる。正也は普通に返そうか、それとも丁寧語で返そうか一瞬迷ったが、仮にも主治医なのだし、丁寧語で返すことにした。


 「普通に喋ってもらっていいですよ? それじゃあ、次は両手をグー、チョキ、パーしてもらえますか?」

 「あ、はい……じゃない。うん」


 遠慮を一言で切り捨てられ、正也は不器用に口調を直す。


 「動きはきちんとしてますね。やっぱり痛みとかはないですか?」

 「うん。これといって変な所はないよ」

 「ふむ。では、ちょっと失礼しますね」


 正也の背、ドクトルの掌が当たっている部分に、彼女の体温以上の熱が感じられた。


 「はい、軽く魔力を流しますね~」


 途端、正也の全身から力が抜けた。


 「おおっ?」


 ぐらりと傾く身体に力を入れようとするが、筋肉が全く反応しない。ラヴィニアが慌てて支えてくれたが、でなければベッドの上に横転していただろう。


 「あ、ありがと」

 「いや、このぐらいは」


 ゆっくりとベッドに寝かされながら礼を言う。

 ラヴィニアの声はあまり元気がない。正也の症状を気にしているのだろう。


 「ふうむ、これはもう間違いありませんね」


 顎に手をやり、ドクトルは小さく唸った。


 「魔力神経によって本来の神経系の機能が阻害されています。アレルギーかもと思ってましたが、もう少し単純な問題みたいですね」

 「えっと、どういうこと?」

 「本来、本条お兄さんの身体の神経系には電気信号をやりとりする機能しかないんです。でも、今は魔力神経、魔力を流すための配線みたいなものですね。それが入り込んで本来の神経系に絡みついてしまっているんです。だから急な運動をしたりすると、そっちに電気信号が持っていかれたり、逆に入り込んできたりして誤作動を起こしているんです」


 カルテの隅に図を描きながらドクトルは丁寧に説明した。


 「本来は魔力神経を持たない人の身体にそれが形成されることは珍しい事ではありません。自作の物を移植する人もいますし、他者から奪って取り込む場合や、魔導に通じた人と何らかの魔導絡みの契約を交わせば自然に形成されます」


 契約、という言葉に、正也は昨夜のラヴィニアの口づけを思い出す。


 「恐らく、原因は契約だ」


 ラヴィニアが重々しく口を開いた。


 「昨夜、私は正也と契約した。直後に、今と同じ症状が現れた」


 自分の罪を告白するように苦しげな顔をするラヴィニアに、正也は思わず声を掛けたくなったが、何を言えばいいのかさっぱりわからなかった。自分は魔導の専門家ではない。にわか知識の下手な気休めはどんな地雷を踏み抜くか想像がつかない。


 「その契約、どういった類の物か、成否はどうだったか、お聞きしてもいいですか?」


 ラヴィニアは小さく頷き、とつとつと語り始める。


 「ありふれた……とこの世界では言わないかもしれないが、単純な主従契約だ。私の種族はもともと、奉仕種族として品種改良された種がベースにあるらしい。生まれつき優れた魔導を行使できるが、絶対条件として主への服従がなければならない。その契約を交わせば、私の魔力神経の枷は外れ、主は私の魔力を用いて魔導を行使できるようになる、筈だった」


 ふむふむ、と正也は無意識に頷く。

 昨夜ラヴィニアが突然に飛行という能力を発揮し、自分の怪我が回復した理由はそれか。


 「筈だった、という事は、あまり首尾よくはいかなかったんですか?」


 遠慮がちにしながらもズバっと尋ねるドクトルに、ラヴィニアは苦い顔で肯定する。


 「そうだ。契約自体は成ったようだが、私は想定したほどの力を使えず、正也にはこの症状が現れた。完全な失敗だ」


 あまりにも沈んだ声のラヴィニアに、正也は痺れを切らして声を掛けた。


 「あの……そんなに落ち込まないでよ。何にせよ、そのおかげで助かったんだしさ」

 「そのせいでおまえは今動けずにいるんだ」

 「いや、そのおかげで命があったんだし……」


 正也はさらに言葉を続けようとしたが、それはドクトルに咳払いで止められた。


 「契約自体は失敗した。差し障りなければ、契約時の様子を話してもらえますか? 可能な限り、詳細に……」

 「様子、と言われてもな。状況が切迫していたからな。私が一方的に契約を結んだだけだ。手順自体に不備はなかったと思うが……」


 言い淀むラヴィニアを対照的に、ドクトルがぴっと人差し指を立て、「それです!」と叫んだ。


 「つまり、本条お兄さんの同意がない状態での契約だったわけですね?」

 「まあ、それが契約だとも気付かなかったし、ね」

 「……」


 罪状をさらりと詐欺染みた表現にされ、ラヴィニアの視線がさらに下を向く。


 「原因はそれですね。不意打ちで無理矢理に成された契約だから、本条お兄さんの身体が魔力神経を異物として拒絶した結果、中途半端に神経回路が形成されて本来の神経と混線してるんです。昨夜倒れたのはそれで脳を含む神経が極度に疲労してしまったことが原因でしょうね」


 びしり、と身体を硬直させてラヴィニアはさらに落ち込む。


 「えっと、治療法なんかは……」


 これ以上原因についての話を続けるとラヴィニアの精神をおろし金に掛けるような事態になりかねない。そう判断した正也は早々に原因究明を切り上げ、治療法へと話題をシフトする。


 「治療方法自体は単純です。手術で魔力神経を取り除くか、あるいは契約を完全なものにするか。現状で上げられるのはこの二点ですね。もう少し詳細を調べれば、他のプランも出せそうですけど……」


 ドクトルは言葉を切り、ダメージの蓄積してきたラヴィニアを見やる。


 「……まあ、それは少し間を置いてからの方がよさそうですね。立ち眩みに近いレベルで症状が出てるので、早い内に処置した方がいいのは事実ですが」

 「……ちなみに、手術の場合はどのくらい必要になりそうかな。時間、費用、双方で」

 「昨日の騒ぎの報復を憂慮しているならおすすめは出来かねます。手術自体は数時間で済みますが、リハビリに数日を要しますから。もちろん、病院も全力を挙げてお守りしますけど、その間無防備になるのは誰だって不安でしょうし。ちなみに費用的には戦闘に端を発した傷病ですから、市が負担してくれますよ」

 「契約の場合……は、ラヴィニアに聞くしかないか」


 真っ白になっているラヴィニアに目をやり、正也は困ったように呟く。


 「ああ……すみません、私ってどうにも配慮に欠ける所があるみたいで」


 医療従事者としてはかなり重要な問題を苦笑いで告白できるあたり、この少女は大物と言っていいだろう。原因が自分にあると理解しているだけ上出来と考えるしかない。


 「ありがとう。後でラヴィニアに聞いてみるよ」

 「そうされた方がいいですね。ラヴィニアお姉さんはもう退院可能ですし、本条お兄さんも、院内なら出歩いてもらっても大丈夫ですよ。でも、立ったり座ったりには気を付けてください。激しい運動なんてもっての外ですよ?」

 「ん。気を付けるよ」


 ドクトルは満足げに頷くと、カルテに何事かを記入して部屋を出る。


 「あ、そうそう」


 しかし、出掛けに振り向いたドクトルは、ラヴィニアと正也を交互に見やった。


 「ラヴィニアお姉さん、こう見えて結構精神的に参ってますから、そういった意味でもお話を聞いてあげてくださいね。本来ならそういうケアも私達の仕事なんですけど、まだ他人と変わらない私より、本条お兄さんの方が色々と上手くいきそうですから」

 「僕も顔を合わせた時間はまだ二十四時間に満たないんだけど?」


 その正也の返答に、ドクトルは意地悪い笑みを浮かべた。


 「とてもそうは見えませんでしたよ? さっきのハグなんてどう見ても恋人同士のそれでしたけど」

 「は、ハグ!?」


 思ってもみなかった言葉に困惑の叫びを上げる。

 流石にそこまで甘い行為に及んではいない。及んでいないが、成程、傍から見ればそう見えなくもないかもしれない。


 「あれ、違いましたか?」


 それは失礼しました、などとのたまい、ドクトルは逃げるように病室を後にする。

 完全に動揺してしまった正也は、一切の抗弁をする余裕もなく取り残された。


 「一体いつから覗いてたんだか……」


 どうにかそれだけ呟くと、正也はそろそろと上半身を起こした。


 「まさか恋人扱いとは、困ったもんだね……」


 ばつの悪い笑みを浮かべながら、正也はラヴィニアへ声を掛けた。

 ほんの軽い気持ちだった。あくまでも会話の糸口として、まだ気を取り直しているかもわからないラヴィニアに話しかけたに過ぎない。

 が、そこにある光景は少々正也の予想を超えていた。


 「あ、ああ……まったくだな」


 いつの間に正気に戻っていたのか、あっさりと言葉を返してラヴィニアは言った。

 問題はその顔色と表情だ。

 先程までの思い詰めた様子や、真っ白になっていた顔色は何処へ行ったのか。頬を朱に染め、上気した顔で忙しなく視線を彷徨わせている。

 気まずげな顔で髪をいじっている様がいやに絵になっているというか、気恥ずかしげな表情が何ともたまらない姿だ。

 それだけなら何とも愛らしい姿に微笑ましくもなるのだが、その照れくさそうな視線をチラチラ向けられる身としては、そんな感想を抱く余裕が無い。


 (ちょっと、そんな反応されるとこっちまで意識しちゃうんですけど……)


 口に出すわけにもいかないので心中でぼやきながら、正也は咳払いで自分に発破を掛ける。


 「え、えっと。それじゃあ、どうしようか。せっかくいい天気だし、散歩でもしながら話そうか」

 「う、うむ。そうだな、それがいい」


 また覗かれたりしてはたまらないというのは二人の共通見解だろう。院外とは言わないが、ともかく病室からは出た方が良さそうだ。

 しどろもどろになりつつも意思の統一を果たし、二人はそそくさと身支度を始めた。


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