ヒロイン覚醒(未遂)
「ええい、中の様子はどうなってるんだ!?」
「そいつが分かれば、こんなちまちまやらずに突破できるんだがな!」
救出部隊本隊、合流したソーカル隊、市民達は、怪獣を守るように組まれたバリケードに苦戦を強いられていた。
触手自体はさして手強い相手ではない。個人の携行装備で十分に対処できる。
しかし、その圧倒的な物量が厄介だった。
携行装備では数本をまとめて薙ぎ払う事は出来ても、数百本の触手が何重にも張り巡らす障壁を突破するのは厳しい物がある。
大威力な武装なら突破はおろか、殲滅さえ容易にできるだろうが、それを使うと要救助者ごと吹き飛ばしてしまう。
ちょうどその間を占める威力のいくつかの武装は、先の広範囲攻撃で車両ごと損壊、使用不能に陥っていた。
「くっ、どうせなら塩漬けにしていたM61でも持ってくるべきでしたわね」
細腕でアサルトライフルを軽々と振り回し、さらには本体重量だけで百キロを優に上回る機関砲を持って来ていれば、と悔いる美女に、周囲の者達はぎょっとした顔を見合わせる。
「無理よ! 確かにこの面子なら取り回しも可能でしょうけど、それでも流れ弾がリスキーすぎるわ! 壁の向こうの子達をミンチにするつもり!?」
上方に電磁防壁を展開し、触手を弾き飛ばしながらオネエが突っ込む。
その間も各々が鉛、特殊鋼、レーザーなどの多様な弾丸を撃ち込み続けてはいるが、物量に加えて再生能力まで優れた敵を相手に、どうしても決定打を与えられない。
「マズイな。そろそろ残弾が心もとない」
「飛び道具の宿命か。こっちはまだまだ戦えるが、いかんせん太刀一振りではな」
物理的な弾薬だけでなく、レーザー照射器などのエネルギー残量も半分を切っている。防壁を掻い潜ったり、地の底から伸びてくる触手は近接戦闘で対処しているが、このままではじり貧だ。
「ちっ。飛行具が無事なら、今頃はケリもついてたろうによ……!」
「破損した以上はしょうがありません。とにかく今は効率的に敵を減らしましょう」
ソーカル隊の隊長、副隊長も正確に最小限のエネルギー消費で触手を撃ち減らしているが、部下たちにも苛立ちが感じ取れるほどに余裕を失ってきている。
「むう……何とかあのバリケードを突破せんことには……」
サブマシンガンのマガジンを交換しながら、中年の警官は敵を仰ぎ見る。
ソーカル1の苛立ちもわかる。あの触手の壁を越えようと思えば、それこそ空でも飛べなければ困難だ。
他に飛行能力を持った者がいないのがもどかしい。
その時だった。
「む!?」
バリケードの向こう、怪獣の足元付近から、眩い光が立ち上った。
雲の切れ間から差し込む光芒の様に、一筋の光が天へと伸び上っている。
「何だ?」
ヘルメットのバイザーを下ろし、側頭部に搭載した多機能カメラの映像を投影する。
望遠機能とアナライズ機能を働かせて観測を試みるが、詳しいことはわからない。
唯一はっきりしているのは、その光の方向から、高い魔力エネルギーが検知されたことだけだ。
そして、バリケードを成していた触手が解け、より怪獣に近い方、ほとんど直近へと引っ込んでいく。
「おいおい、次は一体……」
言いかけて、警官は黙り込む。
バイザーディスプレイには、ゆっくりと収まっていく光の柱と、その周りを舞う一つの影が映し出されていた。
「おもしろい。契約を成し、力が行使できるなら待ってやる必要もないな」
光を眺めながら、王は酷薄な笑みを浮かべる。
「余興の内容を変更しよう。障害物競争だ。上手く踊って見せろよ?」
王が透き通りさえしつつある腕を掲げるのと呼応し、無数の触手が天高く掲げられた。
不思議な体験だった。
まるで肉体から精神だけが抜け出たような浮遊感がある。
空気の抵抗も、重力の束縛も感じない。痛みを始め、血と汗に濡れた嫌な感覚も消えている。
そのくせ、春の陽気の様な温かみだけはしっかりと肌に感じ取っている奇妙な感覚。
周囲の様子が全く分からない程の強い光が目に飛び込んできているのに、それさえ苦痛を伴う事は無かった。
そのまま光と熱の中に溶けてしまいそうな錯覚に襲われ、正也は慌てて頭を振る。
途端に、正也を包む熱は失われた。同時に光は眩しさを帯び、全身に感覚が蘇える。
後は一瞬だった。
周囲に満ちる光はふっと収まり、正也はただ一人、小さな岩に腰掛けていた。
「……」
足元に跪いていた少女を探すが、どこにも姿が無い。
「ラヴィニア……?」
不安に駆られ、正也は慌てて立ち上がった。
突然、視界がぐにゃりと歪んだ。
「うう……!?」
強烈な立ち眩みが起こり、さらに聴覚にも異常が生じる。
ずっと耳に届いていた風の音が遥か彼方に遠ざかり、代わりに自分の心音、呼吸音が随分と大きく聞こえる。
とうとう神経がおかしくなったか。
そんな考えが浮かぶと同時に、正也はついにバランスを失う。二、三歩よろめき、そのまま仰向けにひっくり返る。
自分が倒れた事に気付いたのは、転倒して数秒後の事だった。
「あ……」
倒れた正也の視界に、翼がよぎった。
どうにか自由になる眼球でそれを追い、正也はそれが一人の少女の物だと知った。
幻想的な光景だ。
稲妻の走る暗雲に流れる黄金色の長髪を流し、神話の時代から抜け出たような純白の美しい衣を纏った、年端もいかぬ少女がいた。
邪悪が形を持ったような異形が聳える空に、背負った翼を広げて雄々しく舞っている。
「ラヴィニア……」
威圧感を放つ空と異形に向けて羽ばたく、悪魔めいた黒い翼越しに、少女がこちらを振り返った気がした。
蛇の様にくねりながら迫る触手を回避し、ラヴィニアはさらなる高みへ上っていった。翼幅三メートルにはなろうかという漆黒の翼で空気を打ち、風を捉えて大空を舞う。
力強い羽ばたきだった。ぐんぐんと勢いに乗り、怪獣を攪乱するようにその周囲を飛び回る。
だが、敵も黙って見てはいない。無数の触手がラヴィニアを追い、全方位から迫りくる。
ラヴィニアは自分を取り囲む触手を見やり、翼に一層の力を込める。
翼を背負ったのは実体験では初めてだが、実態を伴わない記憶の中にはその扱い方が残っている。触手がすぐそこまで迫ったタイミングで、ラヴィニアはその記憶を実践した。
ラヴィニアの小柄な体格でも、絶対に突破できない高密度の包囲に、自身の翼を振りかざした。
次の瞬間には、数十を越える触手が切れ端となって空中に散っていた。独楽の様に非常識な勢いで身体を回転させ、同時に打ち振るった翼が発した衝撃波が、ラヴィニアに触れることさえ許さずに引き裂いたのだ。
それを尻目に、ラヴィニアは再び大気を叩いて加速する。
触手の先端に紫電が灯り、ラヴィニアに狙いを定めるが、関係ない。
自分からそこへ突っ込み、発射前に手刀で薙ぎ払う。
発射部を切断され、行き場を失ったエネルギーは、やがて触手の断面に集中して爆ぜる。
要塞の周りを飛び交う戦闘攻撃機の様に、すばしっこく舞い踊り、敵を引っ掻き回すラヴィニアは、一時的にせよ触手の群れを圧倒していた。
急旋回、急上昇、急降下。非常識とさえ言える無茶苦茶な機動で触手を翻弄する。
そんなラヴィニアを捕らえようと、無数の触手があらゆる方向から繰り返し攻撃をしかけるが、その全てを迎撃、もしくは先制攻撃で叩き潰してラヴィニアは加速を続ける。
あまりの勢いに触手が置いてきぼりを喰らえば、空中で静止して誘いを掛け、やって来た所を迎撃。
それまで踏み躙られ、虐げられてきた姿とは違う勇姿がそこにはあった。
大空を、自分の思うがままに飛ぶという一種、神秘的な体験を、しかしラヴィニアは味わう余裕が全くなかった。
「くっ……何故だ!? 何故正也と繋がる事が出来ない!?」
右へ左へ急旋回して触手を回避し、時に追撃しながら、ラヴィニアは正也の元へと降下していく。
正也は、決して動けない状態ではないはずだ。むしろ、いましがた交わした行為によって、更なる力を得ていなければおかしい。
本来ならば、ラヴィニアの身体から捧げられる魔力を以て、これまでとも一線を画す能力を行使できるようになっている筈だ。
だが、事実として正也は大地に倒れ、微かに身じろぎしながらもがいている。自分自身、身体から魔力が正也に流れ込む感覚が全くない。
すぐにでも立ち上がって何らかの行動を取ってくれる事を期待して、襲い来る触手の迎撃に努めていたが、これではむしろ正也の直衛に着かなければ危ない。
「おやおや。だいぶおかしな事になってきたじゃあないか」
どんどん形を失いつつある王の声が、まるで耳元でしたかのようにはっきりと聞こえる。
「制御の容易い生物兵器、それがおまえの原点だろう? 主人に服従と奉仕を誓うことで初めて力を行使でき、また主人にも大きな力を与える。おまえの元になった存在は、そういう処置と品種改良を受けていたはずだが。この様は一体どうしたことだ?」
「黙れ!」
叫びながら、ラヴィニアは必死に状況を理解しようと努めていた。
王の言う通りではある。
自分という存在は、決して一人では力を行使できない。
鎖に繋がれ、主への奉仕の為以外には何も成せないのだ。
だからこそ、正也を自分の巻き添えにしない為に、つまり正也への奉仕の為にラヴィニアは自分を奴隷の身に落としたのだ。契約の条件は満たしている。
それなのに、正也はむしろ身体の自由さえ失い、苦しんでいるように見える。
ラヴィニア自身も、思った程に動かない翼に違和感を覚えていた。
(何故だ!? 私は何かを間違えたのか!?)
記憶か、身体か。あるいは両方に問題があるのだろうか。模造された時に、何らかの不備があって、それに自分が気付いていないだけなのか。
急降下しつつ、ラヴィニアは唇を噛み締める。これでは状況を悪化さえたようなものではないか。
その時、突然正也の周囲の地面が弾けた。同時にそこから複数の触手が飛び出す。
「!」
狙いはラヴィニアではなく、正也だ。
どうにか上体だけを起こしたところに、複数の触手が踊りかかる。
「正也!」
ラヴィニアは顔色を変え、更に降下を急いだ。渾身の力を込め、地面に顔から突っ込まんばかりの勢いで急加速する。
触手が正也を一撃する瞬間、紙一重のタイミングでラヴィニアは正也を触手の包囲から引きずり出すことに成功した。地面すれすれを高速で滑り、体当たり同然に正也の上半身を抱き抱え、その勢いのまま離脱する。同時に追撃してくる触手を翼で叩き落とし、さらに羽ばたいて速度を保つ。
ひとまずはすぐに追撃されない距離を取った事を確認し、ラヴィニアは深い溜息を吐いた。
「ありがとう、ラヴィニア。おかげで助かったよ」
胸元の声に目を向けると、正也が優しく微笑んでいた。
「正也! 大丈夫か!? 身体と傷はどうなっている!?」
焦燥感に駆られ、ラヴィニアは悲痛ささえ感じる声で問いかけるが、正也は呑気に首を傾げた。
「う~ん、傷の方は跡形も無いんだ。痛みも消えたし、意識もはっきりしてるんだけど……」
「どうした!?」
「身体を動かすのにすごく難儀する。痺れるというか、力が入らないというか、とにかくまともに動けそうにないや」
あははー、と苦笑いする正也に、ラヴィニアは背筋が凍る思いさえした。
他に異常がないのに身体だけが動かない。積み重なったダメージが原因でなければ、間違いなく自分の行いの副作用だろう。
単純な傷なら治療と休養で癒えるのが摂理だ。だが、直接の原因が不明な麻痺ともなれば、そもそも適切な治療が行えるかも分からない。すぐにでも回復するかもしれないが、永遠に回復しないことも十分にあり得るのだ。
自分は、取り返しのつかない事をしてしまったのかもしれない。
ラヴィニアの顔から血の気が引き、指先が震え始める。
「ぬっ……ふんぬぅ……」
そんなラヴィニアの不安を煽るように、正也の唸り声がした。
ぎょっとして胸に抱える正也を見ると、口をつぐんで無表情に踏ん張りながら右手を懸命に持ち上げようとしていた。
「正也、何を……」
問い掛けるラヴィニアの頭に、柔らかい掌が乗せられた。
「さっきも言ったけど、ありがとね」
「え?」
「君が傷を治してくれたんでしょ? 助かったよ。冗談でなしに、泣きたいくらい痛かったんだ」
先程とは違い、どこか力強く微笑んで正也は笑う。
「身体の方は、まあゆっくり休めばどうとでもなりそうだけど、あの痛みを直るまで味わうのは嫌だったからね。今もこうして助けてもらったし、何かお礼しなきゃね」
正也を抱える腕に、ぐっと力が入る。
(私は、こんな男にあれだけの苦痛を与えてしまったのか。その上、身体の自由さえ奪ってしまったかもしれないのか……?)
「しかしびっくりしたなあ。まさか君にこんな力があったなんて。何というか、すごく……ラヴィニア、後ろだ!」
突然言葉を切り、正也は鋭い警告を発した。
はっとして背後を振り向くラヴィニアの右翼に火球が直撃する。
「うああああああっ!」
衝撃と激痛に、ラヴィニアの喉から悲鳴が上がる。
同時に体勢ががくんと崩れるが、自分が抱えているものを思い出し、死に物狂いで高度を保つ。
背後では怪獣が大量の触手をもたげ、その先には紫電が散っている。発光器官も光を増し、さらなる追撃を仕掛けようとしていることは明白だった。
「……させるものか!」
痛みに顔をしかめながら、ラヴィニアは黒煙を上げる翼を振るった。
自分の翼がもげようが、心臓が止まろうが、正也を巻き添えにすることだけは出来ない。
肩越しに閃光を感じ、ラヴィニアは振り向きもせずにジグザグ飛行に入る。直前までラヴィニアがいた空間を次々に雷撃が貫き、大地に穴を穿っていく。
「く……」
正也は悔しげにラヴィニアの背後を睨むが、今の彼に出来ることはない。
ラヴィニアは持ち得る力の全てを使い、遠くに浮かぶ夜景を目指す。
しかし、必死に飛ぶラヴィニアの顔のすぐ横を、高温の火球が駆け抜けていった。
「しまっ……」
地面に着弾した火球は、ちょうどラヴィニア達が真上に来た瞬間に炸裂した。
「うわっ!」
「く……あああああっ!」
猛烈な爆風に下から突き上げられ、ラヴィニアと正也はきりもみになって吹き飛んだ。
(あと、もう少しという所で……!)
揚力を失い、勢いよく地面に突っ込みながらも、ラヴィニアは正也をしっかりと抱きしめる。せめて今度は自分が正也を庇おうと、どうにか地面に背中を向けた時だ。
ぼすん、と妙な感触がした。
「……ん?」
訪れるだろう衝撃に備え、きつく閉じていた両目を開く。
ラヴィニアは仰向けに倒れたまま、上下に激しく揺さぶられていた。まるで疾走する馬上にいるかのような激しい動きだ。
上体を僅かに起こし、きょろきょろと辺りを見渡すと、あまり楽しくない記憶を刺激する、金色の毛並みと鬣が目に入った。
「ああっ!? お、おまえは!」
圧し掛かる正也の身体をずらし、ラヴィニアは弾かれたように身体を起こす。
ラヴィニアが落下したのは、あの恐ろしい性癖を持った淫獣の背中であった。
「な、な……」
自然と震えだす声に、獅子はちらりと振り向き、また前を向いて疾走を続ける。
「う、ああ……」
トラウマを刺激され、前後不覚になりかけるラヴィニアだったが、同時に耳を打った声がその意識を取り戻させた。
「わふん!」
「おお! おまえも来てくれたのか!?」
二人と乗せた獅子の横で、ラヴィニアを慰めた柴犬が並走していた。先ほどより精悍さを増した顔つきで、二人を護衛するようにぴったりと着いて来ている。
「わんちゃん。お世話になりっぱなしで申し訳ない……」
獅子の背中でぐったりしている正也の声に、柴犬は一吠えして答えた。
「お兄さーん、お姉さーん! 怪我はありませんかー!?」
唐突に、場違いに明るい声が響いた。
声のする方、柴犬とは真逆の位置に顔を向けると、そこにはやはり高速で並走する雌の獅子と、その背に跨る少女の姿があった。
「おまえは、さっきの……」
「あ、先程はすみませんでした。その子にはきつくお仕置きしておきましたし、もしまた何かしでかしたらこの子がボコボコにしますので、どうかこの場は収めてやってください」
雌にギラリと睨み付けられ、獅子はさっと視線を逸らす。どうやらこの場で押し倒される心配はせずに済みそうだ。
「二人とも、大丈夫か!?」
唸りを上げるエンジン音と共に、鋭い声が掛けられた。ラヴィニアが左右に目をやると、並走する二匹のさらに向こうから複数のジープが追いすがって来ている。
「ラヴィニア、ちょっと起こしてくれない?」
「あ、ああ」
獅子の背中に突っ伏す正也を引っ張り起こし、ぐらつく身体を支える。
「本条君、大丈夫か!?」
「とりあえずは二人とも無事です! 怪獣の周りに、敵以外の民間人や要救助者はいません!」
正也の叫びに、ジープから顔や身を乗り出していた面々が歓喜の表情を浮かべた。
「やっちまっていいんだな!?」
「派手にお願いします! ドーンとやっちゃってください!」
随行する車両全てから、「よっしゃああ!」と雄たけびが上がる。
「遠慮はいらねえ! ソーカル隊、ありったけの残弾と根性をぶち込んでやれ!」
「ふふふ。ようやく使う時が来た! ハイパワーレーザーキャノン用意、バッテリー全部使い切るつもりで撃ちまくるよ!」
「地対地ミサイル、発射準備! 陽電子ビーム砲もだ!」
「せっかく持ってきた大威力武装、無駄にしなくて済みそうですわ」
「盛り上がってきたわ! やっぱり電撃って防御より攻撃が似合うわよね!」
ハイテンションな叫び声と、火器の動作音ががちゃがちゃと響き渡る。
先程の戦闘をちらりとだが目にしていたラヴィニアの頬が引き攣った。
「正也、身を低くしていた方がいい」
「だね。ありがと。もう倒してくれていいよ」
力が入っていない正也の頭を庇うように抱き抱え、ラヴィニアは姿勢を倒した。
「攻撃、開始!」
中年の警官が絶叫すると同時に、ラヴィニアの視界が炎に染まった。
各車両に搭載されていたランチャーから、無数のミサイル、ロケット弾が白煙と炎を引いて飛び出していく。
大口径の様々な火器からは、高速の砲弾や高出力のレーザーが周囲の空気を熱しながら射出され、身を乗り出す警官達も小型の砲をたくみに操り、誘導弾の雨を怪獣の頭上に降らせる。
ある意味壮大なその光景に、思わずラヴィニアも目を奪われた。
数秒の後、怪獣は爆炎に包まれる。
「おお!」
「まだだ! 撃ち続けろ!」
爆音が届いてくるより先に、第二射が放たれ、さらなる弾薬の雨が撃ち上げられる。
さらに、もうもうと立ち上がる黒煙と炎が晴れる前に、雷雲から無数の雷が追い打ちを掛けた。
「いいわぁ! 快っ感! まだまだ行くわよ!」
出し惜しみなしに火力を開放し、相手のダメージを確認することも放棄して撃ち続ける。
しかし。
「何て奴だ……」
全ての弾薬、エネルギーを使い果たした全員が見たものは、煙の向こうから姿を現す大怪獣の姿だった。
多少の欠損や裂傷は見られるが、致命傷を言えるだけのダメージは、負っていないように見える。
「くうっ……」
口惜しそうにラヴィニアは呻いたが、正也はその腕の中で笑った。
「心配ない。僕たちの勝ちだよ」
「何?」
ラヴィニアが問い返した瞬間、周囲の景色が変化した。
「あ……」
「おかえり、古見掛市へ」
ラヴィニア達が王に襲撃を受ける前にいた河川敷に飛び込んだ一団は、急制動を掛けて停止した。
既に周囲は穏やかな闇夜に変わり、不毛の荒野は空を切り取ったような空間の裂け目の向こうにある。
「総員退避完了!」
中年の警官が叫ぶと同時に、指揮所側に多数配備されていた大型のミサイルランチャーが動き出す。
「作戦区域内の全武装使用制限解除! 攻撃開始!」
指揮官の命令と共に、大型のミサイルが怒涛の勢いで射出されて荒野へと飛び込んでいく。
「ミサイル着弾と同時にありったけの気化爆弾を叩き込め! 直後に次元閉鎖を行い、敵をこの空間から隔絶する!」
轟音と指揮官の怒声が響き渡る中、白衣を着込んだ複数の男女がラヴィニアと正也の元へ駆け寄ってきた。
「心配ない。医療スタッフ……医師と看護師だよ」
「む……」
血相を変えて掛けてくる彼らの様子に、僅かに警戒したラヴィニアを、正也が先回りして諭す。
その直後、爆音と閃光がラヴィニアの目を刺した。
慌てて荒野の方へ向き直ったラヴィニアは、そこを埋め尽くす巨大な爆炎を目にする。
遥か彼方に小さく見えていた怪獣はもちろん、すぐ近くまでの範囲を埋め尽くす圧倒的な炎に、思わず息を飲む。
しかし、あまりに圧倒的な光景は突然に途絶えた。
自分たちをも焼いてしまうのではないかと思われた炎の壁は、まるで最初から無かったかのように掻き消えてしまったのだ。
残ったのは、冬の夜にも関わらず活気を感じさせる美しい夜景だけだ。
「空間境面、閉鎖完了!」
巨大なパラボラアンテナの足元に取り付いている技官が叫ぶ。
「何だ? 一体何が……」
「あの荒野とこの街を繋いでいた窓を閉じたんだ。奴を完全に閉じ込められたかは……期待できないけどね」
そう言うと、正也の上体がだらりと力を失った。
「正也!?」
「大丈夫、ちょっと気が抜けただけ……」
正也は負傷や体調不良について尋ねてくる医師と言葉を交わしながらも、完全に脱力した状態でラヴィニアにもたれかかる。
「ま、とりあえずは一安心だよ」
ぼんやりとした様子で呟き、正也はラヴィニアに抱かれたまま気を失った。




