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満身創痍、なれど至れり尽くせり

 防御陣形を組んで疾走するジープの中心車両の運転席、中年の警官は次第に触手と雷の攻撃が激しくなってきたことを悟り、肩越しに荷台へ声を掛けた。


 「さて、そろそろ反撃がきつくなってきた。本条君、準備はいいな!?」

 「バッチリです! 任せておいてください!」


 その返事は威勢がよく、しかし、ある程度は無理をしてもいるのだろう。

 バックミラーに写る本条正也の姿は痛々しいほどに傷ついている。頭髪はボサボサになり、その根元から流れ出した血が顔の三分の一を塗りつぶしていた。着込んだスーツもぼろぼろで、所々内側から赤い染みが滲み出て来ている。

 何より顔つきが少々鋭すぎ、焦燥の色を隠せていない。


 (大丈夫じゃないな。普段はもうちっと落ち着いてるんだが、やっぱり子供の悲鳴は気が逸るか)


 警官の聴覚は人並みだが、集音装置が拾う要救助者の悲鳴はイヤホンに届いている。

 何度か同じ現場で戦った警官は、正也の様子に一抹の不安を抱いた。

 別に、そこまで正也と親しいわけではないので、自分が知らない一面を見ているだけかもしれないが、いつもの冷静さを欠いた状態というのは、あまり望ましいものではないはずだ。


 「おい、本条君」


 警官はくいくいと指で正也を招く。


 「はい?」


 素直に寄ってきた正也の額を、力を込めた人差し指で弾く。


 「たっ!?」


 思わぬ攻撃に、正也は仰け反ってバランスを崩す。


 「……何です、一体?」

 「肩に力を入れ過ぎだ。君らしくもない」

 「……入ってますかね、力」

 「ガチガチだ。あまり逸り過ぎるな。俺達がいる以上、あの子の無事は決まったようなもんだ。焦りは百害あって一利なしだ。俺達がいる限り、あの子は絶対に助け出せる。変に気負う必要なんてないさ」


 正也はしばらく無表情に額を擦っていたが、やがて悔しそうに要救助者の方を見やる。


 「わかっては、いるんですけどね……」


 優れた視覚、聴覚を有する正也にとって、少女の悲鳴はすぐ近くで聞こえ、その表情もすぐ近くに見えているのかもしれない。だからこそ、引き攣った表情で歯ぎしりしているのだろう。


 「すまん、余計な事を言ったな」

 「いえ、頭を冷やそう、と意識することは出来ました。ありがとうございます」


 別に社交辞令ではないのだろう。正也は意識的に深呼吸し、自分を落ちつけようとしているのは見て取れた。


 「そうか……っとおお!?」


 眼前の地面に雷撃が着弾し、救出部隊は慌てて回避行動に移る。

 どうにか回避は成功したが、進行方向上に無数のクレーターが穿たれた。怪獣までまだ一キロ近くあるが、これ以上の接近は難しい。


 「頃合いだな……よし、作戦を第二段階に移行! 本条正也はこのまま要救助者の所へ向かえ! 全員でこれを援護、指一本彼らに触れさせるな!」

 「了解! 皆さん、援護を頼みます!」

 「「「応!」」」


 正也がジープから飛び降りるのと同時に、停車した車両から無数の砲火や閃光が伸びる。

 周囲に這いずり寄ってきた大量の触手が、一瞬で消し飛ばされた。

 無数の爆炎を背に、正也は全力で走る。

 強力な脚力は跳躍力だけでなく、走行にも発揮される。悪路をものともせずに疾走する。すぐ傍に雷が着弾し、爆風に飛ばされても、その勢いさえ利用して突っ走る。

 自動車でも追いつけないような速度で、あっというまに怪獣との距離を詰めていく。


 「うっ!」


 だが、突如その針路に無数の触手が立ち塞がる。躱して進もうにも、左右にも大量の触手が這い寄りつつある。飛び越えようとすれば、身動きの利かない空中で一撃をもらうだろう。


 「いい加減にしつこいぞ! 本条正也!」


 怪獣の足元、触手を率いる王が仁王立ちしている。狂気さえ感じる怒りの表情だ。ここで正也を完全に打ち倒すつもりなのだろう。

 しかし、正也は駆けだした。

 まるで触手など目に入らないと言わんばかりに怪獣を、否、ラヴィニアを目がけて突き進む。


 「馬鹿め! ここで死ね!」


 王が手を振るい、触手に死刑執行を命じる。

 

 「まだ僕一人を相手にしているつもりか!」


 正也が吐き捨てると同時に、その背後から六つの影が追い抜いて行く。


 「ソーカル1より各位へ! 王子様をお姫様の所まで案内するぞ! 続け!」

 「「「「「了解!」」」」」


 足場を気にする必要のないソーカル隊が正也の頭上で編隊を組み、全ての銃口を触手の壁へと突きつけた。一人四門ずつのレーザー機銃、計二十四門が唸りを上げる。

 次の瞬間には、無数の光弾に撃ち抜かれ、触手はただの残骸と化した。


 「ちいっ、ゴミクズどもがあっ!」


 猛攻であっさりとぶち抜かれた突破口を、正也は一気に突き抜ける。

 王は正也の前に立ち塞がり、その進行を遮ろうとするが、そうはソーカル隊が卸さなかった。


 「どこを見ている、おまえの相手は俺達だ」

 「人の恋路を邪魔すると、俺達に撃たれて死んじまうぜ!?」


 頑強な鉄骨も容易に貫く光弾が雨あられと降り注ぎ、王に襲い掛かる。


 「貴様ら……!」


 魔力で編んだ防壁を展開し、王は獰猛な光のシャワーを遮るが、その間に正也は跳躍し、悠々と王の頭上を越えた。


 「ラヴィニア!」


 一跳びでラヴィニアの元へ駆けつけた正也は十字架に取り付き、鎖へと手を伸ばす。

 だが、ラヴィニアは自身の悲鳴さえ押し殺し、正也へと訴えた。


 「正也、駄目……だ! 触る、な!」


 結果としては僅かな差だった。

 ラヴィニアが警告を発するまでの所で正也は鎖に手を伸ばしていたし、仮に警告を聞いても、正也がそれを聞き入れるかとなれば、恐らく聞き入れなかったろうが、それでも僅かに警告は遅かった。


 「ぐっ、ああああああああああああああ!」


 全身の神経系を駆け巡る衝撃に、正也は絶叫した。







 ラヴィニアの魔力は、電気の様に伝導性が高い形に加工されて吸い上げられていた。それが流れる鎖を掴むことは、すなわち高圧電線を掴むことに等しい。

 ラヴィニアならばまだ耐えられる。ほとんど閉じられているとはいえ、通常の神経系とは別に魔力の通じる回路がもともと体内に存在している。身体を揺さぶる魔力も、ある程度その回路で受け流し、制御することが可能だ。

 だが、正也の体には通常の神経しか存在しない。

 本来、微弱な電気信号しか流れない神経に、全ての魔力が流れ込んでくるのだ。当然それを受け流すこともいなすことも正也には不可能だ。

 結果、正也は神経系を異物に駆け回られることになる。

 正也はラヴィニア以上の、筆舌に尽くしがたい苦痛に苛まれていた。

 

 「うあ、ああああ!」

 「やめろ、正也……! 魔族でもないおまえがそんなものに触れるな!」


 鎖とラヴィニアの間、搾取の為の回路に正也という異物が混入し、魔力の漏洩が大幅に減ったラヴィニアは多少の余裕を取り戻し、正也へ呼びかける。


 「手を放せ! どんな悪影響が出るか分からない! 早く手を放せ!」


 しかし正也は苦悶の声を上げながら、それでも手を放さない。


 「よせ! このままでは、下手をすれば死んでしまうぞ!」


 それでも正也は手を放さない。


 「やめろ、正也!」


 ラヴィニアの警告が懇願に変わり始めた時、正也の表情に変化が生じた。

 苦痛の叫びを吐き出していた口が、歯を剥き出しにしてきつく結ばれる。白目を剥きかけていた目が、ぎろりと鎖を睨み付けた。


 「ギ、ア……ガアアアっ……く、お……うぅおああああああああああ!」


 悲鳴を咆哮で塗りつぶし、力任せに鎖を引き千切る。


 「な……!」


 ラヴィニアは驚愕の声を上げる。

 正也はそのまま更に手を伸ばし、次の鎖をねじ切った。次も、その次も、同様だ。

 十秒にも満たない短時間で、正也は全ての鎖を断ち切ってしまった。ラヴィニアの体が十字架から解放され、ずるりと滑り落ちる。


 「ぐうっ……!」


 正也は呻きながらもラヴィニアを抱き留める。


 「っ……や、やあラヴィニア。おまたせ」


 しかめていた顔を無理矢理ほころばせる正也に、ラヴィニアは厳しい視線を向けた。


 「おまえは、おまえという奴は……!」

 「ちょ、怖い怖い……」

 「自分が何をしたか分かっているのか!? 生きているからいいようなものを、下手をすればあのまま死んでいたんだぞ!」


 まだ十分に力の入らない両手で胸倉を掴み、ぐいぐいと締め上げる。


 「そ、そんなこと言われても他に方法が……」

 「他に方法が無いなら断念すればいいだろう! 引き際がわからない程に馬鹿なのか!」


 ラヴィニア自身、状態は万全には程遠い。

 搾取による痛みこそ消えたものの、呼吸は乱れ、不随意に伸縮していた筋肉は激しい疲労を訴えている。

 しかし、激しい憤りがラヴィニアを突き動かした。当人の困惑も構わず、正也の襟首を大きく揺さぶる。


 「んな……それこそ馬鹿をお言いでないよ! ていうか何でそんなに怒ってるのさ!?」

 「それは! ……それ、は」


 ラヴィニアは反論に困る。


 確かに妙だ。我が身を省みずに自分を助けようとした少年に、感謝こそすれ憤る理由は無い筈だ。

 にも関わらず、どうして自分はここまで怒り狂っているのだろう。


 「ん?」


 一瞬混乱に陥ったラヴィニアの脳は、しかし瞬時にその疑問がそもそもおかしいことに気付いた。


 何故怒っているのかと、心底不思議そうに訊かれたため、つい自分に非があるかと理由を考え込んでしまったが、それはおかしい。

 激痛に歪んだ顔と、苦悶に満ちた叫びが思い返される。

 自分が怒るのはごく当然の筈だ。


 「それはおまえが心配を掛けたからに決まっているだろうが! 一々訊かないと分からないのか!」

 「え、あ……ああ、うん。そうか、そうだよね……」


 ラヴィニアの剣幕にキョトンとした正也は、しばらく視線をさ迷わせた後に眉を顰めて首を傾げたが、数秒の間考え込み、その後ようやく納得したように頷いた。


 「……私が心配したなど、夢にも思っていなかった様な顔だな」


 疲労と叱責で乱れきった息を整えながら、ラヴィニアはじろりと正也を睨む。


 「い、いやいや。そんなことは、ない……」

 「目を逸らすな」


 ほんの数秒前までの切羽詰まった空気から一変、どこか間の抜けた微妙な空気が漂い出したその時だった。


 ざらりという音がラヴィニアの耳に届いた。

 振り返ると、今の今までラヴィニアを捕らえていた十字架が、砂となって崩れていくところだった。


 「!?」


 そしてその向こう、十字架に覆い隠されていた黄色い発光器官が姿を現す。

 最初に見た時とは違って明滅ではなく、ぼんやりとした光が次第に閃光に近い光へと輝きを増しつつある。

 ラヴィニアの背筋にぞっとしたものが走った直後、体が大きく振り回された。

 正也がラヴィニアを胸に抱いたまま発光器官に背を向け、地上に向けて飛び降りたのだ。


 「な……!」


 何を、とは訊かなかった。

 あまりに唐突な投身に驚いただけで、正也の意図は分かっている。

 あからさまに怪しい発光器官から、すぐにでも距離を取るべきなのは、深く考えるまでもない。何かが起きようとしているのは間違いないし、それがろくでもない事なのも間違いないだろう。

 ほどなく、それは証明された。


 まったく突然、ラヴィニアは正也の肩越しに炎が広がるのを見た。

 視界を真っ赤に染める火炎に遅れ、炸裂音、そして正也の叫びが響き渡る。


 「正也!?」


 ラヴィニアが状況を理解するより早く、正也はラヴィニアを抱えたまま、きりもみになって落下を始めた。




 



 「本条!」


  怪獣が放った火球の直撃を背中に喰らい、正也が降下から墜落に陥るのを見たソーカル1は、推力を最大に引き上げて二人の元へ向かった。

  しかし。


 「ちいっ、邪魔するんじゃねえ!」


 眼前に立ちはだかる触手に機銃を叩き込むが、薙ぎ払えども次々に再生と補充を繰り返す触手は道を開けない。


 「隊長! 敵……子供の方の様子が!」


 焦るソーカル1の耳に更に切羽詰まった声が響く。


 「どうした! ……何ぃ!?」


 振り向いたソーカル1の目に映ったのは、レーザーの弾丸を弾き飛ばす、光のベールを纏った王の姿だった。


 不気味な光景だった。

 輪郭もおぼろになるほどの光に包まれながら、王の表情ははっきりと読み取れる。


 王は笑っていた。

 だが、そこには根拠のない自信も、見当違いの嘲りもなかった。

 いっそ無感情とも思えるのに、明確で強固な悪意を感じる笑顔に、歴戦の勇士であるソーカル隊も寒気を覚える。


 部下たちは機銃を高出力モードに切り替え、残弾の浪費も覚悟で攻撃するが、威力の向上した光弾も、王の纏うベールに弾かれ、霧散してしまう。

 そして、王はゆっくりと右手を挙げた。同時に、纏う光が光度を増す。


 「全員退避! 急速上昇!」


 嫌な予感に駆られ、ソーカル1は部下たちに退避命令を出した。論理的な根拠はないが、彼の心臓は心拍を跳ね上げて危機を警告していた。

 ソーカル隊全員が高度五百メートルまで達した時、眼下に極光が生まれた。


 一瞬の後、ソーカル隊は爆風によってさらに上空へ吹き飛ばされていた。


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