官民一体コミカケシミン(たくましいフォント)
十月二十日 十九時五十七分 古見掛市西園川区 河川敷 仮設戦闘指揮所
荒野と河川敷を繋ぐ次元の繋ぎ目のすぐ側に設営されたテントの一つに着いている壮年の指揮官は、前線から入って来た通信に「フムン」と小さく唸った。
「そっちの状況は把握してる。確かにちょいとまずそうだが、協力を申し出てくれてる一般市民の皆さんの実力はどうなんだ?」
一般、という単語を強調し、指揮官は進言してきた部下に返信する。
『申し分なし、とは言えませんが、それなり以上には戦えてると思います! 詳細な戦力は概要をデータで送りましたので、そちらを参照してください! 何人かは顔見知りですから、ある程度は連携も可能かと!』
爆音や破砕音、怒号や甲高いエンジン音に負けない大声で無線機から元気な声が返ってくる。苦戦してはいるようだが、物理的、精神的な余裕は十分にあるようだ。
「わかった。現状のまま戦線を維持することは可能か?」
『突破は無理ですが、あと三十分くらいなら交戦継続できます』
「よし。十分で作戦を立案する。それまでどうにか凌いでくれ」
『了解! さあみんな、気合入れていくよ!』
通信が切れ、代わりに荒野から響いてくる騒音が激しくなる。プラズマの輝きや爆炎、紫電が派手に暴れ回り、突入部隊の奮戦を物語っていた。
指揮官は前線から送られてくる情報と、突入部隊の戦力情報を手元のモニターに表示し、周囲の部下に意見を求める。
「さて、あまり時間がない。この戦力をどう采配するか、おまえさんたちの意見を聞かせてくれ」
「う~ん、敵が予想以上に厄介でしたね。殲滅しないまでも、あの触手バリケードを撤去するのは困難でしょう。総力で一点突破して肉薄、短時間で要救助者を助け出して即離脱、でしょうか」
「しかし、その救助が問題だ。工具の扱い含め、救助の為の技能とあの怪獣を登り降りする機動性を持った隊員は……」
指揮官の両脇から覗きこむ部下たちは、少々難しい顔をする。
突入部隊の隊員達は腕に自慢の猛者ばかりだ。が、今回は敵との相性が悪い。
空中からの攻撃を担当しているソーカル隊は、破格の機動力を発揮して怪獣を牽制してくれているが、そこに少女を括りつけている鎖を即座に除去する能力はない。彼らはあくまで空戦の専門家だ。
触手のバリケードを相手取っている本隊は火力に優れ、救助の専門家も参加しているが、いかんせん機動力に難がある。襲い来る触手を防ぐ事は十分に可能だが、それを掻い潜って地上二十メートル近くに磔にされた要救助者の元まで駆け上がることは難しい。
情報を見るに、助力してくるという市民達も腕は立つようだが、さすがにこの状況をひっくり返してくれるデウス・エクス・マキナはいない。
「むう、総力でバリケードを突破して敵に接近、全員で相手を抑え込んでいる間に救助するとして、どのくらい時間が掛かるかだが」
「敵の本体に取り付きさえすれば、救助作業自体は数分と掛からないでしょう。問題は人選です。あの怪獣をクライミングするのはちょっと困難です。機動力に富むものに運び役を任せればそれ自体は解決しますが、その間それだけ戦力は削がれて触手の相手をするものが減ります」
「機動力特化、火力特化、そして万能型のいい編成なんだがな……」
通常の対怪獣戦においては、贅沢と言っていいほどの人員だ。攪乱、打撃、そして避難誘導や牽制をそれぞれが分担し、迅速に怪獣を撃退するのが古見掛市の対怪獣戦だ。
が、今回に限っては要救助者の置かれている状況があまりにも特殊過ぎ、それぞれがそれぞれの長所を発揮できない。
高機動力を擁した者が接近して救助しようにも、彼らには安全に作業を行う専門的な工具や技能は無い。火力に富んだ者は人質を取られているに等しく、直接敵に銃口、砲口を向けることが叶わない。救助部隊にも、怪獣の体を登るような力の持ち主は少ない。
「一人で要救助者の元に向かえて、一人で短時間の内に鎖を除去する技能を持ち、一人で要救助者を抱えてその場を離脱できる者でもいれば、話は変わってくるんだがな」
無い物ねだりと思いつつ、指揮官がぼやいたその時だった。
『ソーカル1より指揮所、聞こえるか』
通信機からノイズ交じりの声が響く。
「こちら指揮所。どうした、ソーカル1」
『実は、要救助者と一緒にいたらしい奴が、バリケードのギリギリ内側で交戦中なんだが』
「む、さっき触手にヤられかけてた少年か」
『本人にそのいかがわしい物言いはしてやるなよな!? 今、ちょろっとそいつの顔見たんだが、あれ、本条正也だ』
ぴくり、と指揮官の片眉が跳ねた。顎に手をやり、目つきが若干鋭くなる。
「ほ、お……。そういや、おまえも彼とは何度か共闘してるんだったか」
『ああ。怪獣を相手取るほどの機動力や攻撃力は無いし、能力的には器用貧乏だが、今あんたが言った条件は十分に満たしてる筈だ』
「おまえの言いようもだいぶ酷いな。が、なるほど。今、我々の中にはいないタイプではある。通信士!」
隣のテントの若い通信士に声を掛けるが、帰ってきたのは首を横にふるアクションだった。
「恐らく、先程から受信しているエマージェンシーコールは彼からの者でしょうが、こちらからの呼び掛けに反応はありません。機器の異常か、あるいは交戦中で応答する余裕がないのでは……」
「仕方がない。本人には合流して口頭で説明するしかないか。だが、作戦の概要は決まった。前線に繋げ!」
「ええい、鬱陶しい!」
触手の猛攻撃を捌きながら、正也も流石に声を荒げた。
突いてくるものは両手で弾いて軌道をそらし、薙いでくるものは身を翻して回避し、隙を見て手刀で切り払う。
もう何百の攻防を繰り返したか分からない。そしてそうする内に、正也の体は次第に押されていき、怪獣から三キロ近く引き離されてしまっていた。これ以上下がれば、バリケードを構成する触手の攻撃圏内に入ってしまうだろう。
「くそ、早い所ラヴィニアを助けないといけないってのに、まさかこれだけ手強いとは」
触手の一つ一つに大した力はないが、軽く見積もって数万を超えるその物量は脅威と言う他ない。それも底知れぬ再生力で切っても裂いても復元していくのだ。まともにやりあってはジリ貧は避けられない。
「防空隊もいまいち攻め切れてないみた……い?」
空を見上げた正也は、怪獣の周囲を舞っていた防空隊員たちが、その場を離れつつあるのに気付いた。追撃する触手をズタズタに撃ち抜きながら、一直線にこちらに向かってくる。
「うん?」
ただ後退しているわけではない。高度を下げながら急速に正也のいる方へ、というよりも、
「え、え!? なんでこっちに来るの!?」
防空隊全員と視線が合う形になり、正也が狼狽すると同時に、今度は背後から爆音が響いた。
ぎょっとして振り向くと、触手のバリケードの一角を吹き飛ばしたらしい巨大な爆炎、そしてそれを突っ切って突入してくるジープの群れが目に入った。
「あの、ちょっと、まさか……!?」
銃声、砲声、炸裂音や閃光をばらまきながら、前後から挟み撃ちにしてくる軍勢に、正也はきょろきょろと前後を見やりながら泡を食うが、そんなことは関係ないとばかりに彼らはまっしぐらに迫って来る。
「う、うわあああああああ!?」
理解の限界を迎えた正也は、無意識の内に悲鳴を上げていたが、その声は怪獣の放った稲妻にかき消され、耳にする者は無かった。
次の瞬間、正也が立っていた地点を中心に、きのこ雲を生じさせるほどの大爆発が発生した。
「手間を取らせてくれたな。だが、それもようやく終わりだ」
立ち上がる炎の柱を眺め、周囲を舐めていく熱風を感じながら王は吐き捨てる。
何を考えているのか、突然一か所に集合した敵共を目がけ、彼は〈コンキスタ=クノスペ〉に残る力の全てを放射していた。
結果として邪魔な者達は一瞬の内に爆炎と紫電の中に消え去ったのだ。
「はは……! 偉そうに吠えても所詮はこんなものだ! この〈コンキスタ=クノスペ〉に、この私に刃向えばどうなるか分からなかった愚か者の末路など呆気ないものだ!」
王は不必要に大きな声で炎に消えた敵を嘲笑う。本来はありえなかった脅威が消え、正しい状況、自分の前に立ち塞がれるものなどいないという事実を取り戻したことが、彼を雄弁にさせていた。
「無理をするな。声が引き攣っているぞ」
そんな王の高揚に、足元からの声が冷や水を掛けた。
「まさか、本当に今ので彼らを始末できたと思っているのか? いくらおまえでもそこまで馬鹿ではないと思っているんだがな」
王に踏みつけられる圧力に抗い、ラヴィニアがぐいぐいと頭を上げ、冷え切った視線で見上げている。
「貴様……!」
「そうだろう? 普通に考えれば、あの精強な軍勢が何の思惑もなく一か所に戦力を集中し、あの単純な一撃で討たれるはずがない」
「こいつ……!」
王は感情が高ぶるのを押さえられなかった。
無様に捕えられ、今も文字通り自分に踏み躙られているくせに、あまりにも堂々としたその瞳が非常に癇に障った。自分の立場が分かっていないはずはない。つい先程、地獄の責め苦を与えて悶絶させたばかりだ。
だというのに、王が内心に押し込めた懸念をずけずけと指摘し、あまつさえ嘲りを隠そうともしない。
「黙れ! 貴様にどうこう言われるまでもないわ!」
ラヴィニアの頭を思い切り蹴りつけ、王は地上に降り立った。
あまりにも呆気なさすぎるという思いは当然あった。
だが、撃ち漏らしたことを考えるよりも、打ち倒したと考えた方がはるかに満足がいく。王は敵が健在であるという可能性を敢えて無視し、目を逸らしたのだ。
(私が、私が逃避したとでも言うつもりか!? 生意気な小娘めが、ふざけたことを……!)
屈辱と怒りに狂った王は、ラヴィニアの姿が良く見える位置に移動して言った。
「それほど不安ならいいだろう! 念を入れて戦力を整えねばな!」
大仰に右手を振るい、自身の作品に命令を下す。
「食え! だが今度はゆっくりと味わいながら咀嚼しろ! 少しずつ時間を掛けて、いたぶってやれ!」
途端、ラヴィニアの体がびくりと震える。同時に紫電が華奢な身体を這い回り、四肢を絡める鎖へ、そして〈コンキスタ=クノスペ〉の体内へと走っていく。
「ぐあ、ああああああああああっ!」
無理矢理に身体から魔力を引きずり出される苦痛の声に、王は少しだけ溜飲が下がる。
「先程の様に一瞬の痛みではないぞ? たっぷり数十分掛けてゆっくりと可愛がって……」
王の言葉が途切れた。
何の前触れもなく凄まじい衝撃が彼の後頭部を襲い、膝を突かせたのだ。
「がっ……!?」
激痛に耐えながら振り向いた王は目を見開いた。
「おのれ、おのれおのれおのれええええええっ!」
炎と煙を引きながら向かってくる一団を睨み付け、王は血が出る程に拳を握りこんだ。
「タフですわね。脳震盪くらいは起こすかと思いましたのに」
新型の狙撃用レールガンを撃ち込まれても、失神さえしない王をスコープ越しに眺めて女は呟く。
揺れるジープの荷台上からとは思えない精密な狙撃だったが、それでも標的が倒れないことに呆れながら女は次弾を装填する。
怖ろしく物騒な出で立ちだった。
服装こそ上等そうな赤いドレスだが、体中に弾帯を巻つけ、背面には大型の対物ライフルやショットガンを背負い、大型拳銃の下がったベルトを撒いている。足元にもサブマシンガンや狙撃用ライフル、そして無数の弾薬が置かれていた。
(しかし、一日に二度も同じ人のピンチに出くわすとは、奇特なものですわ)
感慨にふけると同時に、何故あんな可憐な少女が日に二度も災難に遭わなければならないのかと女は憤慨する。
「これは、絶対に負けられませんわ。今日は大盤振る舞いですわよ」
小さく口にすると、女は再度銃を構え、引き絞るように引き金を引いた。
「エレクトリック・バーリヤ!」
頭上から迫る雷撃が、叫びと共に霧の様に散っていく。
それが自分たちの背後で仁王立ちする男の仕業と知る警官達は、しかしなるべく声を潜めて話す。
「おい、あの人、さっき乗り込んできた人だよな。誰かと入れ替わったりしてないよな」
「アレだよ、興奮するとテンション上がって本性剥き出しになるタイプなんだよ、きっと」
ひそひそと話しつつ、バックミラーでちらちらと様子を窺う。
少なくとも、後席の男はジープに乗り込むまでの時点では別段奇特な点はなかったはずだ。どちらかと言えば、話しやすそうな気さくな印象を二人とも受けていたのだ。事実礼儀も正しく、これぞ常識人と言った様子だった。
だというのに。
「さあ、いくらでもいらっしゃい! アタシの守りはそう簡単には破れないわよ!」
小さな稲妻を全身に纏い、怪獣に向かって吠えるオネエという、ずいぶんとけったいな光景が写るミラーから目を逸らし、二人はそれ以上考えるのを止めて運転と迎撃に努める。
「ホラホラァ、ホホホホホホホホホッ!」
その間にオネエは指先から大量の雷光を飛ばし、隣の車両に襲い掛かる触手を焼き払った。
「さあ、誤射の危険がなくなった以上、ちまちま近距離で焼き払ったりはしないからね!」
密集隊形ではむしろ同士討ちになりかねないプラズマ放射器を高出力レーザー照射器に持ち替え、サンルーフから上半身を出して女性警官は威勢よく叫ぶ。
「それで前後逆向きでなければ、もう少し格好も付くのだがな」
「うっさいですね! 後方の守りも大事な仕事なんですから、自分こそサイドから目を離さないで下さいよ!」
ジープに並走する狐男をどやしつけながら、警官は後方から迫る触手の群れに向けて引き金を引く。野球ボールほどの直径はある高出力のレーザー光が、それぞれ丸太ほどある触手の束を一瞬で薙ぎ払った。
「怖い怖い。さて、ワシも仕事をせねばな。役立たずとあれば、今度はこの身が焼切られてしまう」
ジープの屋根に飛び乗り、男は太刀を光らせる。次の瞬間には、左右から車両を挟むように襲い来る触手をぶつ切りにして地に放っていた。
「そら、我らは役に立つだろう? 後で油揚げ持参で参拝に来ればもっとサービスするが?」
「無駄口叩いてないで働きなさい! さもなきゃ賽銭箱にセメント流し込みますよ!」
再び狐男をどやし、警官は照射器を構え直す。
「さあ掛かって来い、怪獣め! 私達、古見掛市民が相手だ!」




