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市民の皆様のお力添え(武力)

 

 「な、何だ? 一体何事だ!?」


 荒野に忽然と浮かび上がった美しい夜景、そして〈コンキスタ=クノスペ〉の蔓―悪意を行使する触手が次々と断ち切られていく光景を目に、王は混乱を隠せなかった。

 切断された触手はすぐに再生してはいるが、彼方の夜景から次々と延びてくる青白い光に射抜かれ、再生する傍から焼切られていく。


 「何事かは、おまえも薄々分かってるんじゃないか? ラヴィニアが街の中にいた時、おまえ達は無理に彼女を攫いに来なかった。おまえは昨夜、僕たちに追い払われた時点で分かってたんだ。あの街の住民が、自分にとってどれだけ恐ろしい障害になるか」

 「ぐうっ……!」


 よろよろと立ち上がった正也に指摘され、王はへし折れんばかりに奥歯を噛み締めた。

 その指摘は、的のど真ん中を射たものだった。

 王にとって、ラヴィニアの迷い込んだ街は、紛れ込んだ獲物を追うには複雑すぎるという事以外は、何のこともない場所だった。少なくとも、そう思っていた。

 だが、脚を踏み入れてみれば、そこは思いもかけない魔境だったのだ。

 ラヴィニア捕獲を通りがかりの通行人共に妨害されただけではない。

 不利を悟って一時撤退した際、通行人以外にも複数の人間、あるいはそうでない者から、王は追撃を受けていた。恐らくは、王と正也の戦いに気付いていた者達だろう。

 全身を鱗で覆った半人半獣の若者、曲がった腰で王の行く先々に先回りする不気味な老人、やたらと饒舌な機械の人形などなど。

 街から脱出するまで追い回してきた奇妙な者達を警戒したからこそ、ラヴィニアが街を出てくるまで待ち伏せるという不本意な方策を選んだのだ。

 しかし、まさか異邦人一人の為に、次元の壁を越えてまで追撃を掛けてくる様な街があるというのか。


 「ラヴィニアを放すんだ。大人しく投降すれば、手荒な真似はされない」


 王を睨みながら、正也が地上から諭してくる。その足からふらつきは消え、しっかりと地面に直立している。瞳の怒気は未だ消えてはいないが、その態度には落ち着きと余裕が見えた。


 「ふざけるな! どれだけ群れたところで所詮は烏合の衆に過ぎんわ!」


 王の怒気を帯びた触手が大地を突き割り、正也の腹を打つ。正也はくの字に身体を折ったまま、五百メートル以上も引きずられた。

しかし、それだけだった。


 「……どうした? いまいち突きにキレがないみたいだけど?」


 腹の手前ギリギリで触手を受け止めていた正也がにやりと笑う。相手の不利を確信した笑みだ。


 「もしかしなくても、ビビッているな! ラヴィニアを助けに、これだけの人達が押し寄せてきたことに!」

 「黙れ!」


 今度こそ、触手で正也を串刺そうと王が手を振りかぶったその時だった。

 正也に狙いを定めていた触手が、無数の光弾によって切断された。

 真上から。


 「!?」


 空を振り仰いだ王の目に飛び込んできたのは、雷雲を背に、機械仕掛けの翼を装備した複数の影だった。







 「ヒイイイイイイイィヤホオオオオオオ! ソーカル隊参上!」

 「はしゃぐなソーカル6! 各自、散開して自由戦闘! ただし狙うのは触手だけだ! 間違っても本体の要救助者に当てるなよ!」


 歓声を上げる年少の隊員を窘めつつ、ソーカル1は部下たちに指示を下す。

 既に狙撃班も万一に備えて数名を残し、狙撃を中断してこの空間内に突入を開始している。余程のドジを踏むか、乱入した市民が暴走でもしない限りは流れ弾を気にする必要は無い。


 「ソーカル2、了解」

 「ソーカル3了解!」


 了解の意を伝えつつ、ソーカル隊の隊員たちは怪獣目がけて降下していく。

 三十メートルに迫る巨体の怪獣に対し、ほとんど身一つで飛んでいるに等しいソーカル隊は相性がいいようだ。振り回される大量の触手が部下たちを打ち払おうとしてはいるが、腕利きのソーカル隊員たちは夏の蚊の様にそれを躱し、怪獣にまとわりついて触手の切断に掛かっている。 


 ソーカル隊が装備している飛行具は、超小型の個人用航空機だ。

 揚力を得るための翼と推進器を背負って飛ぶ、空の歩兵用装備と言ってもいい。

 その特性上、昨今のジェット戦闘機の様な超音速飛行は当然出来ず、火力も強大なものではないが、機動性と状況対応力は非常に高い。今回の様にデリケートな救出作戦にはうってつけと言える。

 とは言え、本来は対空戦用の装備だ。

 大怪獣を圧倒できるような大威力の武装は無いし、専門的な救助作業は装備もなければ技術もない。あくまでも作戦の支援攻撃と索敵がソーカル隊の本来の担当だ。こうして先陣を切ったのは、あくまでも臨時の時間稼ぎに過ぎない。


 (しかし……これは、ちょいとマズイか?)


 眼下で戦う部下の死角に忍び寄る触手を省電力レーザー機銃で射撃しながら、ソーカル1は内心眉を顰める。

 超次元スキャナーを使ってある程度の状況は事前に把握していたが、その対策が間に合っていなかった。要救助者の具体的な救助手段が用意されていないのである。

 というより、まさか怪獣の体に磔にされているとは予想していなかった。確かに要救助者の反応が随分と怪獣に近いという懸念はあったが、あくまでも怪獣を牽制しながら要救助者を救助し、その後怪獣を殲滅という作戦だったのだが。

 安全に救出するには怪獣の動きを止めることが必要になるが、この大怪獣に十分なダメージを与えられる大威力兵器を使えば、確実に巻き添えにしてしまう。対象を凍らせて拘束する氷結式冷凍弾も同じ理由で使えないし、仮に怪獣本体を抑え込んでも無数の触手が邪魔をするだろう。

 救出部隊の本隊は、火力に優れるが機動力は低い。救助用の工具は有るが、この触手を掻い潜り、かつ怪獣の身体をよじ登って救助できるメンバーははたしてどれほどいただろうか。


 「ええい、後から後からキリがねえ!」

 「本体を狙う訳にはいかない、今は現状を維持することに集中して!」


 ソーカル2が叱咤してはいるが、部下たちも底が見えない触手の在庫に手を焼いているようだ。


 「こいつは長期戦になるか」


 自分の身を守りつつ部下の背後にも気を配る神経戦に、ソーカル1は小さく舌打ちした。







 悪路を猛スピードで疾走するジープは大揺れに揺れた。

 剥き出しの岩盤の上に砂が積もり、なだらかさなどとは無縁の荒野は本来、車両での走行は甚だ不向きな地形だ。

 しかし、大きく散開した十台ほどのジープはそれを気にする様子もなく、ガッタンガッタン揺れながら突っ走る。右から左から、上から下から襲い来る触手を滅茶苦茶な動きで躱す様は稲妻か、さもなくばゴキブリそのものだ。

 一応、車体には古見掛市警の文字が入っているのだが、そこに乗り込んでいるのは一般的な警察官の見た目から逸脱気味の、物々しい装備に身を包んだ機動隊員達だ。


 「ほらほら、隣と距離を詰め過ぎないで! たっぷり三十メートルは空けなさい! 接触して横転なんて目も当てられないからね!」


 運転手に指示を下しながら、助手席の背もたれに腰掛けた女性隊員は金属製の長い棒を構えた。

 一見すると大型のライフルのようにも見えるが、実態は中距離戦闘用のプラズマ放射器である。簡単に言えば火炎放射器のプラズマ版になるが、数万度に達する高温のプラズマはゆっくりと対象を燃焼させたりはしない。瞬時に蒸発、切断してしまう取扱注意の危険な装備だ。

 しかしそれだけに、襲い来る触手を切り払うには非常に有効だった。射程も調整が利くので、味方を誤射する危険性も低い。


 「来ましたよ! 十二時方向、上方に触手!」

 「っしゃあ! 任せなさい!」


 頭上から襲い来る触手を、すれすれでジープは回避する。同時に隊員は放射器を振るい、プラズマで脅威を吹き消す。


 「相変わらず荒っぽいことだなぁ。勇ましいのは構わんが、周りを焼き払ってくれるなよ?」

 「む……」


 前触れもなく、霧散するプラズマの向こうから姿を現した若い男に、隊員は口を一文字に結ぶ。


 「勝手に近寄ってきてなぁにを言ってるんだか。一般市民なんですから、キツネ色にこんがり焼かれたくなかったら下がっててください」

 「手厳しい事だなあ」


 神職らしいはかま姿の男は、その服装にあるまじき大太刀を手にしてジープに並走している。どこからどうみても〈人外〉の所業だ。銀色の髪の間や腰のあたりから何やら狐っぽい獣の耳と尻尾が覗いているあたりで、正体は推して知るべしだろう。


 「お知り合いですか?」

 「「腐れ縁」」


 ハンドルを右へ左へととんでもない勢いで振り回しながら尋ねる運転手に二人はコーラスを返す。


 「……そですか」


何となく事情を察した運転手は口をつぐみ、藪を突くのを止めた。


 「で、なんか用ですか?」

 「つれないなあ。あんな妖怪変化が相手ではおまえ達でも苦戦は必至と思って、近所の暇な者達で助太刀に来たというのに」


 男の肩越しに、見覚えのある近隣住民が疾走する姿を認め、隊員は溜息を吐く。


 「そりゃどうも。でも、だったら油売りにこないで欲しいんですけど。手伝いならともかく」

 「では早速助言だ。速度を落とせ。奴め、我らを近づけんつもりだぞ」

 「へ?」


 詳しいことを問いただす前に、前方から轟音が響き渡った。


 「うわあああ!? マジかよオイ!」


 運転手の悲鳴と共に、前方百メートル程の地面から壁が生えた。

 正確には、地面から無数の触手が飛び出し、突入する救出部隊を迎撃する構えを見せたのだ。

 非常識と言っていい数だ。触手と触手の間は一メートルも開いていまい。それが怪獣を囲むように、周囲四キロ近くに渡ってバリケードを展開したのだ。これまでの散発的な遊撃とは違う。総力戦、といった様子だ。流石に火力に優れた部隊でもこのまま強行突破というわけにはいかない。

 運転手は慌ててブレーキを踏み、敵の間合いに入る前に進行方向を変えることに成功した。


 「ちょっ、この数は流石にまずいでしょ!」

 「そら、手が必要だろう?」


 血気盛んな住民達がエサのお預けをされているような目を向けくるのに気付き、隊員は頭を抱えつつも頷いた。


 「ああもう、わかった! わかりました! 指揮所に具申してみます! すればいいんでしょうがコンチクショウ!」



  




 「ちっ、こんな羽虫共を相手に、これほどまで力を行使せねばならんとは……!」


 苛立たしげに自分の頭を踏みつける王の言葉が聞こえたが、ラヴィニアの意識にそれは届かなかった。

 苦悶に顔を歪めながらも、その意識に王の様な些末な存在が入り込む余地はなかったのだ。

 ラヴィニアの視線は、眼前で展開する奇妙な出来事に気を取られ、きょろきょろと忙しなく動き回っていた。


 「これが、みんなあの街の住民なのか……?」


 あまりにも非現実的な光景の連続に、ラヴィニアは自身の優れた視覚能力を疑いさえしたが、何度瞬きをしても、その光景が変わることは無かった。

 鋼の翼を背負った若者たちは、相も変わらず周囲を飛び回って暴れているし、地平の向こうから迫る軍勢は、足止めされつつも散発的に触手への攻撃を繰り返している。

 この巨大な害悪の猛攻を受けてなお、小揺るぎもせずに闘志を剥き出しに立ち向かっている。正也の言葉によれば、ラヴィニアを救い出すために。


 「正也……」


 そして本条正也も、触手にじりじり後退させられつつ、それでもラヴィニアの方へと必死に進もうとしていた。


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