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ケダモノと獣と悪者が来た

 「ラヴィニア! どうした……の?」


 通りに飛び出した正也の目に映ったのは、往来でライオンに押し倒され、ジタバタともがいているラヴィニアだった。


 「え、何?」


 どうリアクションすべきか、そもそも何が起こっているのか。さっぱり判断がつかず、正也は自身の脳のエラーさえ疑った。


 実際、妙な光景だった。

 大自然の中にいれば、さぞや威厳を醸しているだろう獣王が、往来で幼女を押し倒し、ぺろぺろと顔を舐めまわしているのだ。ネコ科のくせに千切れんばかりに尻尾を振っている。

 噛みついたり爪を立ててはいない様なので、ラヴィニアが捕食されているわけではないようだが。


 「……じゃれている、ということでいいんだろうか」


 介入すべきか否か、正也は顎に手を当てて真剣に考え込んだ。


 「は、放せ! こら、どけと言うのに!」


 一方のラヴィニアは、それなりに必死だった。

 巨体に圧し掛かられ、顔面をこれでもかとばかりに舐めまわされ、鬣に溺れそうになっている。


 「ええい、いい加減に……うわっひゃあ!?」


 ラヴィニアの口から、突然素っ頓狂な声が上がった。

 獅子の口撃が、顔から首筋にシフトしたのだ。


 「やめ、おいこら! やめろと言ってひあっははは!」


 ざらつく舌が細い首を撫でていく。それだけなら別段どうという事もなかったのだが、妙にゆっくりと滑っていく舌の動きが、ラヴィニアの神経を必要以上に刺激する。


 「待て、ちょっと待……ひっ、はっはは、ああぁっ!」


 首という、負傷すれば命に関わりかねない重要な部位。神経が集まった敏感な部位を外部から中途半端に刺激され、ラヴィニアの神経系は大混乱に陥っていく。


 「あっはは…はあっ……あ、こらっ本条……ひっ……正也! み、見ていないであははははっ! 助けっ……助けろ!」


 正也がぽかんとしながら見ている事に気づき、ラヴィニアは必死に助けを求める。


 「え、あっ、ごめんごめん」


 我に返ったらしい正也はそろそろと獅子に近づき、その頭に手を伸ばす。


 「はーい、その辺にしといてあげてね。ラヴィニア困ってるから」


 正也は獅子の頭を撫でて呼びかける。一応は猛獣に分類される動物にもにこやかに接しているあたり、人がいいのか危機感がないのか気になるところだ。

 しかし、獅子の方は全く正也の存在を意に介さず、全力でラヴィニアの首筋を攻め続ける。


 「こ、こらこらこら! ふざけるのも大概にわっはあ!」

 「ちょっとちょっと、もうやめなさいってば。路上で女の子押し倒すのはよろしくないよ」


 正也は少し腕に力を入れ、ラヴィニアから獅子の顔だけでも引き離そうとするが、全く引き下がる気配がない。


 「いい加減にしなさい! ラヴィニアって美味しいの!? それとも単純に楽しいの!? 悶える姿が可愛いとかならちょっと同感示しちゃうけど!」

 

 流石に苛立ちを覚えた正也は、獅子の耳を摘まんで叱責を流し込む。すると、獅子が初めて正也の顔を見た。


 「な、何さ……」


 じっと見据えてくる獣の瞳に、正也も一瞬たじろぐ。

 獅子は数秒間正也の顔を凝視していたが、やがてラヴィニアの身体から降り、すっと一本の前足を差し出してきた。


 「……?」


 混乱しながらも、正也は差し出された前足を掴んでみる。それを認めると、獅子は正也の手ごと、前足を上下に振った。


 「ってまさか、本当にラヴィニアの悶える姿が可愛かったの!?」


 正也の問いに、獅子はフンスと鼻を鳴らして答える。


 「いやまあ、こんなところでご同類に会えるのは嬉しいけど、無理矢理は駄目だよ。 ラヴィニア困ってたでしょ?」


 予想だにしないカミングアウトに困惑しながらも、正也はラヴィニアを見やって窘める。よほど辛かったのか、アスファルトの路面にへたり込み、未だに肩で息をしている。


 「気持ちは分かるよ? 確かにさっきのラヴィニアはちょっと色っぽかったし。でも分別はつけないと」


 握手を解き、正也は獅子へと説教を始める。左手は腰に当て、右の人差し指をぴんと立てた、見本にしたくなるようなお説教スタイルで諭す。

 そんな正也の誠意が通じたのか、獅子はお座りの体勢で神妙に話を聞いている。


 (まったく、何が何やら……)


 疲労困憊のラヴィニアは、その間抜けな光景をどんよりとした目で見るより他にない。獅子のよだれに塗れた顔を拭き、大きく溜息を吐く。


 「さ。それじゃあ迷惑掛けたことをラヴィニアに謝って、それから家に帰りなさい。もういい時間だからね」


 どうやら説教が終わったらしく、獅子は正也に促されてラヴィニアの傍まで歩み寄ってきた。ラヴィニアは上体を反らして僅かに警戒するが、獅子はラヴィニアの頬を一舐めするに留まった。


 「……次はないぞ」


 現状が今一つ理解できないまま、とりあえずは反省しているらしい獣に一言釘を刺す。


 後になって思い返せば、その一言が引き金だったのかもしれない。


 「コラアアアッ! 言ってる傍から襲い掛かるんじゃあない!」

 「お、おのれぇ、図ったなあああ!?」


 甘い顔を見せたのがまずかったのかと後悔する間もなく、ラヴィニアは再び押し倒されていた。

 が、今回は流石に正也も強権を発動した。

 獅子を羽交い絞めにして無理矢理引き摺り上げ、ずるずるとラヴィニアから引き離す。


 「大概にしなさいっての、この淫獣!」

 「は、離すなよ! 絶対に押さえておけよ!」


 じたばた暴れる獅子を押さえる正也と、尻餅をついたままずるずると後ずさるラヴィニア。

 傍目にはおもしろい眺めだったが、二人とも完全に余裕を失っていた。


 「こら~! 駄目でしょテッド~!」

 「ん?」


 仰向けにひっくり返って獅子を羽交い絞める正也の耳に、えらく可愛らしい声が響いた。


 「す、すみません! 大丈夫ですか!?」


 声のする方に目をやると、小学生くらいだろう少女が息を切らせて駆けてくるところだった。







 「ほんっとうに、すみませんでした! うちのおバカ獅子がご迷惑をお掛けして!」


 獅子の首根っこを掴み、完全に制圧下に置いた少女が深々と頭を下げる。


 「いや、大丈夫だよ。君が来てくれたおかげで助かったよ。まあ、今度からはかなり厳重に繋いでおいた方がいいかもだけど」


 申し訳なさそうに詫びる少女に、正也は苦笑して返す。

 ちなみにラヴィニアは正也の背に隠れ、生気を欠いた目でガタガタと震えている。ボロボロになった正也のコートを、引き千切らんばかりに握りしめ、「食われる……奪われる……」などとうわ言のように繰り返している様は気の毒と言うよりない。


 「あ、あの……本当に大丈夫ですか? 何だか尋常じゃない怯え方ですけど……」

 

 正也の背後で小さくなるラヴィニアを見て、少女が気遣わしげに声を掛ける。


 「う、うん。今はあんまり触れないであげて」


 ラヴィニアの肩をぽんぽんと叩きながら、正也は遠回しに「ほじくりかえすな」と伝える。


 「ご、ごめんなさい! もう、何やってるのテッド! あなたもちゃんと謝りなさい!」


 逞しい獅子の頭を鷲掴み、ぐいっと無理矢理下げさせる。流石に飼い主には逆らえないのか、獅子は借りてきた猫の様に大人しく、されるがままになっている。


 「あはは……もう遅いから、君も帰った方がいいよ。後のフォローは僕がしておくから」

 「うぅ、本当にすみませんでした……」


 正也に促された少女は、何度も頭を下げながら家路についた。獅子も少女に付き従い、その場を後にする。


 「……嵐が過ぎたか」


 魂ごと吐き出しそうな深い溜息を吐きながら、正也は少女の背中と獅子の尻を見送る。


 「ん?」


 ふと、少女の背中がぐにゃりと歪んだ。眉を顰めた正也はじっと目を凝らす。


「あっ! あいつは!」


 正也は思わず声を上げる。

 少女の背後の空間から滲み出るように、緑色の体表をした怪人が滲み出たのだ。


 体型はおおよそ人間の者と変わりない。上半身が異様に発達しており、尻尾が生えている以外は平均的な成人男性と似たようなものだ。しかしその頭部には互い違いに動く、怖ろしく巨大な目が備わっている。


 「〈アマルティア〉のカメレオン人間! まだこの世界の侵略を諦めていなかったのか!」


 何度か交戦経験のある異界の秘密結社の使徒、それがいたいけな少女の背後ににじり寄っている。


 「君! 早く逃げ……」


 正也の言葉は最後まで続かなかった。

 言い終わる前に、少女に付き添う獅子が振り向き、見るからに強靭そうな前足で、主人ににじり寄る不審者を殴打したのだ。


 「あ」


 カメレオン人間は一撃のもとに叩き伏せられ、泡となって消滅した。

 獅子は何事も無かったかのように少女に追いつき、そのまま住宅街へと消えて行った。

 後には口を半開きにした正也と、生まれたての子鹿の様に震えるラヴィニアだけが残される。


 「……とりあえず、一休みしようか」


 獅子のよだれや砂埃に汚れたラヴィニアを小脇に抱え、正也は再度コンビニに入店した。







 園川は古見掛市を南北に縦断する大河だ。全長、川幅共にかなりの規模であり、週末には家族連れのレジャーやスポーツクラブの練習などでそれなりに河川敷が賑わう。

 もっとも、冬の夜ともなれば流石に人気も少ない。暗闇に浮かび上がる夜景は美しいが、その分河川敷付近は暗い。市の外れ近くともなれば尚更だ。


 貴重な光源である街灯の下、コンクリートで固められた階段状の斜面に腰掛け、正也は買ってきたウェットティッシュでラヴィニアの顔を拭いてやっていた。

 

 「災難だったね。大丈夫?」

 「大丈夫かだと!? これの、これのどこが大丈夫に見えるんだ! 見えるというなら言ってみろ! どういう理由で、どこが大丈夫なのか言ってみろ! うっ、うう……」

 

 普段の冷静さはどこかに消え、涙目、涙声でラヴィニアは叫ぶ。

 本人の言うとおり、実際酷い有様だった。

 髪はボサボサに引っ掻き回され、衣服も乱れて埃に汚れている。よだれに塗れた顔と首筋は、正也が拭いてやってようやく綺麗になったところだ。

 

 「ごめん。僕がそばに着いてればよかったんだけど……」

 「えぐっ、えぐっ……あ、あれは捕食者の眼だった。舐め殺されるかと思った……」

 「よしよし、もう大丈夫だから……」

 「うええぇ……」


 よほど恐ろしかったのか、正也が抱いていた冷静で凛としたイメージを消し飛ばすほど弱々しい態度だ。


 (ううっ、心が痛い……良心をのこぎりでガリガリ切断される様な気分だ……)


 元々責任感や庇護欲の強い正也だ。目の前で誰かに泣かれるというのはかなり堪える。

 どうにかラヴィニアを元気づけようと励ましたり慰めたりするのだが、今一つ効果は思わしくない。


 (参ったなあ。何とかしないと……ん?)


  正也の目が見開かれる。ラヴィニアの肩越しに、一匹の柴犬の姿が見えた。 視線を感じたのか、柴犬の方も正也に顔を向ける。

 瞬間、正也の脳に天啓が下った。

 

 (もし、そこのワンちゃん。ちょっと相談があるのですが)

 (俺のことか?)


 ラヴィニアの衣服を直してやりながら、視線とジェスチャーで話を持ちかける。


 (実は、かくかくしかじかでして、少しお時間を頂戴できないかと)

 (ふむふむわんわん、という事か。まあいいだろう。時間だけはたっぷりある)

 (助かります! ちょうど食べ物がいくつかあるので、お礼はそこから)

 (気が利くな。野良は食うのが一番困る。ありがたく頂戴しよう)


 言葉を一切介さずに、数秒で意思の疎通を終える。この辺りは、動物とさえ連携して平和を守る古見掛市民の技能の見せどころだ。


 やりとりを終えるや否や、柴犬はとことことラヴィニアの方に近づいてくる。吠えもせず、かといって黙りこくることもなく、くんくんと小さく鳴きながら少しずつ距離を詰める。

 ビクリ、とラヴィニアの身体が震えた。

 鳴き声を聞きつけたらしく、ガタガタと震えながら柴犬の方へ顔を向ける。


 (やはりさっきの一件がトラウマになりつつあるか。でも、ここを凌ぎさえすれば……!)


 固唾を飲んで見守る正也をよそに、柴犬はラヴィニアの足元までやって来た。


 「うっ、ああ……」


 完全に身を引いてしまっているラヴィニアの周りを、柴犬はしばらくふらついていたが、やがて尻尾を振りながら、膝の上に身体を乗せた。


 「っ!?」


 表情筋を引き攣らせ、ラヴィニアは完全に硬直する。そんなラヴィニアの様子を気にも留めず、柴犬は尻尾を振りながら、その引き攣った顔を見上げて「くーん」と鳴いた。


 その瞳の澄んだこと澄んだこと。

 一点の曇りもない無邪気な瞳。先の淫獣とは比較にならない無垢な眼差しは、人語を介さずに「どうしたの?」と問い掛けていた。


 「……」


 ラヴィニアの瞳に生気が戻った。

 恐る恐るながら手を伸ばし、そっと柴犬の頭を撫でる。「ヘフン」と小さく鳴くと、柴犬はもみじの様なラヴィニアの手に頭を擦りつけた。

 引き攣っていたラヴィニアの口元が緩む。


 (いよっしゃあ! さっすがワンちゃん、最高のイノセントソウル!)

 (ふむ、チョロいものだ。傷心の人間を癒すのも柴犬の役目だからな)


 愛くるしい姿が母性本能を直撃、轟沈したらしく、ラヴィニアは柴犬を胸に抱きしめ愛しげに頬ずりする。


 (少女よ、好きなだけモフるがいい。おまえが再び立ち上がれるようになるまでは付き合おう)







 どこか達観した様子の柴犬をラヴィニアがひたすら愛でること十五分。


 「落ち着いた?」

 「ああ」


 どうにか平静を取り戻したラヴィニアは、膝の上の柴犬を撫でながら応えた。


 「何と言えばいいのか、とんでもない街だな……」

 「面目ない、返す言葉もないよ」

 「勘違いするな。責めているわけではない」


 縮こまる正也を、ラヴィニアは落ち着いた声で制した。


 「おまえの言っている事、ある程度は実感が伴ってきた。確かに、酔狂な強者が多いな」


 柴犬の顔を覗き込み、しみじみと呟く。ラヴィニアからみればこの柴犬も酔狂な強者なのだろうか。


 「頼みもしないのに料理を食べさせたり、外敵を排除しに来たり。まったくお節介なことだ」

 「お節介、か。よく言われるよ。この街の人達は本当にお節介だからね」

 「ああ、困ったものだ」


 言葉とは裏腹に、ラヴィニアは穏やかな口調で語る。淡々としているようで、その声はどこか楽しげにも思えた。正也は相槌を打ちながらも静かに驚く。ラヴィニアがこれほど打ち解けた様子を見せてくれるのは初めてだ。


 「なあ、本条正也」

 「正也、で構わないよ。フルネームは呼びにくいでしょ?」

 「そうか。では正也、いくつか聞きたいことがある」

 「僕に答えられる事なら、何でも」


 何を聞かれるのか、にわかに緊張しながら正也は構える。別に虚偽や曖昧な返答をする必要はないのだが、初めて見るラヴィニアの様子に中てられ、どこか緊張している自覚があった。


 「ここは、どこだ?」


 憂いを帯びた、縋るような声で、ラヴィニアは問うた。

 

 正也は、とっさに返答が出来なかった。

 質問の意図を掴みあぐねたこともあるが、その寂しげな声が正也の心臓に突き刺すような痛みを与えた。

 ここはどこか。

 明確な目的を持ち、移動する為の積極的な問いには思えなかった。迷子の子供が泣きながら母親を探しているような、途方に暮れた声だった。


 「っ……」


 正也はラヴィニアの意図を察した。

 確証はないにせよ、確実視できるならはっきり答えろ、という問いなのだろう。


 「……ここは古見掛市の外れ。君の知らない世界、君にとっては甚だ理不尽な、遠い世界の一隅だ。君の知る世界、君の故郷は、恐らくどこにも存在していない」


 無実の囚人に死刑宣告でもするような、残酷な気持ちで正也は告げた。

ラヴィニアはその答えを待っていたかのように、淀みなく「ああ、やはりそうか」とだけ答えた。


 「ここは街の外れだと言ったな。確かにだいぶ灯りが少ないようだ」

 「うん。もう数キロも行けば完全に古見掛市外になる」

 「そこから先は、私にとって完全に未知の世界、というわけだな」

 「……不安?」


 一瞬躊躇したが、思い切って正也は尋ねた。


 「そうだな、不安だ。また嗜虐趣味の大型獣に押し倒されるかもしれないと思うと、震えが来る。まあ、ここにも同類がいるようだが」


 意地の悪い笑みを浮かべ、ちらりと視線を向けてくる。


 「ご、誤解だ! 僕は女の子を無理矢理押し倒したりはしないよ!?」

 「冗談だ。というか嗜好に関しては否定しないのか」

 「嗜好は否定しないけど、行動は断固否定します! 本当だよ!?」

 「わかっている。でなければおまえからも逃げ出している」


 抗議する正也を宥め、ラヴィニアは遠い夜景を眺めた。感心、憧憬、恐れ、様々な感情がないまぜになった眼差しだ。


 「二つ目の質問だが、私はこの街の事を詳しく知らない。だからおまえに尋ねる」

 「ん」

 「この街は、信じてもいいのか?」


 正也は少し首を傾げた。ラヴィニアにしては随分と的を外した質問に思える。


 「僕がイエスと答えたとして、君はそれを信じられるのかい?」


 正也は古見掛市の人間だ。関係者にそんな質問をしても、古見掛に有利な返答をすると考えるのが普通だろう。

 しかし、ラヴィニアからの返答は、そんな正也の疑問の斜め上を行った。


 「ああ。少なくともおまえ個人は、誠実と言っていい性格のようだからな。錯誤はあり得ても、虚偽はないだろう?」


 火が出た。もちろん顔から。


 実際、正也は誠実で生真面目な人間だ。が、面と向かって言われると気恥ずかしい事この上ない。ましてや散々に疑惑、不信の目を向けられた人間に言われれば尚更だ。


 「とりあえず、信じてくれていいと思うよ。少なくとも、頼ってくれるぶんには大丈夫。この街の人達、滅茶苦茶に甘いから」

 「そうか、おまえがそう言うのなら、そうなのだろうな」


 暫し、辺りを静寂が支配する。

 その沈黙の間に、正也は幾度かの逡巡と躊躇を繰り返したが、やがて意を決して口を開いた。


 「ねえ、ラヴィニア。やっぱり、この街に残ってくれる気はないかな?」

 「……」

 「やっぱりさ、心配なんだよ。別に君をこの街に繋ぎ止めようとは思わないけど、確実な脅威がいるなら、それを解決してからでも遅くないと思うんだ。君の事情はまだよくわからないけど、差支えない範囲で話してもらえたら、力になれると思うんだけど……」


 無反応のラヴィニアに、正也は嫌な汗を流した。


 (好機と思ったんだけど、性急すぎたか? しかし、今を逃したらそれこそ……)


 正也はじっとラヴィニアの様子を窺う。

 数分の時が過ぎた。ひょっとしたら数十秒か、せいぜい数秒だったのかもしれないが、正也にはかなりの長時間が過ぎた様に思えた。


 「長い話になるが、構わないか?」


 視線だけを正也に向け、ラヴィニアは口を開いた。


 「う、うん! 是非聞かせて欲しい」


 身を乗り出し、正也が応えたその時だった。

 ラヴィニアの膝から飛び降りた柴犬が、市外の暗闇に向かって牙を剥き、低い声で唸りだした。


 「ど、どうした!?」

 「ワンちゃん!?」


 驚いて立ち上がる二人に、柴犬は一瞬だけ振り向いた。


 (気をつけろ少年少女、要らん邪魔が入った)


 鋭い視線に乗った警戒を促す意思に、正也はすぐさま身構える。

 暗闇の向こうから、じゃりじゃりと無数の足音が聞こえてくる。ラヴィニアも眉を吊り上げ、警戒心を隠そうとしていない。


 「わざわざ安全な街中から出てくるとはご苦労。ようやく私に従う気になったか?」


 聞き覚えのある傲慢な声に、正也は頬を引き攣らせる。


 「出たな、変態厨二ストーカー……」


 街灯の光に照らされ、闇の中から浮かび上がったのは、白いローブに身を包んだ数十人の怪人、そしてそれを引き連れた、黒衣の少年だった。


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