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追われているヒロインから目を離すというありえない失態

 十月二十日 十六時五十一分 古見掛市 西園川区 住宅街傍通り


 「いろいろと説明不足だったね。いや、君のバックボーンが全然わかんないものだから、どこまで話せばどれくらい理解してもらえるのかサッパリで。ごめんごめん」


 住宅地傍の通りを歩きながら、正也はしきりに詫びる。

 先の騒ぎで、ラヴィニアに古見掛の危険な面、そして住民のやや恐ろしい頼もしさを説明していなかったことを気にしているらしい。


 騒動の事後処理(関係部署への連絡、被害を被った店や手助けしてくれた二人への挨拶など)を済ませた正也は、ラヴィニアに作戦会議の続きを持ちかけたが、ラヴィニアはそれを断った。

 正確に言えば、現状把握の為の情報交換に目的を絞り、より詳細な話し合いを望んだ。

 ラヴィニアの案を正也は手放しで快諾し、どこか落ち着ける場所をと考え込んだが、ラヴィニアは歩きながらの会話を求めた。


--------------------------------------------

 『歩きながらの話し合い? 僕は構わないけど、君、もう歩いて大丈夫なの?』 

 『構わん。言葉だけでなく、実像を直接目にして受け入れられることもある。それよりおまえの方こそ大丈夫なのか? 頭から流血していたように思ったが』

 『ん。血も止まったし、問題なし。カワイコちゃんとお散歩デートというのも非常に魅力的だしね』

 『この世界ではどうだか知らないが、私の知る限り〈カワイコちゃん〉は死語だ』

 『こっちの世界でもばっちり死語だよ。それじゃご一緒しますか、お嬢さん』

 『……もう少し血を出しておけ。それとも戦いで興奮すると本性が剥き出しになるタイプか?』

--------------------------------------------


 提案時の会話を思い出し、ラヴィニアは小さく首を捻った。

 

 (あれっきり軽い言動が出てこないが、さっきのいやに明るい態度は、私を気遣ってのものか?)


 実のところ、ラヴィニアが屋内での対話を避けたのは、単純に気が滅入っているせいもあった。

 この地が単なる異郷の地であれば、ラヴィニアとしても対応できない状況ではない。自分の常識がある程度は通用するし、自分の知る土地に戻ればそれまでの勝手通りにやれるのだ。

 が、置かれている状況はそんな生易しい状況ではない。

 正也はそんなラヴィニアの心境を察し、あえて陽気に振る舞ったのかもしれない。


 (異世界か。まるで伝承やおとぎ話の類だが、受け入れざるを得んな)


 正也も断言は避けたので確証はないが、この世界で自分の故郷を何百年探しても、痕跡一つ見つかりはしないだろう。


 (そもそも私に故郷と呼べる地があれば、の話だが)


 あまり明るくない自分の境遇に気分が沈む。失う故郷が無いというのは、この場合幸いなのか不幸なのか悩むところだ。


 「ラヴィニア。元気ないけど、本当に大丈夫?」

 「ん、ああ。何でもない」


 正也に声を掛けられ、ラヴィニアはひとまず意識を現に戻す。


 「それで、どこまで話したっけ。確か、この街の概要についてまでだったと思ったけど」

 「おおよその概要は聞いたな。途中から住民の特徴や傾向に話が移り、さっきの店の騒動まで内容が飛んだ」

 「そうだったそうだった。それじゃあまとめに入った方がいいかな?」

 「だいたいは理解した。そうしてくれて構わない」

 「オッケー、質問あったら言ってね」


 ラヴィニアの理解した古見掛市とは、早い話が巨大な駆け込み寺だった。

人の世に受け入れられない、人間にとっての超越存在、〈人外〉。

 ラヴィニアの元いた地では、双方の数は半々であり、共存とはいかないまでも、地域によってはそれなりに平和な関係を築いていた。

 しかし、この世界ではただの人間と〈人外〉の数に、絶対的な差が存在したらしい。


 圧倒的多数派である無力な人間、〈人類〉と圧倒的少数である超越存在、〈人外〉。二つの存在は共存に失敗し、多数派である〈人類〉によって、〈人外〉は淘汰されていった。数の力は、個々の強力さ、強靭さをひっくり返すのに十分すぎたのだ。

 結局、〈人外〉は〈人類〉の目から隠れ潜むことで、どうにか絶滅から逃れていたらしい。


 各地に点在する〈人外〉の隠れ里の一つが、この古見掛市の前身と言われている。

 最初は小さな集落に過ぎなかったようだが、自分たちと同じように〈人類〉に追い立てられた同胞を受け入れていく内、大がかりな組織になっていったらしく、その頃から一種の自警組織、互助会染みた側面を持っていたという。

 やがて彼らは〈人外〉に限らず、何らかの事情で故郷を追われてきた者達をも保護するようになった。当時の詳細な事情は不明なので、紆余曲折あっての事か、すんなりとかつての敵対種族を受け入れたのかは想像するよりない。

 何にせよ、その時点で駆け込み寺として機能する自治体は、一応の完成を見たらしい。


 「その後は文明化の波に飲まれて、なし崩し的に巨大化。その頃には〈人外〉なんて迷信、という見方が増えて来てたし、すんなりこの国の一部として世界に紛れ込んだみたいだよ」

 「荒唐無稽、と断じるには筋が通り過ぎているな。素直に納得するには説得力に欠けるが」

 「まあ、出来過ぎた話をしてる自覚はあるよ。今となっては真実を確かめる方法もないしね。古株の人に話を聞けば、証言は得られるかもだけど」

 「信じる、とは言わない。だが、今はそれが事実と仮定しておく」

 「うん。ありがと」


 にへー、とやたら嬉しそうに正也は笑う。


 「この街を信用する、とは言っていないぞ」

 「わかってる。僕の話を聞いてくれただけで十分だよ」


 正也の話が事実ならば、頼もしい話だ。

 その話自体は理解できるが、やはりラヴィニアには納得がいかなかった。

 そんな都合のいい理想郷があるものか、と言うのが本心だ。

 とりあえず、こうして自分が無事にいられる理由に辻褄合わせをして、矛盾が無いから暫定的にその仮定を採用しているに過ぎない。


 「ねね、冷え込んできたし何か温かい物でも飲まない? 買ってくるよ」

 「随分と気前がいいな。あと機嫌も」

 「そりゃあもう。ミルキーに美味いのと苦いのと、ドロッと甘いのとさっぱり甘いのがあるけど、どれにする?」

 「甘い物ばかりじゃないか……ミルキー」

 「オッケー、ちょっと待っててねー」


 何が嬉しいのか、正也は上機嫌で道端のコンビニに駆けて行った。

 

 「……子供の様な男だな。まあ、本当に子供なのかもしれないが」

 

 正也が人間なのかどうか聞いていないが、人間だとすれば二十年も生きてはいまい。齢二百を越えるラヴィニアから見れば、子供と言い切って差支えない。

 ガードレールに腰掛け、ラヴィニアは小さく溜息を吐く。


 「ん?」


 ふと視線を感じ、ラヴィニアは顔を上げた。

 きょろきょろと辺りを見渡し、近くの路地で視線を止める。

 十メートルも離れていない小さな路地、そこからひょっこりと顔を出している生き物がいた。


 ラヴィニアの髪に似た金色の体毛に全身を覆われ、特に顔の周りに豊かな鬣を蓄えた、四足歩行の大きな獣だ。瞬き一つせず、じっとラヴィニアを見据えていた。

 そして百獣の王たる風格を纏った雄々しい獣は、喫茶店の看板の影からゆっくりと全身を表す。


 「え……」


 あまりに唐突な顔合わせに、ラヴィニアは思わず硬直する。そしてその一瞬の硬直が命取りになった。

 獣はラヴィニアに向け、突然の猛突進を敢行したのだ。


 「な、ちょっ……なんだあ!?」


 逃げる間もなく、というよりも、逃げるべきなのかの判断を下す間もなく、ラヴィニアは獣に押し倒された。







 「んーふーふーふー、はんははんははー♪」


 ホット飲料のコーナーから、熱されたココアの缶を取り出す正也は、上機嫌に鼻歌を歌っていた。


 (信じてくれたかはともかく、ちゃんと話を聞いてくれたし、大きな一歩だ。えらいぞ、僕。ありがとう、ラヴィニア)


 正直な所、最初にラヴィニアが街を出ると聞いた時は、暗澹たる気持ちだった。

 明確に悪意に狙われている少女を、本人の意思とは言えこの街から放り出すことと同義だ。自分か誰か他の者か、誰かがこっそり警護したとしても、危険性は市内と比較にならない。

 ラヴィニアが〈奴ら〉と呼ぶ集団。その手に彼女が落ちでもしたらと考えると、他者にこの件を引き継いでも、楽しい休日を送ることは出来なかったろう。

 そのラヴィニアが、一応とはいえきちんと正也の言葉に耳を傾けてくれたことは、大きな収穫だった。街を出るという方針は変わっていないようだが、古見掛に対する印象が最悪の状態で放り出すより余程マシな状態にはなっている。これなら窮地に陥った場合、古見掛に逃げ込むという選択肢を取ってくれる可能性もある。


 (やっぱり、直接この街の人に助けられたことは大きいかな。まあ、ラヴィニアとは初対面だから、お礼言うだけで終わってたけど)


 昼にラヴィニアを守ってくれた女と店員に感謝しつつ、正也は足取り軽くレジに向かい、支払を行う。


 「ポイントカードはお持ちですか?」

 「はい、お願いします。支払いもポイントで」

 「こちらの商品はお温めしますか?」

 「既に結構ホットですけど、もっといけますか?」

 「申し訳ありません。金属容器なので、温めるとレンジが壊れてしまうんですよ」

 「ですよねー」

 「「HAHAHAHAHAHAHA!」」


 馬鹿そうな店員と明確に馬鹿な客が馬鹿な談笑をしていたその時だ。


 「んなああああー!」


 店外から切羽詰まった、それでいて随分と間の抜けた悲鳴が飛び込んできた。


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