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恐るべき正体(やはり味方)

 

 しかし、意外な光景がラヴィニアの意識を引き戻した。


 「うおおおおおお!」


 視界の外から雄叫びと共に飛び込み、デンタグラーの一体を蹴倒したのは、カウンターから跳び出して来たらしいハンバーガーショップの店員だった。

 やたらと体格がいい。上背は正也より頭二つは高いだろうし、全身を鎧の様な筋肉が覆っている。


 「大丈夫ですか、お客様!」


 叫んだ店員は更にデンタグラーを二、三度踏みつけるとラヴィニアに向き直り、絡まる触手に両手を掛けた。


 「失礼します!」


 言うが早いか、店員は掌に収まるだけの触手を引っ掴み、力任せに引き千切った。

 黄色い体液と吸収中だった魔力の光、そして謎の火花を散らし、肉の綱が床に落ちる。


 「はあっ!?」


 予想の遥か斜め上を行く光景に、ラヴィニアは苦痛も忘れ、素っ頓狂な声を上げた。

 

(な、何だこの店員は!? 本条正也の同類か!?) 


 正也同様、あっさりと常識を逸脱した店員は、そんなラヴィニアの動揺には気付かないようで、そのままラヴィニアの身体に残る触手に手を掛ける。

 が、敵もさるものである。

 食事を妨害されて黙っている捕食者などそうそういない。倒れたものとは別のデンタグラーが店員に突っ込み、思い切り壁に叩きつけた。


 「ぐふぉっ!?」


 清潔感ある壁に蜘蛛の巣状の罅が走り、店員はその場に膝を突いた。

 脅威を退けて満足したのか、デンタグラー達は残った触手でラヴィニアを拘束し直す。ラヴィニアとて無抵抗でいたわけではないが、未だ魔力を奪われ続けている状態では、手も足も出なかった。


 ところが、またしても意外な方向から、意外な乱入者が現れる。


 「あああもう、一体何の騒ぎかしら? 家の者の追跡を撒いてファーストフードをいただくのが、私の唯一の楽しみと知っての事ですの?」


 二階席へと続く階段から、涼やかな声と共に、一人の女が降りてきた。

美しい女だ。長い黒髪を揺らし、真っ赤なドレスを纏っている。そして、気品と言っていい、洗練された空気を従えていた。


 とはいえ、まかり間違ってもハンバーガーショップに似合う存在ではない。いったいどこのパーティー会場から迷い込んだのかと問いただしたくなる恰好だった。


 (……今度は何だ)


 訝しむ(触手まみれの)ラヴィニアを一瞥すると、女はあからさまに呆れ返った様子を見せた。


 「ハア……ナンセンス! 無粋もいいところですわ! 白昼の触手プレイが悪いとは申しません! それでも最低限、人目に付かない所を選ぶのが常識でしょうに! 増してや無理矢理などもってのほか! これで相手が悦んだら、私、全裸で逆立ちした上でバチカンに宣戦布告してみせますわよ!?」


 (触手ぷれい? ばちかん? 何の話だ?)


 困惑するラヴィニアをよそに、女はドレスの裾を摘まんで軽く振るう。

 ゴトン、と重い音を立て、金属質の長い棒が女の足元に落ちる。

 女はごついその棒を抱え上げると、握り手らしい木製部分をガシャリとスライドさせつつ、ラヴィニアの方へ歩み寄ってくる。

 もし、ラヴィニアにこの世界の知識があれば、それが極めて危険な殺傷兵器、銃であることを理解しただろう。

 さらにもう少し詳しい知識があれば、その銃がレミントンM870と呼ばれ、狩猟はおろか軍や警察でも採用される優れた一品である事にも気付いたかもしれない。

 

 「まあいいですわ。言って聞く相手でもありませんし、私も至福の時に水を差されて機嫌が悪いんですの。たまには豪快に散弾をぶっ放すのも悪くはないでしょうし」

 

 女はテンダグラーとラヴィニアの間に割って入り、銃口を一体のデンタグラーの視覚器官に突きつけた。

 

 「少し大きな音がしますけど、驚かないで下さいな」

 

 ちらりとラヴィニアを振り向き、それだけ告げた女は、一切の躊躇なく引き金を引いた。

 女の予告通り、ガオオン、と乾いた音がした。


 「なあっ!?」

 

 予告があったとはいえ、至近距離で散弾銃の銃声を聞かされ、ラヴィニアは思わず縮み上がった。

 轟音と共に吐き出された複数の鉛玉が、醜悪な怪物を引き裂く。女は空薬莢を排出し、続けざまに銃声を響かせる。執拗な銃撃にデンタグラーは形を失い、粒子となって消えていく。


 「好機到来! 覚悟しなさい!」


 残る一体に、立ち上がった店員が踊りかかった。太い腕で相手の身体を力いっぱい抱きしめて拘束し、くわっと目を見開いた。


 「エレクトリックハグ!!」


 叫びと共に、店内が閃光に包まれた。

 視界が染まったのはほんの一瞬だった。少なくとも、ラヴィニアにはそう思えた。

 しかし、閃光の収まったそこで店員が抱きしめていたのは、真っ黒に焦げきった塊だった。

 ラヴィニアが状況を理解する前に、紫電を帯びた炭の塊はぼろぼろに崩れ、光と共に消失した。


 「……」


 ラヴィニアは、もはや言葉さえ失っていた。

 何が何だか、さっぱりわからない。何もかもが未知であるこの街に来て、もう簡単には驚きも困惑もしないと思っていたが、それにも限度がある。


 (わからん。何が起こったのかさえ、考えも及ばない……)


 何が、何故、どうやって、どうなったのか? 考えようにも困惑が大き過ぎ、脳が完全に空回りしている。


 混乱の坩堝に陥ったラヴィニアは、未だ自分の身体に幾本かの触手がまとわりついている事を、完全に失念していた。


 「!? うっ、わあああ!?」


 突然身体を持ち上げられ、ラヴィニアはようやく我に返る。見れば、窓の外からもう一体が触手を伸ばしていた。


 「あらいやだ」

 「むう、まだ居たのか!」


 女と店員が反応するより一瞬早く、ラヴィニアは店外へと引きずり出される。

 先程の物より一回り近く大きなデンタグラーと目が合う。空間の裂け目を背にしたそいつは、ラヴィニアを直視したまま裂け目に後ずさりを始める。


 (まずい、引きずり込まれる!)


 足を地面に引っ掛け、必死に抵抗するが、体重で圧倒的に劣り、まともに力の入らない今のラヴィニアの抵抗など、あって無いようなものだ。


 「ストップ、そこまで」


 突然、穏やかな、しかしどこか苛立っている様な声が響いた。

 同時に新たな触手、でなく、二本の腕がラヴィニアの身体に絡みつく。背中から抱き抱えられる感覚に、ラヴィニアは顔を背後に向けた。


 「本条、正也……」

 「ごめんごめん。店の前に大群で壁を作られちゃってね、排除に難儀したよ……」


 傷だらけ、埃だらけの正也はそう詫びると、ラヴィニアに絡みつく触手に向け、手刀を振り上げた。


 「本条チョップ!」


 火花を散らし、ラヴィニアの最後の拘束が破断する。


 「まったく、散々好き勝手やってくれちゃって……ちょっとこっち来い!」


 千切れた触手を掴むと、正也は思い切りそれを引いた。

 鈍重そうな肉塊が軽々と宙を舞い、正也とラヴィニアの方へと引き寄せられる。


 「女の子への狼藉は特に嫌いなんだ。よってお仕置き! 本条簡単キイィック!」


 ラヴィニアを抱き抱えたまま、正也は身体を大きく捻り、渾身の力を込めて右足を蹴り出した。

 蹴りが直撃した瞬間、辺りを大音響が舐めた。聴覚を思い切り揺さぶられ、ラヴィニアは思わず目を閉じた。







 「ラヴィニア、大丈夫? 怪我してない?」


 目の前に本条正也の顔があった。

 どうやらまだ正也に抱えられたままらしい。そう理解した瞬間、ラヴィニアは全身が強張るのを感じた。

 得体の知れない異邦人。未知の力、未知の技術を持った存在に、無防備に抱えられていることに、ラヴィニアは恐怖さえ覚えかけた。


 「ちょっと、顔色悪いよ? 大丈夫?」


 が、当の正也は心配そうにラヴィニアの顔を覗き込んでいる。


 「……」


 一瞬、ラヴィニアは大いに葛藤した。

 この街とその住民に脅威を感じる、というのは偽りない本心だ。

 とはいえ、その住民達に、今自分が助けられたらしいことはどうにか理解できている。


 「あ~、もしかしなくても、怖がらせちゃったよね……」

 

 申し訳なさげに言う正也の顔も、拒絶するには少々人が良すぎるように思えた。


 (まあ、こいつの説明に信憑性が出てきたのは事実だが……)

 

 ラヴィニアは黙りこくり、難しい顔で考え込む。

 考えてみれば、この少年に関してはそこまで深刻に構える必要はない。

 いささか捉えどころのない性格をしてはいるが、少なくとも友好的な態度を取ってはいる。先の戦いの様子を見ても、ラヴィニアを圧倒できるだけの能力は持っているだろう。それでいてなおラヴィニアを強制的に拘束しないあたり、理性的な人間ではあるようだ。

 そもそも、つい先程までテーブルを挟んで会話していたではないか。


 (他の人間や、この街自体を信用したわけではないが……)


 どうにか冷静さを取り戻したラヴィニアは、小さく深呼吸し、正也を見上げた。


 「……とりあえず下ろせ」

 「あ、ごめん」


 ひとまずは逃げずにいよう。

 そう考えながら、ラヴィニアは力を取り戻した足で地面に立った。


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