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8.消えた姉

 いやー、この消えたお姉さん、ヴィヴィアンさんは好きです。(笑

「魔法少女」でもそうでしたけど、主人公を食ってしまう脇役というのは書いてておもしろくて……。

 はい、後から出てきて活躍してくれますよ。それまでしばし、お待ちを。


 日はますます傾いて、あたりは赤い光に染まってきていた。まばらな灌木。草までが赤くなっている。馬車の中も赤い光と薄暗がりのまだら模様。

「この話は誰にもしたことが無くて、王子様だけに話します。他の誰にも内緒にしておいてくれますか。とくにとっちゃんには絶対に言って欲しくないんです」

 エレインが沈んだ声で話し出した。王子は黙って肯いた。

「あたしには姉妹がいたって前に言いましたよね。姉の名前はヴィヴィアン。五つほど上だったんです。あたしが小さい頃、二つか三つの頃にいなくなってしまったんですけど」

「ああ、そんなこと、言ってたな」

 王子の相づちに肯くエレイン。


「小さな頃の記憶はあまりなくて、姉のことも良く覚えていないんです。だからこれは後でいろいろ噂とか聞いて思ったことなんです。本当のところ、姉は売られたんじゃないかって」

「売る? 誰が? 親か。親が自分の子供を売ったということか? そんな、馬鹿な」

 王子の声がうわずった。それは王子の常識では想像もつかないことだった。親は子供を護るものであって、金に換えるようなもののはずがない。

「あたしと妹は双子なんです。苦しいながらもなんとかやっていた家庭にさらに二人の子供が加わることで生活はもっと苦しくなったはずなんです。でも、姉がいなくなるのと同時に羽振りが良くなったって、そういう噂があったことを後で聞いたんです。もし、それが本当だったんなら」

 エレインは顔を隠した。泣き声になっている。

「あたしは姉を売って得た金で食べさせてもらってたんです。知らなかったとは言っても、あたし、そんなの、イヤです。姉を犠牲にしてただなんて……」

 エレインは泣き出してしまった。肩が細かく震えている。

「そう思うようになったら、おとっちゃんやおかっちゃんもなんだか酷い人に思えてきて。生活が苦しくて仕方なくやったことに違いないのに。でも、心のどこかで非難している自分がいて、それがさらに辛くて……」

(そうか、だからあのとき、僕に噛みついてきたのか)王子はエレインの様子を見ながら考える。

(僕は本当に世間知らずのおぼっちゃまだったんだ。腹が減ったと言えばメシが出てくる。喉が渇いたと言えば飲み物が出てくる。それが当たり前だと思ってた。でも、それは王宮の中だけの話だったんだ。その外では食べるものも何もなくて、子供を売るしかないような家もあるのが現実なんだ。

 その子はいったいどうなったんだろう。きっと生きているかどうかもわからないんだろう。残された家族もエレインみたいに苦しみながら生きていくことになってしまうんだ。どうして僕はこんな現実に気がつかなかったんだろう。同じ一日なのに、お昼寝してのほほんと暮らしてきてたなんて)


 気がつくと、馬車が止まっている。ランスロットが窓から顔を出す。

「申し訳ないですが、何となく耳に挟んでしまいましたので。年寄りの戯れ言でございます。エレイン様、子を思わぬ親はおりませんよ」

 エレインは顔を上げる。

「でも、それなら子供を売るなんてことをするはずは……」

「いろんな事情があって、やむを得ずそうなってしまう人もおりましたな。でも、苦渋の決断をしたが故にさらに苦しんでいる親ばかりでした。苦しんで、酒や賭け事に逃げてしまい、さらに苦しくなるような、そんな弱い人ばかり見てきました。エレインさんの親さんもきっと弱い人なんですよ。普通の人なんです。許してやってくだされ」

「お、おとっちゃん、おかっ……」エレインの声は嗚咽に消える。

「余分なことを言いましたな」

 ランスロットは消えると馬車が動き出す。

「すまない、エレイン」

 王子が声をかけた。エレインは涙で濡れた瞳を王子に向ける。

「今の僕には何もできない。全ては魔物に勝ってからの話になってしまう。でも、約束する。もし、魔物に勝つことが出来て、お城に帰ることになったら、その時はエレインの話を思い出す。いや、もし忘れていたら思い出すようにしてくれ。そしてもう泣く子や親がいなくなるような、皆がそういう生活が出来るような王宮を目指す。今はそれだけしか言えない」

 王子の言葉にエレインは頭をふった。

「いいえ、王子様。それだけで十分です。有り難うございます」

 エレインは服の袖で目を擦ると、王子の両手を取った。細いけどゴツゴツした固い指が王子の手を包む。

(僕の手の方が柔らかい。エレインの指は仕事をしている人の指だ)王子はエレインが赤くなった目で見つめながら微笑んでいることに気がついた。急に心臓が、トクンと脈打つ。

「エ、エレイン、僕は……」

「今は魔物を倒すことに集中してくださいね。あたしも一生懸命に武器も防具も手入れしますから。頑張ってください。絶対に王宮に帰りましょうね」

 エレインの言葉に王子は肯く。

(不安はある。だけど、やるしかないじゃないか。自分のために、みんなのために。そしてエレインが泣かないように)王子はそう思っていた。


次のお話。

 第9話.初めての魔物


 あ、ようやく戦いの音楽が流れるようです。

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