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Ⅱ.ふとっちょの敵   6.くたびれた馬車

 ようやく旅に出ました。音楽もファンファーレも効果音もありませんが、なんとなくいい雰囲気になっているようです。

 2頭の馬に引かれてゆっくりと進む馬車の中、王子とエレインは向かい合って座っていた。馬を操るランスロットが地図を取り出して現在地を確認しながら進む。馬車は街の境の小さな橋を渡ると、荒れ地の中の道を進んでいく。屋根付きの一見豪華な馬車は軋みながら馬に引かれていた。中身は相当くたびれているようだが大急ぎで手配した馬車ではあまり文句も言えない。

(この馬車、最後まで持ってくれないと困るんだが)

 軋む馬車の中で王子は考えた。馬車の後ろにも屋根の上にもたくさんの荷物。三人分の食料やら水やら着替えやらで満杯。馬がゆっくりなのは馬車の耐久性の問題の他にも、積み込んだ荷物が重すぎるというのもあった。


「とはいえ、どこで馬も休むことができるのか、わかりませんからな。慌てず騒がずでございますよ。王子殿」

 ランスロットは落ち着いたもんだ。

「なんでこんなことになっちゃったんだろ。初めて街を出るのがこんなだなんて、思ってもなかった。おとっちゃん、ちゃんとご飯食べたかなあ」

 王子はエレインのつぶやきを耳にした。エレインは窓の外をぼーっと見ている。

(そうか、こいつも不安なんだ)王子はエレインの横顔を見ながら考えた。

(当たり前だ。当事者の僕ですら不安だらけなのに、こいつは巻き込まれただけなんだからな)


「あ、エレイン、その、……」

「何? 王子……様」

 こっちを向いたエレインの瞳に心臓がときめいた。王子の言葉が出てこない。

「い、いや……何でもない……あ、こ、これ、見てくれないか」

 慌てて腰の剣を取り外して渡す。

「お前、こういうの見るのは慣れてるだろう」

 エレインは鞘から刀を取り出すと、しげしげと見つめる。

「うーん、よく見るとだいぶ刃こぼれしてますね。王子、もしかして、力任せでぶっ叩いてません?」

「剣ってそういうもんだろ?」

 王子の返事にエレインは呆れた表情を浮かべる。そして荷物から1本の刀を取り出した。

「これ、見て比較してくださいな」

 王子は2本を見比べてみた。新しい刀は細身だ。よく見れば片刃なのだから、両刃の剣より細いのは道理だ。そして少し反っている。前の剣がまっすぐなので、反りがよく分かる。

「前のは重いから両手持ちじゃないと辛いぐらいですよね。こっちだと片手で扱えるぐらい軽いから取り扱いは簡単だと思います。でも軽い分、剣の重さとか力任せじゃなくてしっかりと相手を切るようにしないと。それに剣がぶつかり合ったときにもうまくかわさないと正面からでは負けるかも知れません」

 エレインは王子から刀を受け取ると、軽く振り回して見せた。風を切る音に軽快感が感じられる。娘の自信にあふれた言葉に王子の顔が綻んだ。

「そうか、詳しいんだな、お前……いや、エレイン」

「あたし、鍛冶屋の娘ですから、詳しくなりますよ。一日中、こういうの作ったり直したり、お客さんとしゃべったりしてますから」

「この剣を持つと、力が湧いてくるような気がする。僕の剣にしてよいのか」

「はい、もともと王子様のための剣ですから」

 うん、と王子は力強く頷いた。

「王子様、防具の方も調整しますね」

「うん、頼むよ」

 王子の体型に合わせるために、防具の紐をゆるめて締め直す。両手と歯まで使ってエレインが一生懸命に行っている作業がなぜかおもしろくて、王子は見つめていた。

「ね、王子様。戦う魔物ってどういうのかご存じなんですか?」

 エレインが手を休めないで聞いてきた。

「あ? いや、全然……。強いのか弱いのか、どういう戦いになるのか、まったくわからん」

「もちろん防具はしっかりと用意しますけど、有効かどうかわからないですね、それじゃあ」

「うん。相手からの召喚状はランスロットから見せてもらったけど、それに書いてあることもよくわからなかった。塩はどうだかとか、親が本命とか。わかったのは、西のあの山」

 王子は馬車が向かっている方向を指さした。夕日に近づいた太陽が正面になってまぶしい。二人は目を細めて眺めた。険しい山並みが見える。

「あの山のどこかに魔物の巣窟があるらしい。そこにたどり着くのに、途中に魔物がいるからそいつらをかたづけなきゃいけないそうだ。まるでサイコロのない双六だ」王子は笑う。

「本当の双六なら負けたって死なないし、何度でもやり直しできるし、途中で止めたりズルだってできるのに、現実はそんなわけにはいきませんですよね」

 エレインのつぶやきに王子はドキッとする。そうなんだ。これは現実で遊びじゃない、と改めて思う。実戦で剣を使うのも、一歩間違えれば死んでしまうかもしれない状況も初めてのことだ。


「王子様、震えてるんですか?」

 脚のふるえが靴と床の間で音を立てたのが耳に入ったようだ。エレインの笑いを含んだ言葉に王子は思わず赤くなる。

「ば、馬鹿にするな! ヴァロン家の次期当主、アルス王子だぞ! 怖いなんてあるものか」

「はいはい。泣き虫の世間知らずで、臆病な割に見栄っ張りな王子様ですよね」

 そう言ってエレインはクスクス笑う。

(なんだ、こいつ、僕の緊張を解そうとしてくれてるのか)王子も笑顔になった。


次回 第7話 18才、貧乳、苦手なもの

 

あ、どう考えたってエレインのことですよね。

筋肉でできたぺったんこ胸だったんですよ。はい。

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