2.鍛冶屋の娘
無愛想だけど、バカ正直というのは結構好きなキャラでして。
ボケとツッコミみたいにやるにはうってつけかと。
目的の鍛冶屋は王宮からはそんなに離れていない。人気のない通りの真ん中を王子とモルドレッド、そして護衛の兵士が歩いて行く。ほこりのたつ道をちょっと歩いただけでも王子の額には玉のような汗が噴き出している。
「今日は暑いぐらいだな、モルドレッド」
「いや、王子殿。それは常日頃から体を動かしていないからだと思うのだが。もう少し体を鍛えた方が良いと思うぞ」
王子の隣を歩くモルドレッドは涼しげな顔でぞんざいに答えた。しかし王子は気にしていない。小さな頃から武術の先生として師弟の関係であり、また遊び仲間でもあったのだ。その感覚が残っていて、非公式の場で会話するときには、どちらも砕けた口調となってしまう。
「ここがその、街一番の鍛冶屋なのか?」
警護の兵士が足を止めた鍛冶屋の玄関先に王子は立った。店先には武器や防具が並んでいる。鍛冶屋には違いない。しかし、よく見れば、所々に埃があったりクモの巣が張っていたりする。店の中にも人気はない。汚れた表札には『マロニー鍛冶屋』。
(潰れているのではないのか? 店はやっているのか?)そう思って中を覗くと、赤々と輝く火炉のそばには入れ槌やはしが置いてある。たった今まで作業中らしい様子を見ると、単に席を外しているのだろう。
「以前は腕のいいオヤジがガンガンやっていたのを見たのですけど」
モルドレッドも以前と違う様子にちょっととまどっている。
「あー、ごめんね。奥にいたもんだから、お客さんに気がつかなくて。あ、王宮からのお客さんだね。依頼の品だよね、すぐ出すから」
声をかけてようやく奥から出てきたのは、若い女性、というより少女。煤にまみれた薄汚れた顔に大きな瞳が印象的。服はくたびれてところどころが破れている黒のロングスカートに汚れた前掛けをつけている。長い髪の毛も頭の後ろで無造作に結んでいるだけ。化粧の一つもしていない。
「あー、君はここの娘さんかい? 親父さんはどうしたんだ、留守かい」
「おとっちゃんかい。おとっちゃんは奥で酒くらって寝てるよ」
娘の話に王子は目を丸くした。
(昼間から酒飲んで寝てるとはよい身分だな)モルドレッドも同じような気持ちらしい。王子と顔を見合わせている。
「仕事に熱心な元気のいい親父ではなかったのか?」
モルドレッドが娘に聞いた。
「以前はね。おかっちゃんが若い男作って、酒場で遊ぶようになっちまってさあ。おかっちゃんに逃げられたら、おとっちゃんはすっかりやる気をなくしちゃってね。やけ酒飲んで仕事しなくなっちゃたんだよ。あたしが一生懸命に働いて何とか、食ってるんだけど。どうしようもない親だと思うけどさあ、それでも親だからねえ。さあ、これができあがった防具だよ」
娘が取り出してきた防具は明らかに細い。しかも、その鎧をモルドレッドに合わせようとする。
「いや、私ではない。王子殿はこちらだ」
モルドレッドが王子を示す。
「えっ、こっちはお付きの人じゃないの」
娘は王子を見て、眼を白黒させている。
「え……うそ。こんなデブ……あ、いえ、失礼いたしました。こんな太めとは……そんな」
「何をもごもご言っておる。言いたいことがあるのなら、はっきり言わないか」
少女は戸惑いながら奥の壁に貼ってある絵を指さした。その絵にはモルドレッドと王子の武装した姿が描かれている。モルドレッドと王子の体型があまり違わない絵だ。
(だいぶ修正が入っていますな、王子殿)モルドレッドが囁く。
「あ、あの、ご注文の時にあの絵に合わせればよいとのことでしたので、その、実際のお姿を見ると、防具には補修が必要じゃないかと思いまして。本当はあの絵を描いた人が悪いんです。よく確認しなかったあたしも悪いけど」
娘が言い訳を並べ始めた。
「その補修にはどのくらい時間がかかるものなのか?」
「明後日……いえ、明日には必ずお持ちできます。大急ぎでやりますから」
「ダメだ。今すぐ必要なのだ」
そう言うと、王子はモルドレッドに合図した。
「モルドレッド、このものを引っ捕らえよ。王宮へ連行する」
その言葉を聞いて、娘は青くなった。
「そ、そんな! いったい、何の理由でございますか!」
「体型に対する正直すぎる侮辱罪。それと納期までに納品できなかった契約違反だ」
王子が淡々と説明する。その間に兵士とモルドレッドが娘を取り囲む。その様子を見て、娘は蒼白になった。
「ごめんなさい。デブ……いえ、太めと言ったのは謝ります。納期は明日、いえ、今日中に必ず補修します。だから連れて行かないでください。あたしがいなくなったら、おとっちゃんは食いっぱぐれます。後生ですから見逃してください」
兵士が抵抗する娘を引っ立てて店を出ていく。
「つべこべうるさい。抵抗すると、ますます罪が重くなるぞ」
モルドレッドが冷たく宣告する。
「助けてください!おとっちゃん、助けて、おとっちゃん!」
娘の悲痛な叫びにもこの騒ぎにも店の奥からの反応はない。あきれた顔のモルドレッドが王子に話しかける。
「王子殿は娘と王宮へ行ってください。武具は私が良さそうな品を選んで王宮へ持ち帰ります。私は店主に申し渡しておきます」
「なんと言うつもりだ」
王子の問いにモルドレッドが答える。
「こんな小娘に働かせて自分は昼間から酒を飲んで寝ているような親など、親ではない。自分の食い扶持ぐらいは自分で稼ぐもんだろう」
王子は肯くと、泣き叫ぶ娘と共に店を後にした。
かわいそうな娘は哀れ、王宮で三角木馬攻めに……
ちょっと違うな。期待に添えないでごめんなさい。
次話は、 3.世間知らずのおぼっちゃま
そうか、木馬攻めは王子様のほうか……。