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「ええ〜!?何で!?どうやんのコレ!」
信じられない。
カードをリフルシャッフルしてからフィニッシュまで1分も掛かってないのに、どうやって表裏揃えたんだろう。
それに、俺の選んだカードもちゃんと真ん中に、しかも1枚だけ表向けて入れてるなんて……!
スゴい。
光ってホントにスゴい!
「……どうだった?」
「良かった……スゴく!」
「なら良かった」
偉ぶる様子も、照れる様子もなく。
光は静かに微笑んで、カードを回収した。
それがまたカッコいい。
「……そろそろバイト行くわ。もう話し合うことも無いし。……あ〜、だる」
光は時計を見上げて、渋い顔をする。
現在午後12時過ぎ。
光は今日もバイトを入れていた。
「何時から?」
「13時から18時まで」
「そっかぁ……」
ちなみにコンビニのバイトである。
光はトランプの箱をスクールバックに戻すと、立ち上がって肩に掛けた。
「お前は今日ずっとここに居んの?」
「うん」
当たり前ですとも。
頷くと、光は「別に嫌なら俺の家来たって良いんだぞ」と言ってくれた。
ああ、行きたい。
とても魅力的な話。
でも……
「……それはまだ大丈夫かな」
「………」
「大丈夫」
ぶっちゃけ交通費が無いからね。
光の家とは2駅離れてるから。
「……分かった」
光は余り納得してなさそうだった。
でも、無理強いはしてこない。
「明日9時にはZ駅来いよ」
「はーい!」
「またな」
「わっ」
通り過ぎ様に賢翁の髪をわしゃっと撫でて、光は美術室から出て行った。
トン、トン、トン……
すぐ脇の階段を降りる、その足音が聞こえなくなるまで、賢翁は見送った。
…………
ぎゃわぎゃわと、狂った様に鳴き喚く蝉。
締まりの無い生ぬるさを孕んだ風。
音もなく、弧を描くように膨らむカーテン。
……光、居なくなっちゃったな。
騒がしい空間の中に、ぽつりと取り残されたような。
ここは確かに居て良い場所のはずなのに、馴染みの場所なのに。
賢翁は立ち上がって、キャンバスの群れへ向かった。
おのおのに色を乗せたキャンバスの中で、真っ白なキャンバスが異様な存在感を放っている。
……何にも、イメージが湧いてこない。
今まで泉のように溢れていた、鮮明な、透き通るような色彩の情景や風景、幻想。
それらはモノクロ写真の様に色褪せて、頭の暗い隅で打ち捨てられている。
──何処にも居場所なんて無い。
不意に囁く声。
本当に、そうかもしれない。
この真っ白いキャンバスの様に。
いつの間にか葬られていたイメージの様に。
……どうして。
賢翁はキャンバスのザラザラとした表面に指を滑らせると、そのまま手をペタリとくっつけ、手の甲に力無く額を乗せた。
そんな真夏の美術室。
秘やかな逃亡の前日。